第255話 もうこうなったらヤケクソだあ!
今は4時間目の世界史の時間だ。榎本先生が俺の目の前で黒板に字を書きながら教科書を読んでいる。
俺はさっきからずっとソワソワしている。決してトイレに行きたいとか、そういう訳ではない。でも、4時間目の授業の後半はほとんど聞いてないに等しい。
あと3分ほどで授業が終わる・・・そうしたら昼休み。間違いなく唯も藍も俺の机に幅寄せしてきて「一緒に食べよう」と言い出すはずだ。しかも今日に限ってお弁当はお握りが入った弁当箱とおかずが入った弁当箱が別々になっていて、しかも藍は『お握り』を、唯が『おかず』の弁当箱を持っているのだ。俺は普段通り自分で持って行くつもりだったのだが藍と唯がサッと取り上げるようにして弁当箱を奪い取って行ったのだ。本当は藍も唯も一人で2つ持ちたかったようなのだが1つしか取れず一瞬だけ睨み合う構図になったが、すぐに二人ともニコッとして1個ずつ持ち合って妥協した形になっている。
だが、この位置取りでは泰介も歩美ちゃんも机を並べる事が出来ない。そうなると教室の一番前で藍と唯が俺に弁当を食べさせるのが見え見えだ。さすがの俺も勘弁して欲しい。
少なくとも1年生の時のように食堂で五人一緒のテーブルで食べる形にしたい。駄目なら泰介と歩美ちゃんに頼み込んで五人で食べたい。そうでないと藍と唯が暴走しかねないからだ。
そんなソワソワした俺の気持ちを汲み取ってくれたのか(?)4時間目終了のチャイムがなった。
「よーし、今日の授業はこれまで」
そう言って榎本先生は世界史の授業を終わりして昼休みになった。
俺は泰介と歩美ちゃんを呼びに行こうとして立ち上が・・・ろうとしたら右手をガッシリと掴まれた。唯がニコニコ顔で俺を見ている。
「たっくーん、どこへ行くつもりなのー?」
「あー、いや、そのー」
「まさかと思うけど藍さんと抜け駆けするつもりじゃあなかったの?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!いくら私でも堂々と抜け駆けするつもりはないわよ!」
そう言って藍も立ち上がった。藍はいつも通りのクールな目で唯を睨んでいる。
その瞬間、教室内に緊張した空気が流れた。まだ教室内にいた榎本先生もハッとした表情になった。
「まあまあ、兄貴も藍ちゃんも唯ちゃんも、ここは去年のように一緒に食堂で食べる事にしようよ」
そう言って歩美ちゃんが俺たちの所へ歩み寄ってきたから教室内の緊張が緩んだ。榎本先生も心底ホッとしたような表情をしている。
「そ、そうね、また以前のように食堂で食べるのも悪くないかも」
「まあ、たしかに歩美さんの言う通りね。教室で食べるよりは食堂で一緒に食べた方が楽しいかもしれないわね」
「唯はたっくんがOKならいいわよ」
「私も拓真君がOKなら異論はないわ」
「お、俺は・・・おーい、泰介はどうなんだ?」
俺はちょっとだけ躊躇したから泰介に呼び掛けたけど「構わないぞー」と泰介が返事をしたから、食堂で食べる事になって騒ぎは一段落となった。おいおい、マジでこの席順は心臓に良くないぞ。早く決めないと俺が潰れそうだ。
俺たち5人は食堂へ向かう事になったのだが、俺は手ぶらだ。藍と唯が弁当箱を2つずつ持っているからA組の連中から「まさかとは思うけどお互いに手作り弁当持参なの?」「義理とはいえ姉妹でお弁当合戦とはねえ」「兄貴はどっちのお弁当を取るのかしら?」「先に食べた方が今日の勝者だな」「今日じゃなくても勝者じゃあないの?」「面白そうだから食堂へ行こうぜ」「賛成」「わたしも見に行くわよー」「おれも行くぞー」などと勝手な事を言って金魚の糞のように俺たちの後ろを歩いてくる有様だった。俺はため息をつく事しか出来なかった・・・。
しかも俺を真ん中にして右に唯、左に藍が並んで立っているから注目を浴びる事この上ない。それに二人共弁当箱を2つ持っているから憶測が憶測を呼んで騒ぎになっている。これじゃあ朝の篠原と藤本先輩の騒ぎが再び俺たち三人の事で上書きされてしまうぞ!何とかならんのかあ!?
俺のボヤキも通じないまま食堂へ行ったけど、さすがに既に大勢の人で溢れている。俺は出来るだけ目立たない場所を選びたいからあちこち探したけど、もうかなりの席が埋まっていて五人で座れる場所はほとんどない。
「あ、あそこは誰も座ってないよー」
「ホントだ。拓真君、あそこへ行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待てよ、あの席の隣にいるのは・・・」
「つべこべ言ってないで座りなさいよ!」
「そうよそうよ、隣の事を気にしてる余裕がたっくんにはあるの?」
ええい、もうこうなったらヤケクソだあ!俺は仕方なく藍と唯に導かれるまま、入り口から見たらかなり奥の方の窓際の席に行った。
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