第253話 違う形の終結方法
篠原が職員室を出るのと入れ違いで藍と唯が職員室へ入って行ったが、篠原は二人を見ても特に反応はしなかった。
だが、廊下の正面で俺が待ち構えている形になったので篠原は右手を軽く上げた。俺も篠原に答えるかのように右手を軽く上げて
「おーす、しのはらー」
「よー、たくまー。昨日の主役の登場かあ?」
「そういうお前こそ、今日の主役だろ?」
「主役?今日の?」
「そう、主役。今日の主役」
「何の事だ?」
「しのはらー、お前は昨日、藤本先輩と札幌駅のホームでニコニコ顔で会話していた所をスクープされたのを知ってるのか?」
「はあ!?マジかよ」
「しかもその後、一緒に電車に乗って帰ったんだろ?」
「・・・・・ (・・;) 」
「あーあ、沈黙ですかあ?」
「・・・まあ、仕方ないな。どうせ真姫先輩も『バレたらバレたで堂々としてればいい』と言ってたからなあ」
俺は多分ニヤニヤ顔だった筈だ。篠原の奴、昨日の風紀委員室で藤本先輩に言われた通り『真姫先輩』と呼び方が変わってるぞ。恐らく札幌駅のホームで目撃された時は『真姫』って呼んでたんだろうけど、それを指摘したら俺があの時に風紀委員室を覗き見していた事がバレちゃうから言わないでおくけど。
「ヒュー、『真姫先輩』ですかあ。『藤本先輩』ではなくなったな」
「し、仕方ないだろ!学校では『真姫先輩』って言えと言われたんだからさあ」
「『学校では真姫先輩』ねえ。まあ、学校を出たら何て言えって言われたのかは想像出来るけど詮索しないでおくよー。しのはらー、お前、あっさり認めるのかあ?」
「認めるも何も、こんな騒ぎなんて一時の事だ。お前だって同じ事を考えてるからノホホンと構えてるんだろ?だいたい、今は大騒ぎしている連中だって時間が経てば『そんな話があったなあ』くらいの事にしか覚えてないぞ」
「たしかにな。そういうのを
「『人の噂も
いきなり俺は背後から声を掛けられたから篠原と一緒に後ろを向いたけど、そこにいたのは相沢先輩だ。
おいおい、ここで藤本先輩の恋敵の相沢先輩登場かよ!?マジで篠原の奴、ヤバくないか?
でも、相沢先輩は普段通りのニコニコ顔を崩していない。何か意図する事があるのか?篠原は苦笑いをしつつ相沢先輩を見ている。
「・・・篠原くーん、噂は聞いたわよー。あれってホントなの?」
「・・・あ、ああ・・・真姫先輩と付き合う事にした」
「へえ、『真姫先輩』ねえ。とうとう『トキコーの女王様』にも彼氏が出来たのかあ。しかも年下の彼氏かあ」
「悪かったですね。どうせおれは2年生ですよーだ」
「まあ、こればかり仕方ないわねー。ただ、篠原君に言っておきたい事があるわ」
そう言うと相沢先輩は超がつく程の真面目な顔、いや、怖い顔になった。俺もこんな顔の相沢先輩を見た事がない。普段はニコニコ顔の相沢先輩にもこんな迫力があったのかと思うと俺も正直ビビっている。
「いい、これは真姫の親友としての忠告よ!あの子を泣かせるような事をしないってこの場で約束して頂戴!ぜーったいに真姫を泣かせないって約束して!」
「えっ?」
「もし真姫を泣かせるような事があったら、このわたしが絶対に君を許さない!地獄の果てまでも追い掛けて行って君を殴りつけるから、そのつもりでいなさい!」
うわっ、篠原の奴、昨日の風紀委員室で見せたビビり顔よりも引き攣った顔で相沢先輩を見てたけど、やがて覚悟を決めたのか普段通りのクールな顔で
「あ、ああ、約束する。真姫先輩を泣かせる事はしない」
「・・・そう、じゃあ真姫は篠原君に任せるわ。拓真君、君は今の篠原君の発言の証人よ。もし真姫を泣かせるような事をしたら、わたしが有無を言わさず篠原君をボコボコにするから、そのつもりでいなさい!」
ここまで一気に捲し上げたら相沢先輩はニコッと微笑んで
「まあ、逆にわたしも真姫の彼氏を泣かせる事をしたら真姫にボッコボコにされちゃうからねー。温かく見守るくらいにしておかないと」
相沢先輩はそれだけ言うと右手を振って「ばいばーい」と言いながら職員室の方へ向かった。
「・・・相沢先輩って、結構怖いところもあるんだなあ」
「しのはらー、先輩の言葉はありがたーく聞いておけよー」
「ああ。じゃあ、おれは今日は日直だからB組へ行くぞ」
「おう。同好会の日程は後でメールで」
「分かった」
それだけ言うと篠原は相沢先輩とは逆に職員室から離れるようにして歩いて行った。
へえー、相沢先輩って結構友達思いなんだなー。もしかして相沢先輩はサッパリした性格の持ち主で、篠原の事を「あーあ、親友に取られちゃったから仕方ないなー」とでも思ってるのかもな。
俺はそう思って廊下の壁に背中をつけながら何気なく職員室の方を向いた。だが、そこで俺は見てしまった・・・相沢先輩は立ち止まって右肩を廊下の壁に凭れながら肩を震わせている事に・・・あれは明らかに泣いている・・・相沢先輩は藤本先輩との勝負に負けたと自覚した時点で、黙って篠原を藤本先輩に譲って友情を優先したんだ・・・昨日の藍と唯は俺を巡って正門前で修羅場と化したが、相沢先輩は大人しく引き下がった。もしかしたら相沢先輩は藤本先輩を殴りたかったのかもしれない、篠原を無理矢理でも藤本先輩から奪い取りたかったのかもしれない。でも、それをしないで藤本先輩に黙って譲った。
藍と唯とは違う形の終結方法を相沢先輩は自分から選択したんだ。それが良かったかどうかは俺には分からない。俺個人の考え方を相沢先輩に押し付けるのは失礼だ。
相沢先輩は左手でポケットからハンカチを取り出したかと思うと目の付近に持って行った。俺の位置からは見えないけど涙を拭っていたみたいだ。そのハンカチを仕舞ったかと思ったら、両手で自分の頬を「バチーン!」と平手打ちしてから職員室へ入って行った。
扉を開ける時の相沢先輩は、普段の相沢先輩そのものだった・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます