第252話 ほとんどゲーム感覚

 はーー・・・俺は朝から一言も喋ってないけど、お前らだけで盛り上がっているようにしか聞こえないぞ。俺の気持ちも少しは考えてくれよなあ、ったくー。

 3つ先の駅で内山と中村、それと堀江さんが乗り込んできたけど、三人とも舞と一緒で明らかに腰が引けた状態で乗り込んできた。しかも顔が目茶苦茶引き攣った状態で乗り込んできたから、舞が二人に変わって事情を説明した事でようやく落ち着いたって感じだ。

「たくまー、という事はお前の気持ち一つで決まるって事だよなあ」

「お前の判断がおれたちの争いに終止符が打たれるって事だから慎重に選んでくれよー」

「ま、どっちを選んだにしても、おれたちは異議を唱えない事にするから安心しろ」

「ただなあ、昨日から急に盛り上がっているのも事実だぜ」

「「「「盛り上がっている?」」」」

 俺も藍も唯も、それに舞も何の事を言ってるのか全然分からなくてお互いに顔を見合わせてしまった。でも内山も中村もニコニコしている。一体、何の事だ?

「実はさあ、昨日から『おーい、お茶だ』と『伊左衛門』を買う連中が3年生と1年生に急増して、とうとう昨日は初めて品切れになったんだぜ」

「そうそう。おれも話を聞いてビックリしたぜ」

「これは前川さんがおれたちに教えてくれたんだけど、昨日は『粒あんぱん』と『こしあんぱん』に買い注文が殺到してあっという間に売り切れて苦情が殺到したらしいぞ」

「拓真が藍さんと唯さんのどっちを選ぶか、その賭けに3年生や1年生も乗り出して『おーいお茶だ』『こしあんパン』を選んだ人は唯さん、『伊左衛門』『粒あんぱん』を選んだ人は藍さんを選ぶと予想して、勝手に売り上げ戦争に参戦してきたとしか思えないぞ」

「しかも妙にハイテンションな連中ばかりだったらしく、「多分藍さんを選ぶだろうな」とか「唯さんじゃあないのか」とか言ってるらしいぞ」

「ほとんどゲーム感覚で拓真の選択を待ってるみたいだぜ」

「たくまー、お前の選択に卸業者も興味を持ってるから早く選んでくれよなー」

「そうそう。神谷や福山、それに宮野や鈴村たちもお前の決断を待ってるからなー」

 俺は開いた口が塞がらなかった。それは藍と唯も同じようで、俺たち三人は顔を見合わせる事しか出来なかった。舞は笑っていたけど、内心はどう思っていたのだろうか・・・。

 でも、堀江さんも笑っていたけど急に真面目な顔になって

「・・・ところでさあ、昨夜、伊藤さんからとんでもない話が舞い込んできたけど、藍さんも唯さんも、それに舞さんも聞いてる?」

「「「「とんでもない話?」」」」

「おい堀江!おれたちにもその話を聞かせろ!」

「そうだそうだ!どんな話だ?何かあったんだ?」

 内山と中村も早く話せと言わんばかりの口調で堀江さんに迫ったけど、堀江さんはニコニコしながら

「実はさあ、昨日、伊藤さんが美術部帰りに札幌駅で電車を待ってたら反対側のホームで藤本先輩がニコニコ顔で篠原君とお喋りしながら電車を待っていたみたいよ。しかも、そのまま電車に乗り込んでからもずっと喋っていたみたいよ」

「はあ?藤本先輩と篠原がかあ!?」

「マジかよ!こりゃあ、佐藤きょうだいの騒ぎ以上の特ダネじゃあないか!」

「伊藤さんと一緒にいた美術部の3年生も確認しているから見間違いじゃあないのは確かよ。超がつく程のスクープよねえ」

 堀江さんがニコニコ顔で内山たちに特ダネを披露しているから内山も中村も、それに舞も興奮したような顔で堀江さんに根掘り葉掘り聞いてる。堀江さんも伊藤さんから来たメールと、その時にホームでコッソリ撮影した写メを一緒に見せながら興奮したように説明している。遠くから写しているから顔はハッキリ写ってないけど、トキコーの制服に緑ネクタイ、はち切れんばかりの巨乳は藤本先輩に間違いない。それにこの水色ネクタイのヒョロヒョロした体型は篠原だ。どうやら本当にあの二人は学校帰りにデートしていって、そのまま二人で同じ電車に乗って帰っていったに違いない。

 同じ中学出身で、しかも同じようにJRと南北線を使って登校しているのだから一緒に帰ったとしても不思議ではない。いや、もしかしたら今朝から一緒に登校しているかもしれない。俺と藍、それと唯は昨日の風紀委員室での出来事を知ってるから別に驚いた訳ではないけど、だからと言って風紀委員室で起きた出来事を目撃したとも言えないから舞たちと一緒に驚いたフリをしていた。

 結局、俺たち三人が登校した時には昨日の俺たちの騒動(?)を上回る噂話一色になっていて、俺たちの事を気に掛ける人が殆どいなかった。『トキコーの女王様』藤本先輩の初の浮いた話に占拠されたような状態だ。

 靴を履き替えた後の俺たち三人は舞や内山たちと別れて職員室へ向かったのだが

「・・・たっくーん、ある意味、篠原君と藤本先輩には感謝しないといけないよね」

「それもそうだよな。俺たちの事なんかどうでも良くなったような騒ぎだからな」

「私も同感よ。篠原君と藤本先輩が一緒に登校しているかどうかは分からないけど、まさか昨日の今日で大騒ぎになっているなんて夢にも思ってないでしょうから」

「そうよね。でも篠原君の事だから『へえ、そうだったんだあ』とか言ってノホホンと構えていたりするかも」

「だけど、逆に真っ赤になって反論しそうな気もするなー」

「あー、それはあり得るかもー」

 俺たち三人は自分の事を棚に上げて篠原と藤本先輩の事を話していた・・・のだが俺たちが行くはずだった職員室からヒョヒョロとした水色ネクタイの生徒が出て来た。

「あれ?篠原君?」

「ホントだ・・・あいつ、一体どうしたんだ?」

「さあ。もしかして先生方に問い詰められていたりして」

「それはないだろ?仮にも生徒間同士の話だ」

「それもそうね」

「あのさあ、この場で篠原に聞いてみたいと思わないか?」

「それもそうね。じゃあ拓真君は篠原君から昨日の事をさりげなく聞き出して欲しいなー。どうせ職員室で頭を下げるのは私と唯さんだから、拓真君は来なくても問題ないわよ」

「そうだね。逆に唯とお姉さんがいたら篠原君から本音を引き出せないかも」

「はいはい、頑張って本音を聞きだしてみますよ」

「たっくんは先にA組に行っても構わないからね」

「ああ、分かった」

「「じゃあ、頼んだわよ」」

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