第244話 ずっと隠してた

 山口先生は何故か俺だけを連れて教室に向かった。何かの事情があるのだろうと思うけど山口先生は何も言わなかった。

 山口先生がA組に入ったらあれ程騒がしかった教室がシーンとなってしまった。

「おーい、おまえらー、ロングホームルーム中だぞー。席に着けよー」

 山口先生がそう言うとクラスの誰もが黙って自分の席に座ったから俺も自分の席に座った。当然だが藍と唯の席は空席のままだが、それを除いた34人は自分の席に座った。

「おーい、神谷、中村、悪いけど扉を閉めてくれないか?」

 山口先生がそう言ったから神谷と中村が立ち上がって教室の前と後ろの扉を閉めた。

 二人が席に着いたところで山口先生は「はーーー・・・」と再び深いため息をつき、やがて覚悟を決めたかのように顔を上げて喋り出した。

「・・・スマン、佐藤藍と唯、拓真の事は先生は既に1学期が始まる前から立場上知っていたがお前たちには黙っていた」

「・・・山口先生、知っていたというのは三人が本当の『きょうだい』だという事ですか?」

 村田さんが山口先生に質問したが、山口先生は村田さんの顔を見て黙って首を縦に振った。

「・・・藍と唯の両親が亡くなったのはお前たち全員が知ってる事だ。その藍と唯を引き取った親戚というのが拓真の両親だ。だから『2年A組佐藤きょうだい』は単なる三人組の呼称ではなく、義理とはいえ本当のきょうだいだ。何故それを今まで公表しなかったのかは職員会議の決定事項だ。それをあの馬鹿どもが自分から喋ってしまっただけだ」

「・・・あのー、山口先生、それと並んでもう1つ大騒ぎになっている事は先生も御存知だと思うんですけど・・・」

「・・・むらたー、男女の問題をこの場でとやかく言うなー。これに関しては先生は口を挟みたくない」

「・・・あのー、そうじゃあなくて、どうして山口先生が爆発しないんですか?わたしたちは2学期早々に山口先生が爆発して今日はロクな1日にならないってボヤキまくりだったのに、どうして爆発しないんですか?それに、あまり言いたくないけどA組には去年山口先生に二股がバレて説教された男子と女子が1名ずついます。この人たちとのバランスをどう取るつもりなんですか?」

「・・・スマン・・・ただ拓真の名誉のために言っておくが、あいつは先生の逆鱗に触れる事はしていない。それは藍と唯も言っていた。それだけは言っておく」

 それだけ言うと教室内が騒めき始めた。山口先生が信じられないくらい腰が低いのだ。そりゃあ俺だって山口先生がこの場を穏便に済ませたいという気持ちは痛いほど分かる。ただ、あの場を見ていた連中からすれば俺だけが例外扱いになっている事への不満が出てくるのは仕方ない。俺だって山口先生から口止めされてなければ自分で弁解したいくらいだ。

「・・・山口先生、何か特別な事情があると見受けられますが、それだとクラスとしての纏まりがつかなくなります。これはクラス委員としての発言ですけど、山口先生は日頃から『隠し事はするな』『常に協力しあおう』『困った時には助け合おう』と仰ってます。拓真君の立場が非常に複雑だというのは個人的には理解できますが、納得できない人もいるはずです。それに山口先生は何かを隠しているような口ぶりですけど、そこが引っ掛かって話が前へ進みません。そこをハッキリさせて下さい」

 村田さんは鋭く山口先生に迫ったことで山口先生はますます縮こまってしまった。これじゃあ、どっちが教師でどっちが生徒か分からないくらいだ。

「・・・スマン、これ以上の事を先生から言わせないでくれ。あいつの心情も察してやってくれ。それに拓真もこのんで二人ときょうだいになった訳じゃあないというのを理解してやってくれないか?」

「ですが、それは既にこのホームルームが始まる前からクラスの中で話が出ています。拓真君を責める声よりも拓真君を擁護する声の方が大きいのも事実です。でも、拓真君を責めるつもりはありませんが何故拓真君を山口先生が庇っているのか、その理由が分からないからみんな騒めいているんじゃあないんですか?」

 村田さんから再び鋭く責められて山口先生は項垂れていたが、やがて覚悟を決めたかのような顔をして村田さんの方を向いて

「分かった・・・先生に非があったのは認める・・・先生なりに責任を取らせてもらう。先生がお前たちに隠している事が2つある。それをお前たちに公表するから、それでチャラにしてくれ」

 それだけ言うと山口先生は髪を高く結んであるバレッタを外した。普段から髪をまとめ上げているから全然気付かなかったけど腰の近くまであるロングヘアーだったんだ。何をするのだろうと思っていたら、山口先生は黒板の横にある備品棚を開け、そこからはさみを取り出した。左手で腰の近くまである髪を一つにまとめてグイッと持ち上げて右手を首に後ろへ持って行ったかと思ったら、いきなり鋏で髪を一気に切り落とした!

「「「「「「キャーーー!!」」」」」」

 その瞬間、女子から悲鳴が上がった!

 悲鳴が上がったのも無理もない!『髪は女の命』とまで言い切る女子もいて、背中まで伸ばしているストレートヘアーの子や腰まである髪を普段はポニーテールやシニヨンなどにしている子もいる。その髪を山口先生は自分から、しかも普通の鋏でバサッと切り落としたのだから!!俺だって山口先生が取った行動が自分でも全く理解できない。

 その切った髪を左手で持ちながら山口先生は

「・・・スマン、先生なりに責任を取らせてもらった。これで許してくれないか?」

 それだけ言うと山口先生は再び頭を下げた。

「先生、言い過ぎました。すみませんでした」

 そう言うと村田さんは真っ青な顔で立ち上がって山口先生に頭を下げた。他の女子も、いや、クラス全員が次々と立ち上がって山口先生に頭を下げた。俺も山口先生だけが責任を一人で被る形になった事を申し訳なく思って立ち上がって頭を下げた。

「・・・あー、いやー、逆に一斉に頭を下げられると困っちゃうなあ。とにかく、拓真に非はない。それだけはお前たちも理解してやってくれ」

 山口先生はそう言ってから全員に座るように言って、全員が座ったところで

「スマン、お前たちに黙っていた事が2つある。1つ目は・・・先生はゾロ目だ。来月になったら、それが1つ増える。嘘だと思うなら運転免許証を公表してもいい」

 俺は一瞬「なんだそりゃあ?」と思ったけど、山口先生が言った意味が理解出来た。あれ程公表を拒んできた年齢を山口先生は自分の口から言ったんだ。22歳は絶対にあり得ないし、かといって44歳や55歳もあり得ない・・・という事は今は33歳で来月になったら34歳になるという意味だ。

 この発言に特に女子から「えー!」「うっそー」「もっと若いと思ってたー」「しかもほとんどノーメイクであの美貌」「信じられなーい」といった発言が次々と上がった。たしかに俺の目から見ても来月34歳になるとはとても思えない。まさにリアル美魔女だ。

「2つ目は・・・村田に質問だ。山口先生を英語で言うとどうなる?」

「へ?・・・山口先生を英語で言ったらMiss Yamaguchiでしょ?」

「・・・村田、それは不正解だ」

「先生、どういう意味ですか?」

「先生は・・・Miss Yamaguchiではない・・・Mrs. Yamaguchiだ」

 へ?・・・

 俺はマジで思考が停止した。

 それは他の連中も同じようで、みんな左右の連中と顔を見合わせて「はあ?」という顔をしている。俺は右を見たけど、唯がいないからもう1つ向こうの席の伊藤さんと顔を見合わせる形になって「何だそりゃあ?」という表情で互いに顔を見合わせていた。

 だが、ようやくその意味に気付いた。山口先生は女性だからMiss Yamaguchiで普通は間違ってない。ただ、男性教師はMr. しか使わないけど女性教師の場合はMissとMrs. を使い分ける!Mrs. Yamaguchiを直訳すれば・・・山口夫人!

「「「「「「えーーーーーー!!!!!!」」」」」」

 もう教室中は大騒ぎだ。さっきまでの沈滞ムードが一変してお祭り騒ぎになっている。山口先生は「おい、落ち着け」「他のクラスに迷惑だぞ」と言って騒ぎを収めようとしたけど全然収まらず、しばらく騒然とした状態が続いた。

 ようやく騒ぎが収まったところで山口先生がボソッと

「スマン・・・ずっと隠してた」

「いつからですかあ?」

「もう10年近く隠してた。妊娠したら公表するつもりでいたけど、未だに子供が出来ないから独身のフリをしていた」

「それじゃあ、山口という苗字は旧姓で、便宜上使っていただけなんですか?」

「いや、違う。簡単に言えば山口さん同士で結婚したから苗字が変わらなかっただけだ」

「だから『教師と生徒が付き合うなど許さん』とか言ってたんですね」

「当たり前だ。本当は既婚者だからそんな事を認める訳にいかなかったからなあ」

「●●先生とか■■先生はこの事を知ったらガッカリするだろうなー」

「そこまでは知らん。ガッカリしようがどうなろうと先生には関係ない。そういう訳だから、お互いに隠し事は無しという約束は守ったぞ。佐藤きょうだいの件は先生に預けさせてもらえないか?」

 山口先生は再びみんなに頭を下げたけど、誰からも反対は出なかった。というより、山口先生自身が捨て身の戦法ともいうべき方法で俺を庇ってくれた事で誰も反論できなくなったというのが正しい。それに最後の最後に起きた衝撃が凄まじくて、さっきの俺たちの騒ぎが上書きされて佐藤きょうだいの事なんかどうでもいいという雰囲気になってしまったのも事実だ。

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