突入

第241話 えっ?え、えっ?

 今日から2学期だ。

 唯は夏休み明け初日から朝の風紀委員担当になっているから一人だけ早い時間に家を出ている。今日の俺は藍と二人だけの登校だ。


「「行ってきまーす」」


 俺と藍は並んで家を出たが、別に藍が俺と手を繋ぐとか腕を組んだりするような事はしていない。

 藍だって俺と一緒に登校する時は毎回必ず手を繋いだり腕を組んだりしていた訳ではない。今も並んで歩いているけど、この距離だって藍と並んで歩く時の普通の距離だ。別におかしい訳ではない。

 今日で全てが決まる。そう考えると俺は昨夜なかなか寝付けなくて日付が変わっても暫く寝付けなかった。だから2学期も初日から母さんが俺の布団を引き剥がしに来て、ようやく俺は起きたくらいだ。

 藍は歩きながらスマホを見てるけど、特に俺に話し掛ける事もない。だからと言って何かを企んでいるようにも思ない、ごく普通の藍だ。

 逆に俺の方が変に身構えているように見えるらしく、途中で藍が「何かあったの?」と俺に聞いてきたくらいだ。俺はとっさに「いやー、長田の奴、夏休み後半は結構ラブラブだったみたいだから、どういう態度をとるのか気になってさ」とか言って誤魔化してたけど、藍は「他人の恋路を気にしている余裕が拓真君にはあるのかなあ」とか言って笑っていた。

 俺と藍はそのままいつもの時間の東西線に乗り込んだ。1学期の時と同様、次の駅で舞が乗り込んできたが・・・逆に舞は明らかに緊張したような顔で乗り込んできた。が、それも最初だけで普段通りの顔で藍の隣に座っているが、1学期の時は俺と目を合わせていたが、今日は俺と目を合わせようとしない。いや、明らかに俺と視線を合わせるのを避けている。意識して藍の方だけを見ているとしか思えない。

 たしかに舞とすれば俺と顔を合わせ辛いのは分かる。俺だって意識して舞と視線を合わせるのを避けているくらいだ。舞には申し訳ないが、俺はお前の気持ちを知っていて、それでもお前を選ぶ訳にいかないのも承知している。しかも俺は藍の気持ちも知っていて、それでも唯を選ぼうとしている。俺自身が決めた事とはいえ、複雑な気持ちだ。

 それでいて今でも俺は舞を縛り付けている。何か非常に申し訳ないのと同時に、あんな行動に走った俺自身を罰したい気持ちも同時にある。ホントに夏休み明け初日から色々と考えさせられる事ばかりだ。

 3つ先の駅で内山と中村、堀江さんが乗り込んでくるのも1学期と同じだ。東西線を降りるまでの間は6人で夏休みに起きた出来事を色々と話してたけど、内山たちは3人とも有名進学塾の夏期講習へ通い詰めていて殆ど塾通いの夏休みだったようだ。舞も夏期講習に行ってたみたいだけど、元々進学塾に通っていた訳ではなくて純粋に夏期講習に参加しただけなので塾中心の夏休みではなかったようだ。

 大通駅で降りた俺たちは南北線に乗り換える為に大勢の人込みの中を南北線のホームへ向かって行ったが、藍は堀江さんとお喋りしながら俺の少し前を歩いている。

 そこへ舞が俺の横に並んで小声で話し掛けて来た。

「・・・拓真先輩、ちょっといいですか?」

「どうした?」

「・・・すみません、本当の事を言うと拓真先輩をまともに見る事ができません。わたしのせいで拓真先輩には色々と迷惑を掛けて大変申し訳ありませんでした」

「・・・いや、あれの責任は全て俺にある。舞は悪くない」

「・・・わたしは拓真先輩にこれ以上迷惑を掛けたくはありません。それに、藍先輩や唯先輩に見放されたくもありません。もうあの事は忘れます。今まで通り、普通の先輩後輩の仲で2学期以降も過ごしましょう」

「分かった。舞がそれでいいなら俺もそれでいい」

「・・・藍先輩の態度を見る限りでは1学期と変わったところは見受けられません。唯先輩も変わってないんですか?」

「・・・いずれ、舞にも話す」

「何かあったんですか?」

「色々とな。『雨降って地固まる』の諺通りだ」

「そうですか・・・拓真先輩は唯先輩を選んだのですね」

「舞は全てお見通しか・・・」

「・・・さっきの一言で分かりました。わたしは別に恨んでませんよ。後は藍先輩が素直に受け入れてくれる事を祈るのみですね」

「・・・舞はどっちの味方をするつもりだ?」

「・・・正直に言いますが、わたしはどっちの味方もしませんよ。本当は拓真先輩が二人を蹴ってわたしを選んでくれるのが最良ですけど、夢物語でしかない事も分かってます。もし二人の間でいざこざが起きた時には中立の立場を取らせて頂きます」

「・・・スマン」

 それっきり俺と舞は話をしなくなった。南北線に乗り換えても俺と舞は話をする事はなかった。車内は1学期の時と同様に水色ネクタイの集団が大勢乗り込んでいて、これも変わらない風景であった。

 いつもの駅で降りて、いつものように地上に出ると水色ネクタイの集団は倍くらいの人数に膨れ上がり、そのままトキコーへと向かって行った。

 唯は風紀委員として正門のところで立っている。今日はたしか中野さんとのコンビで立っているはずだ。その唯と中野さんが視界に入ってきたが、当然唯からも俺たちが来たのは見えてる筈だけど俺たちを特別扱いする訳ではないのは分かっている。藍だって風紀委員の時はそうだったのだから、唯に変わったからといって扱いが変わるのはなさそうだ。

 その時、堀江さんと並んでいた藍が立ち止まり急に後ろを振りむいた。

 クールな瞳で俺を見たかと思うと俺の横にスタスタと歩み寄ってきて、そのまま俺の左側に並んだかと思うと


「拓真、行くわよ」


 そう言って、そのまま自分の右腕を俺の左腕に絡めて正門に向かって俺を引っ張るようにして歩き始めた。えっ?え、えっ?

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