第240話 気持ちの問題だと思うよ

「・・・いいよ」

「たっくんは唯を守ってくれるって約束してくれたけど、それは今も変わってないよね」

「・・・ああ」

「・・・この前、夏祭りの時にたっくんと喧嘩した時、たっくんは唯の前からいなくなった。あの時に唯は思ったんだ、このままじゃあ駄目なんだってね」

「・・・どういう事だ?」

「唯は思ったんだ。我が儘ばかり言ってるとホントにたっくんは唯の前からいなくなっちゃうんじゃあないかってね」

「い、いや、あの時はつい頭に血が上って・・・」

「唯はたっくんの彼女だけど、同時に義理とはいえ妹だよ。いつまでも昔みたいに彼女だけの立場を優先していたら駄目だって気付いたんだ。唯はたっくんの義妹である事を誇りに思うから、迷惑を掛けてばかりいては駄目だって思うんだ。だから我が儘は言わない。ううん、彼女としての立場でいる時は対等でありたいし、義妹としての立場でいる時はお兄さんあるたっくんよりも一歩控えるくらいでないと駄目だと思うんだ」

「そうか・・・」

「それと、唯は決めた。もう唯は生徒会副会長ではない。今の副会長はお姉さんだよ。ましてや今の『ミス・トキコー』は藤本先輩だよ。だからもうコソコソしている必要はないと思うんだ。唯はみんなの前で堂々と交際宣言しようと思う」

「いいのか?」

「気持ちの問題だと思うよ。無理に隠そうとしてコソコソしていると逆に疲れるって事に気付いたんだ。それなら、もう気楽な立場なんだから堂々とたっくんの彼女だと言ってしまった方が楽になると思う」

「ホントにいいのか?」

「まあ、かなりの激震が校内を走るとは思うけど、それも一時の騒ぎに過ぎないと思うよ」

「・・・唯がそれでいいなら俺は構わないぞ」

「ありがとう」

「で、いつ公表するんだ?」

「明日」

「はあ?新学期早々かよ!?」

「そう。丁度キリがいいでしょ」

「まあ、たしかにそうだけど」

「唯は明日は風紀委員の担当だから早く行くけど、担当が終わって教室に行ったら朝のショートホームルームが始まる前にみんなの前で交際宣言しようと思うけど、たっくんはそれでもいい?」

「さっきも言ったけど、唯がそれでいいなら俺は構わない」

「じゃあ、約束だよ」

「ああ」

 唯の言ってる事は一方的な考え方かもしれないけど、考えようによっては自分の立場を考えた上での重大な決断だと思う。あの日、夏祭りの時に目の前で俺がいなくなった事はさすがにショックだったようだ。自分の目の前で自分が一番頼りにしている人に置き去りにされた、それも自分の身勝手が原因で置き去りにされたのだから、結構身に染みたようだ。唯にとって自分の周りから人がいなくなる事は恐怖以外の何物でもないからな。俺がいなくなった原因が自分の勝手な言い分、つまり我が儘だという事は唯も分かっていた筈だ。だから、どうやったら俺が唯から離れないでいてくれるのかを考えた上での決断だろう。

 それに、考えようによっては藍の先手を打つ事で藍の動きを封じる、いわば藍が俺を諦めざるを得ない状況に追い込む事が出来るかもしれない。恐らく藍は藤本先輩がいなくなれば名実ともに『トキコーの女王様』になるわけだ。その女王様が「略奪愛」などという行為に走る事はプライドが許さない、いや、仮にプライドをかなぐり捨てて唯から俺を奪おうとすれば、今度は周りが女王様として見てくれなくなる。そうなると唯の考えは藍の動きを封じる事になるかもしれない。今まで藍が俺を取り戻そうとしてやっていた事は、表向き俺に彼女がいない事になっているから、見付かったとしても誰も不思議に思わないからな。後は俺が唯を選んだという事を周囲が認識すれば藍も諦めざるを得なくなる。そうなれば唯の勝ちだ。修羅場にもならず、ましてや血で血を洗う抗争も起きないで済む最良の方法だろう。どうしてその事にもっと早く気付かなかったのだろう。

 俺たちはそのまま手を重ね合ったままでいたけど、誰かが階段を上ってくる足音がしたから唯の方から手を離した。やれやれ、小心者なのは全然変わってないな。上ってきたのは小学校低学年くらいの男の子と幼稚園児くらいの女の子、それと両親と思われる大人二人の四人だったが、俺たちは四人と入れ替わる形で展望台の階段を下りて行った。

 その後の俺と唯はさっきまでと同じで肩が触れるか触れないかギリギリの距離でずっと並んで園内を散歩してたけど、さすがに正午を過ぎたから一度帰る事にした。

 帰ったらカップ麺と宅配ピザがテーブルの上に置いてあって泰介と歩美ちゃんはピザを食べながらまだ宿題と格闘していた。さすがに半分くらい終わっていたが、それでも夕方まで頑張らないと終わらないのは間違いなさそうだ。俺たちもピザを摘まみつつ、キッチンに置いてあったオ・タルのケーキ、紅茶も有難く頂いた。事前の約束通り、俺のケーキは1つだが唯は3つだ!そのケーキを唯は一人でペロリと平らげ平然としていた。おいおい、やっぱり唯は『甘いものは別腹』だよなあ!?

 午後になっても俺と唯が暇なのは変わらない。でも、さすがに夏休み中に結構お金を使っていたから今日は無駄遣いをする訳にもいかず、ブックオンでずっと立ち読みをしていた。泰介からメールで「宿題おわったぞー」の連絡が入った5時過ぎまで、適当に立ち読みしていただけだ。

「歩美ちゃんも泰介君も来年こそ宿題を真面目にやる事!分かったわね!!」

「「はーい、気をつけまーす」」

「たいすけー、去年も藍から同じ事を言われて結局去年と同じ、いや、去年より酷かったんだかあさあ、ちょっとは反省しろよ」

「たくまー、それはホントに悪かった。おれも反省している」

「わたしもさすがに今年は遊びすぎたかなあ。もし今年も藍ちゃんが来てたら宿題丸写しなんて絶対に許すとは思えなかったから、ホントに唯ちゃんで良かったと思ってるよ」

「唯だって本当は宿題丸写しなんて認めたくないんだけどね。まあ、オ・タルのケーキと引き換えじゃあ認めざるを得ないね。だけど来年はぜーったいに駄目だからね」

「わーかってるって」

「ホントに大丈夫?」

「松岡先生の言葉ではないけど『女に二言はない』ってところかな」

「はいはい、じゃあ、その言葉を信用しましょう」

「それじゃあ、俺たちはそろそろ帰るぞ」

「ああ。気を付けて帰れよ」

「明日学校で会おうね」

「りょうーかい」

「「ばいばーい」」

「「ばいばーい」」

 こうして俺と唯の夏休み最後の行事は終わった。目的と場所は違ったけどデートのような事もやれたし、唯との絆を再確認する事もできたし、それに何より最大の懸案事項を解決できそうな雰囲気になってきた。

 全ては明日だ。それで全て終わる。

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