第239話 逆に面食らったぞ!

 泰介と歩美ちゃんは夏休みの宿題を片付けるという宿命(?)があるけど、俺と唯は単に宿題を泰介を家に届けるというだけで呼び出されたに過ぎないから暇な事この上ない。俺は泰介の部屋から4DSを持ち出して遊んでるし、唯もコミックを読んでる。でも、さすがにそれだけだと飽きてくる。

「おーい、唯。天気もいいから百合が原公園にでも行かないか?」

「そうね、折角ここまで来たんだから百合が原公園を散歩しよう!」

「じゃあ、行こうか」

「そうしよう」

 俺たちは泰介と歩美ちゃんに「昼頃戻ってくる」と言い残して歩いて出掛けた。泰介たちも俺と唯を引き留める気はないようだ。というより、二人共マジで夕方までに宿題が終わる見込みが立たないのだから俺たちに構っている余裕がないみたいだ。

 さすがに泰介の家から百合が原公園は30分近くあるけど、どうせ今日は唯とデートするつもりだったから散歩とは名ばかりのデートだ。それに今日は天気がいい。もうお盆を過ぎたから朝夕は秋の気配を感じさせる今日この頃ではあるが、それでも昼間はかなり気温が上がる。

 あの舞との一件以来、唯との距離が再び縮まってきているのが自分でも分かる。いや、縮まったどころか藍の目を盗んで頻繁に・・・俺の場合は罪悪感というのもあって舞との間で起きた事を話せないでいるが、いずれ唯に謝らないといけない時がくるだろう。それと、さすがに並んで歩く時の距離感だけは思い出せないが、あれは学校で並んで歩く時の距離だから今日は分からなくても全然問題ない。というより、殆ど肩を寄せ合って歩いているに等しい。でも、ここで手を繋ごうとしないのが唯らしいや。

 俺も唯も何も喋らないけど、唯は緊張している訳ではなさそうだ。それにウキウキしているように感じられる。何となくだが「俺と一緒に歩けて幸せー」というのを目一杯表現しているように感じる。

 百合が原公園は6千種以上の花や植物が育てられている公園だ。園内には世界中から集められた約100種の百合ゆりを観賞できる「世界の百合広場」や、札幌の姉妹都市である4市の造園家が協力した「世界の庭園」など、様々な工夫を凝らした花壇や庭園が広がる。時期によって見ごろの花が変わるので、初夏から降雪までの間は行くたびに違った花々と出会えるのがうたい文句になっている。俺がここにくるのは10年ぶりくらい、たしか小学校1、2年生の頃に一度だけ来ている。唯はどうなのかは知らない。

 さすがに今日は暑い。お互いに申し合わせた訳でもないのにソフトクリームの前で立ち止まった。

「たっくーん、折角だからソフトクリームを食べようよ」

「あー、いいよー」

「じゃあ、今日は自分の分は自分で払ってね」

「はあ!?」

「あれー、たっくーん、どうしたの?そんな大声を出して」

「唯!お前、熱でもあるのかあ!?」

「どういう意味?」

「ぜーったいに唯のことだから『たっくんが払ってね』って言うと思ってたから逆に面食らったぞ!」

「まあ、たまにはいいじゃない?」

「それもそうだけど、何か怖いな。後でドデカい物を買ってくれとか言われそうで」

「そんな事はしないよ。唯だってまともな言葉を言うよ」

「それもそうだな」

「それとも、たっくんが自分から進んで払ってくれるの?そっちの方が有難いけど」

「折角唯が自分から出すって言うんだから、自分のソフトクリームは自分で払おう」

「そうしましょう!」

 俺たちはお互いにソフトクリームを買った後も食べながら歩いていたけど、まだ夏休みという事もあってか、小学生くらいと思われる子を連れた家族連れや幼稚園児、ベビーカーに乗せた赤ちゃんなどを連れて歩く家族連れも多くいた。そんな人たちはリリートレインが周回するなか、周りの花を楽しむかのように、あるいは北海道の短い夏を満喫すべく楽しんでいるかのように、各々が百合が原公園での一時を過ごしていた。

 そんな中を俺たちは散歩するような形で百合が原公園を歩いていたけど、不意に唯が

「たっくーん、あの展望台に行ってみようよ」

「展望台?」

「ほら、あれ。たしか昔のサイロを改造した展望台だよ」

「あー、そう言えばそうだったな」

「ここは元は牧場だったから、牧草を貯蔵するのに使っていたサイロを展望台として使っているんだよ」

「じゃあ、折角だから展望台に行ってみるか」

「そうしましょう!」

 俺たちはサイロの展望台まではほぼ肩が触れ合うくらいの距離で歩いていたけど、さすがに螺旋階段を並んで歩くのは無理があるから俺が唯の前を行く形で上っていった。

 階段を上り切った先は展望台だが、そこには誰もいなくて俺たちがここを占拠したような形になった。

 展望台と言っても元々は酪農用サイロだから物凄く高い物ではない。でも、ここからなら園内を歩く人たちやリリートレインも見る事ができ、周りに高い建物がないから札幌や石狩市などを眺める事が出来る。

 俺たちは並ぶような形で窓枠に手を乗せて暫くは雄大な眺めを満喫していた。

 でも、唯が右手を俺の左手の上に重ねて来た。多分、誰もいないからだと思うけど唯の好きにさせればいいかなと思って敢えて好きにさせていた。

 俺は唯の方を見たけど、唯は俺が見ている事に気付いているはずだけど見る事をせず、遠くを眺めながらポツリと語り始めた。


「・・・たっくん、唯の思ってる事を言ってもいいかなあ」

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