第229話 大事の前の小事ですから
「あれ?」
「雨?」
「たっくん、とりあえず屋根のある所へ行こうよ」
「ああ。でも、そんな場所はここにはないぞ。出店くらいしか・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよー!いきなり本降りですかあ!?」
「夕立ちだ!」
「たっくん、傘は?」
「あるけど」
「貸して!」
唯は俺がポケットから取り出した折り畳み傘を奪い取るようにして手に取ると、一気にそれを開いた。
「はあ?たっくん、これって一人しか入れない物なの?」
「当たり前だ!ポケットサイズだからだ。そんな事より傘を返せよ!」
「冗談じゃあないわよ。浴衣が濡れるでしょ!」
「はあ?俺はどうなる?だいたい天気予報で夕立ちがあるかもしれないって言ってたのに傘を持ってこない奴が悪い!」
「そんなの唯のせいじゃあないわよ!だいたい、たっくんが自分の分しか傘を持ってこないのが悪いのよ!」
「うるさい!持ってこない奴が悪い!」
「傘の一つ二つでワーワー言うな!たっくんも男なら女の子に傘を譲るくらいでないと嫌われるわよ!」
「あー、そうですか!じゃあ、その傘は唯が勝手に使え!俺は帰る!!」
「ちょ、ちょっとたっくーん!この雨の中を帰るつもりなの?」
「帰る!」
「たっくーん!」
俺は唯が引き留める声も聞かずに背中を向けて走り出した。唯が大声で何か言ってたけど雨音が大きくて何を言ってたのか全然分からなかった。相当頭に血が上っていたのだと思うけど、後先考えずに走っていたから自分がどっちに向かって走っているのかも全然分からない。あちこちで夕立ちを凌ごうとしている人が大勢いる中を俺は一目散に走って行った・・・
「・・・ここは」
気付いたら俺は
店内に入ろうか?いや、こんなびしょ濡れで店内に入るのはマナー違反もいいところだ。やっていい訳がない。でも、かなり寒い・・・
「拓真先輩じゃあありませんか!?」
自動ドアが開いたと思ったら俺は左側から声を掛けられ、振り向いたら舞がいた。店のバッグに何かのレンタル品を入れてるようだから、店で何かを借りた後のようだ。
「どうしたんですか?ずぶ濡れもいいところです!何があったんですか?」
「いや・・・傘を忘れて」
「そんな事はどうでいいです。どうみても風邪をひきます!それにガタガタ震えてるじゃあありませんか!」
「いや、何でもない」
「何でもないじゃあありません!とにかく体を温めないと」
「いや、大丈夫だ」
”バチーン!”
いきなり舞は右手で俺の左頬に全力の平手打ちを食らわせた。俺は呆然とした表情で舞を見る事しか出来なかった。
「強がっているのもいい加減にしてください!」
「ま、まい・・・」
「だいたい、先輩は次の木曜日に何があるのかを忘れた訳じゃあないですよね!このままだと東京へ行くどころか病院行きです。日本海大学付属札幌高校に出場権を譲るつもりですか?篠原先輩や長田先輩にどう弁解するつもりなんですか?藤本先輩に何と言い訳するつもりなんですかあ!」
「・・・・・」
「とにかく、体を温めるのが先決です。うちに来て下さい」
「はあ?」
「あそこに見えるマンションの3階です。歩いて10分かかりませんから」
「し、しかし」
「体を温めるのが先決です!大事の前の小事ですから、あーだこーだ言う前に黙ってついてきて下さい!」
「・・・分かった」
「とりあえず傘に入って下さい。あまり大きくないですけど何とか二人で入れます」
「分かった」
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