第230話 緊急避難的な判断だったはず・・・
俺は舞の言う通りにするしかなく、舞が差し出した傘に一緒に入って歩き出した。でも、舞が持っていた傘はあまり大きくないから2人で入るのは正直厳しい。舞は俺が濡れないようにしているから自身はずぶ濡れだ。
「・・・ま、まい、このままだとお前まで」
「黙っていて下さい!」
「わ、分かった・・・」
「わたしは濡れても着替えれば済む事です。拓真先輩の方は自分の事だけを考えて下さい!」
「・・・・・」
「さすがにDVDが濡れるのだけはマズいから、これだけは濡らさないで下さいね」
「分かった」
「とにかく、あと少しでマンションに着きますから、拓真先輩はすぐに体を温めて下さい。それまでは耐えてください」
「分かった」
「・・・拓真先輩、あんまりわたしをジロジロ見ないで下さい (ー_ー)!! 」
「はあ?」
「あんまり見てると後でさっきよりも強烈なやつをお見舞いしますよ (ー_ー)!! 」
「・・・分かった」
舞が最後のセリフを何故言ったのか俺は最初は分からなかったが、舞の服をチラッと見た事で納得した。ずぶ濡れになっているからブラジャーが丸見えなのだ。たしかにこれをガン見していたら舞でなくても怒るよなあ。でも、そんな事を気にしてられる程、俺には余裕がない。正直、ぶっ倒れずに意識を保つ事で精いっぱいの状況だ。それにガン見していたのではなく傘を持っている手をずっと見ていたに過ぎないのだが、そんな事を言ったところで単なる言い訳にしか聞こえないだろうから言わないでおこう。
どのくらいの距離を歩いたのかは正確には分からないが、お互いにずぶ濡れ状態になってマンションに着いた。正直、この辺りが限界で俺は寒さでぶっ倒れそうになっていた。そのままエレベーターで3階に行って一番奥の部屋のドアを舞が開けた。
「お邪魔しまーす」
「拓真先輩、母は仕事に行ってますから今はいません!そんな事より早くお風呂場へ!」
「風呂場はどこだ?」
「入って最初の右側の扉です!」
「分かった」
俺は一目散に脱衣所へ行って服を脱ぐと蛇口を捻ってシャワーを浴びた。ここで初めて生き返ったような気になった。
『たくませんぱーい』
脱衣所から舞の声がした。
「はーい」
『シャワーだけだと体が冷えます。お湯を張って、そこに浸かって下さい』
「いや、それだと舞が風邪を引く・・・」
『わたしはとりあえずバスタオルで頭を拭きましたし、温かいココアでも飲みますから大丈夫です。とにかく体を温めて下さい』
「分かった」
『ところで拓真先輩、スマホは大丈夫なんですか?ずぶ濡れで壊れてないですか?』
「あー、それは大丈夫だ。俺のは完全防水型だから水に落としても問題ない。それより舞の方こそ大丈夫なのか?」
『わたしのスマホも防水型だから大丈夫ですよ』
「そうか・・・」
『スマホを覗き見る事もしませんし、財布を抜き取る事もしませんから』
「分かった」
俺は舞に言われた通りシャワーしながら湯舟にお湯を溜めていったけど、スマホは舞が見たくても暗証番号を入れない限り見られる事がないから別に問題はない。これは学校に行ってる時もいつもそうやっているから。さすがにこの場で金銭を取られるとかを気にしているような状態ではないから、ここは舞を信用するしかない。
それに財布の中には藍や唯との関係がバレるような物は入ってないから、仮に舞に見られても問題ないはずだ。
『・・・拓真先輩、父が使っているジャージと下着ですけど、ここに置いておきますから使って下さい』
「・・・ありがとう」
『先輩の服は洗濯しておきますよ』
「いいのか?」
『ドラム式の洗濯乾燥機ですから、この程度の量なら1時間ちょっとで乾きます。大丈夫です』
「・・・分かった」
俺は湯を溜めながら色々と考えた。
これは浮気なのか?いや、これは大事の前の小事だ。そんな事を言ってるような状況ではなかったのも事実だ。舞の言葉ではないが、あのままだったら俺は病院一直線だった。あの場では仕方ない判断、緊急避難的な判断だったはずだ。
でも、元はといえば俺と唯の口論が発端だ。たしかに傘の一つや二つで喧嘩になったのは短気だったと認めざるを得ない。でも、俺も「帰る」などと言わずに、例えば大学の校舎の屋根がある部分とか出店の軒下に避難する手などもあったはずだ。それをわざわざ地下鉄の駅のすぐそばまで来てしまったのだから、無謀だったと言うべきのか、それとも浅慮だったと言うべきだったのかは分からないが、それまでだ。
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