第225話 夏祭りに行こう

「そんな事を言っても知りませーん!」

「そうそう」

「勝手に行こうって言いだす方が悪いんだろ?」

「『クイズばかり考えてないで息抜きをしなさい』ってお義母さんにも言われたでしょ!」

「わーかったって!でも、もうちょっと待ってくれよお」

「ったくー、たっくんが朝から髪もボサボサで着の身着のままでいるのが悪いのよ!」

「それは私も同感よ!」

 俺は次の木曜日に東京で行われる本選を目の前にして予選会以降もクイズ漬けの毎日を送っていた。水曜日の昼に東京へ出発するのだが、あまりにクイズに没頭しすぎる事を松岡先生が憂慮して「日曜日くらいクイズから離れろ』などと俺と篠原、長田の家へ電話して息抜きするよう伝えたみたいなのだ。だから今日だけは篠原も長田も「親から怒鳴られたからクイズは休みだー」と言ってきて、恒例となった伊勢国書店でのクイズ合戦も休みになっている。

 まあ、松岡先生は典型的な体育会系だが部活漬けの毎日を強制するような人ではなく、男女テニス部は運動部では異例の週5日練習で土日・祝日の練習は「ぜーったいに駄目!」と言ってメリハリをつけさせている。テニス馬鹿の伊達先生もこの点だけは松岡先生に同調しているのだから、ホントに理解不能の先生である(その代わり、平日の練習は結構ハードだ)。

 今日は日曜日。夏休み期間でもあるから週替わりであちこちの商店街や神社、公園などでは夏祭りが催されている。俺はどこにも出かける気はなくて部屋でゴロゴロするつもりだったのだが、午後になって唯と藍が「夏祭りに行こう」と俺を無理矢理連れ出そうとして、さっきの口論(?)となっている。

 さすがの俺も藍と唯が揃って出掛けようと言ってきてるし、母さんまでもが「気分転換をしてきなさい」と命令口調で言ってたから反論の余地を与えられず、仕方なく着替え始めたという訳。

「おーい、おまたせー」

「遅いわよー、ぷんぷーん」

「わりー。で、どこへ行くんだ?」

「お義母さんの母校」

「へ?北斗学園大学?」

「そう」

「大谷ふるさと祭りかあ。でも遠くない?」

「地下鉄1駅だから問題ないでしょ?歩いていこうと思えば行けるけど疲れるし、定期が使えるから問題ないわ」

「それとも厚別区民祭りへ行く?」

「距離はたいして変わらないわよ」

「山口先生のテリトリーだろ?さすがに勘弁してほしいぞ」

「なら文句ないわよね」

「はいはい」

 夏祭りの女の子といえば浴衣。アニメやドラマなどでは定番だが、さすがにリアルでは・・・と言いたいのだが、今日の藍はトキコー祭の時と同じく、実母である和美おばさんの形見とも言うべき水色を基調とした花柄の浴衣と赤色の帯を巻いて艶やかな髪飾りで着飾っている。唯は母さんの浴衣である、黒を基調とした花柄の浴衣と黄色の帯を巻いている。唯は髪飾りをつけてなく、いつも通りヘアピンだ。二人とも浴衣の着付けは出来ないので母さんが着付けをしたが、母さん自身は行く気が無いようなので、夏祭りへ行くのは俺と藍、唯の三人だけだ。

 俺は藍と唯とは違って赤のTシャツにジーンズ。まあ、俺は浴衣を持ってないし、わざわざレンタルするのもアホらしいからこんな格好で出掛けるに過ぎない。

 今日は朝から気温がグングン上がって最高気温は30℃を軽く超えた。湿度があまり高くないとはいえ結構暑く感じる。どうせ我が家にはクーラーなどという物が存在しないから扇風機だけで凌ぐのに難儀していたのだから気分転換で外出するのは悪くない。ただ、こういう天気の日は夕立ちの恐れがあるのは経験上分かっている。だから俺はジーンズのポケットに折り畳み傘を入れての外出だ。

 さすがに藍と唯の履物が草履だから歩いて北斗学園大学まで行く事はしないで地下鉄で行く事になった。普段は舞が乗り込む駅で降りれば目的地の北斗学園大学は目と鼻の先だ。

「たっくーん、急いでよー」

「そんなに慌てなくてもいいだろ?逃げていくもんじゃああるまいし」

「えー、だってさあ、たっくんは夏休みに入ってから朝から晩までクイズ、クイズだよー。ちーっとも唯にかまってくれないから、今日くらいはいいでしょー」

「唯さーん、もしかして拓真君とラブラブで腕でも組んで祭り会場に行くつもりなの?」

「あー、さすがにデレデレはする気ないよー。唯だってバッタリ誰かに会って慌てるのは嫌だからねえ」

「まあ、唯さんにそこまでの度胸があるなら、学校でも堂々と手を繋いでるでしょうね」

「うーん、さすがの唯もそれは無理。歩美ちゃんのように堂々と手を繋いで登校してみたいなあと思う時もあるけど、羨ましいの一言で終わっちゃうからね」

 さすがに日曜日の午後という事もあって地下鉄の車内も空いているが、藍や唯と同じく、浴衣を着た女性もチラホラと見られる。それに小学校1年生か幼稚園児と思われる子が浴衣を着ている。札幌市営地下鉄には冷房という物が存在しないから窓を開けているので普段よりも室内が騒々しいけど、そんな東西線を1駅だけ乗って、俺たちは次の駅で降りてからは俺を真ん中、唯が右、藍が左の位置取りで北斗学園大学のグラウンドに向かった。

「・・・藍さんは浴衣を着て夏祭りに行った事はあるの?」

「うーん、たしか幼稚園の頃にはあるけど、小学生になってからはないわね。中学生になってからは夏祭りそのものに行く機会がなかったから、今日はホントに久しぶりに浴衣で夏祭りに行くわ」

「えー、勿体ない」

「まあ、塾通いしていたし」

「唯は浴衣を着て夏祭りに行った事そのものが無いからねえ。たしか幼稚園の演劇発表会で1度だけ浴衣を着た事があるけど、それ以外はないよ」

「そっちの方が勿体ないような気がするわよ」

「お母さんが浴衣を着るような人じゃあなかったし、お婆ちゃんもね」

「そっかあ。それじゃあ仕方ないわね」

「たっくんは?」

「俺は無い」

「面倒だから?」

「いんや。うちには男物が無い」

「絵里お姉さんは着た事があるの?」

「あるよー。姉貴が中学や高校の時に唯が着ている浴衣を着て幾つかの夏祭りに兄貴と3人で。5人全員で行った事もあるよ。兄貴だって今の俺のような恰好で出掛けていたからな」

「ふーん。たっくんの家の男は結構ファッションに無頓着なのかもね」

「それは合ってる。父さんだって母さんが見繕わなければ俺以上の無頓着ぶりを発揮してるはずだぞ。それに泰介だって歩美ちゃんと付き合う前は俺以上に無頓着だったからなあ」

「泰介君が?」

「そう」

「そういえば小野君と歩美さんが付き合い始めるきっかけは何だったの?」

「言われてみれば唯も知らないよー。たっくんは知ってる?」

「あれー、唯も藍も知らなかったのか?去年のトキコー祭の前に二人が大喧嘩したのを覚えてるか?あれだよ」

「喧嘩が原因で付き合い始めたの?」

「トキコー祭の準備作業の遅れを、実行委員である泰介とクラス委員である歩美ちゃんがお互いに『お前が悪い』と責任を押し付け合って放課後に大喧嘩したのを藍と唯が仲裁したのを覚えてるか?」

「あー、そういえばそんな事があったねえ」

「二人とも結構マジ切れして怒鳴り合っていたわね。私も思い出したわ」

「それで、藍と唯から宥められた後、二人でマイスドに行ってお互いに至らなかった点を反省しあって、その次の日から作業を分担しあうようになった。そこから二週間、毎日放課後にマイスドやWcDで結構真面目に準備作業の確認をしているつもりが、いつの間にかデートに変わっていたのさ」

「「へえ」」

「ところが、学校帰りならお互いに制服だから問題なかったけど、トキコー祭の代休日に初めて私服でデートする事になった時に、泰介のあまりの無頓着ぶりに歩美ちゃんが呆れて、それで泰介をあれこれとコーディネートするようになったのさ」

「だから小野君は歩美さんに頭が上がらないのね」

「泰介君も歩美ちゃんの尻に敷かれているからねえ」

「泰介の場合、あれで結構気に入ってるみたいだぞ。色々と考えなくてもいいから、という事らしいけど、ある意味ズボラな性格と几帳面な性格のコンビだから相性がいいのかもしれない。両方ともズボラ、あるいは几帳面だったら返ってうまくいかないと思うから丁度よかったのかもしれない」

「その考えは合ってると思うわ」

「たっくんは亭主関白とカカア天下のどっちがいいのかなあ」

「拓真君は間違いなくカカア天下でしょ?お義姉さんに頭が上がらないんだからね」

「悪かったな!どうせ俺は末っ子ですよ」

「まあまあ」

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