第226話 藍は去年の秋に戻りたいのか?

 大谷ふるさと祭りの会場である北斗学園大学のグラウンドには櫓が立てられていて、出店もいくつか出ていた。そのうちの幾つかの店を俺たちは覗き込んでいる。

 この会場は結構な人手で賑わっていたが、この中には俺を知っている奴がいるかもしれない。それに夏休みだから親戚の家、あるいは祖父母の家とかに来たついでに夏祭りに行くとか友達の友達同士が集まって夏祭りに来ているかもしれないので、あまり浮ついた事をしない方がいいはずだ。それは藍も唯も重々承知している。

 唯は金魚すくいの前で小学生たちの様子を眺めていたが、自分はやる気はなさそうだ。俺はというとその向かい側の射的の出店の前で藍と一緒にいた。

「・・・そう言えば、拓真君と夏祭りに来るのは三度目ね」

「・・・そうだな」

「去年の夏にも行ったわね。それと一番最初は幼稚園に入る前に・・・」

「幼稚園に入る前、お互いに面識がなくて、おじさんと父さんが示し合わせて手稲ていねの夏祭りに行った時の事だろ?」

「そう」

「その昔話を藍がした事が、幼馴染、玄孫同士だという事実に気付いたきっかけだからな」

「私もたまたま古いアルバムを見て『そういえばこんな出来事があったなあ』っていう話をしただけよ。まさか私もあの時の男の子が拓真君だったとは夢にも思わなかったわよ」

「それはお互い様だ」

「後は幼稚園の年中組の夏にお互いの母親に連れられてイーオンに行ってた時にばったり会ってキッズ広場で一緒に遊んだ時と1年生の夏休みに・・・トキコーに入学する前に会ってたのは3回だけね」

「それ以来会ってなくて、次にあったのが入学式。まあ、試験の日に同じ会場にいたのは間違いないけど、確認した訳じゃあないからな。特進コースも普通科も関係なく受験番号順に部屋が割り振られていたし、毎年半分以上は公立高校との併願でトキコーに入学しないから多分別の部屋で受けたはずだ」

「そうね」

「入学式の日に、俺の前に座った超がつく程の可愛い女の子が新入生代表挨拶をした主席入学者だからな。そりゃあ入学早々鮮烈な記憶に残るさ」

「・・・でも、本当は篠原君と同率なのよねー」

「はあ?それって本当か?」

「ええ。私も篠原君も過去に数例しかない満点よ。でも、篠原君は普通科入学だから過去に普通科の生徒が代表挨拶をした事がないから慣例として私が代表挨拶をしたに過ぎないのよ」

「知らなかった・・・」

「山口先生がコッソリ教えてくれたわ。先生方の間では公然の秘密になっているみたいだけど」

「もし篠原が単独1位だったら篠原がやっていたのか?」

「多分、その時でも私。まあ特進コース所属の子が毎年主席入学していたから普通科の子が同率とはいえトップ入学するなんて想定してなかったみたい。あくまで慣例だし、それに普通科の子が代表挨拶したら特に保護者の空気が悪くなるのは拓真君でも分かるでしょ?それは山口先生も同じ考えだったわ」

「だから篠原を2年生の時にA組に編入させようとしたのかあ」

「多分ね。だけど篠原君が屁理屈を言ってA組編入を拒否したんでしょ?」

「あれはあれで変わってるよな」

「そうね。学校側の体面としては普通科生徒がトップに君臨しているんだから何の為の特進コースか分からない状況だからね」

「その辺りは大人の都合って訳かあ」

「大人の世界は色々と面倒よね。私も出来れば大人になりたくないわ」

「その大人に俺たちはなろうとしている。時間の流れは止められない」

「・・・そうね。時間が戻らないのと同じ」

「・・・藍は去年の秋に、10月以前に戻りたいのか?」

「・・・それは分からない。戻ったら拓真君と私の関係はラブラブだけど、その時にはお父さんがいる。以前のようなギクシャクした関係に戻るだけ」

「そうか・・・」

「あの頃と今のどっちが幸せかと言われたら、正直、答えられない。心が落ち着くのは今だけど、唯さんがあなたの隣に立っている以上、辛い」

「・・・・・」

 何か俺はかえって藍を落ち込ませたような気になってきた。

 たしかに俺と付き合っていた時の藍は、家庭はボロボロで心が休まる時が無かったけど学校にいる時の方が落ち着いていたし俺と付き合っている時はかなり嬉しそうだった。今はその逆で、義理の両親である俺の父さん・母さんと上手くやっているが、俺の隣には唯がいるし家でも学校でも唯の保護者的立場になっているから心が休まる事がない。

 俺はというと・・・正直、10月以前に戻りたい。あの10月の風紀委員室での出来事が起こる前に戻りたい。あれが俺を苦しめている元凶だ。いや、もっと前、宿泊研修の前にまで戻りたい。あれが俺の歯車が狂い始めた、全ての始まりともいうべき物だ。唯が入学当初から俺を狙っていたというのを知っていたら、俺は最初から藍と付き合わなかったかもしれない。


「・・・おーい、たっくーん」

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