第177話 無害の鈍感男

 山口先生は自分の受け持ち時間を終えて堀江さんと交代した事で、再び2年A組は「占いの館」に戻り、俺は雑用係の担当を神谷と交代し再びフリーの時間となった。

 さあて、何をしようかな。今日の俺はこの後はずうっとフリーだが何をすればいいのか考えてなかったのも事実だ。唯の午後の予定はさっきのテニスが原因で大きく変わった筈だから全く分からない。でも連絡が入ってこないという事は、実行委員長としての行事が立て込んでいるんだろうな。藍はこの時間は文芸部の担当をしているから無理だ。文芸部の会場へ行くとするかな?

 あ、そう言えば・・・俺はさっき、舞のクラスのイベントに行くという約束をしながらテニスコートに行った事で、約束が反故になっていた事を思い出した。だからその穴埋めをしようと舞に電話をした。

『もしもし、拓真先輩ですか?』

「そうだ。さっき行けなかった1年B組に行こうと思うが舞はどこにいるんだ?」

『あー、それならB組じゃあなくて講堂へ行きませんか?』

「講堂?」

『もうすぐ軽音楽同好会のライブが始まりますよね。山口先生がゲスト出演するっていう事でクラスの子も大半が講堂へ向かってますよ』

「あー、そう言えばそうだったなあ。すっかり忘れてたよ」

『今はどこにいるんですか?』

「2年A組の前だ」

『じゃあ、わたしがそこへ行きます。ちょっと待っていて下さい』

「わかった。ここで待ってる」

 舞のやつ、随分テンションが高いけど何かあったのかなあ?それとも俺と一緒にライブに行きたがっているのか?あるいは・・・ま、それを考えたところで仕方ない。

「・・・せんぱーい、お待たせしましたー」

 舞はあっさり俺の所へ来たので一緒に並んで講堂へ行く事にしたが、舞は終始ニコニコ顔だ。俺と舞が並んで歩く距離は藍と並んで歩く時よりもさらに距離があるが、俺は唯との距離感は未だに思い出せず、もう完全に諦めている。だから意識して唯と並んで歩く事はしなくなっているが、指摘された時の言い訳も思いつかないくらいだ。もう殆ど重症としか言いようがないなあ。

「・・・拓真先輩?」

「ん?どうかしたのか?」

「どうかしたのですかって言いたいのはこっちですよ。ずうっと小声でブツブツ言いながら歩いてるから逆に気持ち悪いくらいですよ」

「あー、すまん・・・実はさっきA組で相当悪者扱いされていた二股の先輩のことをちょっと思い出して、ハハ、ハハ」

「あー、あれですね。わたしはその場にいなかったけど、一人はうちのクラスの子だったから、後で教室で泣いていてみんなで慰めるのが大変だったんですよー」

「へえ」

「その場にいた子の話だと、2年A組では相当頭に血が上ってたらしくて普段のあの子からは考えられないような罵詈雑言だったみたいけど、本当は結構大人しい子だから、内心は相当ショックだったんでしょうね」

「そうかもな」

「まあ、あの先輩は卒業するまでは校内の女の子に声を掛けるのは出来ないでしょうね。何しろうちのクラスどころか1年生の女子全員にメールとLINEでブラックリスト者としてあっという間に伝わっちゃいましたから、多分2年生や3年生も同じようになってると思いますよ」

「うわっ、それは本当かよ!?」

「本当ですよ。何ならそのメールを見せてもいいですよ」

「いや、やめておくよ・・・それにしても女子のネットワークは凄まじい物があるな」

「そうですよ。いい噂はともかく、悪い噂は瞬時にメールやLINEで拡散するから、取り消すのは不可能に近いですよ。それに、こういう話は男子より女子の方が興味ありますからねえ」

「俺もこうやって舞と歩いていると、よからぬ噂を立てられそうで怖いな」

「あー、それは大丈夫ですよ。拓真先輩は少なくとも1年B組の女子の間では『校内一の鈍感男』で通ってますからね。男子からも『無害な人』で通ってますから、わたしと一緒に歩いたくらいで噂が広まる事はないですよ」

「それはある意味、悲しいぞ。俺の立場も考えてくれよお」

「それとも、浮いてるところを校内で見せびらかせますか?でも、わたしはともかく1年生の女子に大金を積んでも絶対に手を繋いだり腕を組んで歩いたりする事はしてくれないですよ。何しろ藍先輩に喧嘩を売れる人は1年生にはいませんからね。3年生でも藍先輩に喧嘩を売れる人は藤本先輩くらいだと思いますよ」

「結局は、無害の鈍感男っていう評価は覆せないという事か・・・」

「そんなに落ち込まないでくださいよお。それにもう講堂に着きますから、シャキッとして下さい!」

「はいはい、気を付けます」

 やれやれ、改めて面と向かって言われると結構グサッとくるセリフだよなあ。それにしても『校内一の鈍感男』『無害の人』とは・・・ある意味、俺が藍と唯の隣にいても誰も違和感を感じないのは救いだけど、トキコーの連中も鈍感どころか修羅場の一歩手前まで追い込まれている事を知ったらどうなるんだろう・・・。


“ツンツン”

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