第178話 マジで勘弁して欲しいぞ その6

 あれ?誰かが俺の背中を突いてる。舞か?いや、舞は俺の左にいるから絶対に無理だ。となるとイタズラか?

 俺は何気に後ろを振り向いた。だが、その瞬間、腰を抜かしそうになった!


「やっほー💛」

「!!!!!」


 後ろにいたのは姉貴だ。しかもニコニコしながら右手を振っている。どうやら俺が歩いているのに気付いてちょっかいを出してきたに違いない。

「たくまー、どこ行くのー?💛」

「『どこ行くのー?』とか言われても、この天気ならこの先にある講堂しか考えれれないだろー」

「ふーん、ウチは彼女とラブラブデートタイムかと思ってたよー💛」

 そう言うと姉貴は俺と舞を交互に見て「ふーん、結構可愛い子ね💛」とか言ってるし、舞は舞で顔を真っ赤にしてアタフタしていて、普段の冷静沈着で『女シャーロックホームズ』の面影もなく慌てている。

 おいおい、さっき以上に甘ったるい声を出してるけど、藍でもこんな声を出さないぞ。いや、もしかしたら藍のやつ、こういう超がつく甘ったるい声をだせるのかもしれないけど、『A組の女王様』がこんな甘ったるい声を出したら女王様の威厳もクソもなくなって雰囲気丸つぶれだぞ。でも、『エリ様』もこうやって雄介さんを落としたのかなあ。

 俺をため息をつきながら

「あねきー、それはないだろ?揶揄わないでくれよー」

「まあ、さっきのは冗談よお💛」

「た、拓真先輩・・・『あねきー』って事は、この人は?」

「俺の姉貴だ」

「あ、お姉さんですか?わたしは1年B組の佐藤舞といいます」

「あらー、あなたも佐藤さんなの?💛」

「あー、はい。拓真先輩と同じ厚別西中学出身です」

「あらまあ、じゃあ、ウチの後輩でもあるわね。拓真の姉の石田絵里でーす💛」

 そう言って今度は左手を振った。薬指の結婚指輪を見せびらかせながら振ったので舞にも分かったはずだ。

「ところで父さんと母さんは?」

「ん?父さんと母さんは別行動だからどこに行ってるかは分からないわよー💛」

「ふーん、じゃあ、姉貴はどこ行くつもりだったんだ?」

「うーん、適当にブラブラしてたら拓真が女の子と並んで歩いてたから後ろをつけていただけだよー💛」

「勘弁してくれよー。まるでストーカーじゃあないか」

「まあまあ、どうせウチだってもう少ししたら帰るつもりだったんだからさあ。何ならウチも一緒に講堂へ行ってもいい?💛」

「俺は別にいいけど、舞はどうなんだ?」

「あー、わたしは別に構いませんよ。別にデートじゃあないですからお姉さんがいても構いませんよ」

「あらー、たくまー、あんたもこーんな可愛い子に否定されちゃったら身もふたもないわねえ💛」

「はいはい、どうせ俺は無害な人ですよーだ」

「たくまー、その無害な人ってなーに?💛」

「あー、それはですねえ」

 そう言うと舞は姉貴に面白可笑しく俺の学校での評判を伝えたから、俺は本当に穴があったら入りたい気分だった。当然だが舞も鈍感男の説明の時には藍と唯の事を出さずに上手く説明しているが、こういう所で気を使うくらいなら最初から話さないでくれよお。姉貴も姉貴ですっかり舞と打ち解けて俺の間抜けぶりを話してるし、勘弁して欲しいぞ!ったくー。


 俺たち3人が講堂に行ったら丁度演劇部の公演が終わった直後だった。

 予定では演劇部が使った舞台セットの片づけや軽音楽同好会の楽器の運び入れなどで10分ほど時間が空く。去年までだったら演劇部の公演が終わると観客の数が急に減ってしまうのだが・・・今年は逆に人数がどんどん増えている。

 俺と姉貴、それと舞は入り口付近の後方の空いている長椅子に俺、姉貴、舞の順番に座ったが、前の方はほとんど取り合いに近い状態だ。それに先生方も大勢きているし、何故か前方右側の貴賓席にはクラーク博士や校長先生、教頭先生やPTAのお偉いさん方の姿も確認できる。

「それにしても凄い人ねえ。これから演劇部以上に盛り上がるイベントがあるの?💛」

「あー、多分今年限定の騒ぎだと思うけど、軽音楽同好会のライブがあるのさ」

「ん?アニメ人気の便乗?💛」

「いんや、違う。5月まではライブをやっても閑古鳥どころか無観客ライブというくらいのバンドだったけど、今年の教育実習生の実習期間中に色々とあって急に話題を集めるようになって、しかも顧問の山口先生がゲスト出演するっていうからみんな集まってるのさ」

「山口先生って、拓真のクラスの担任よねえ。さっき見たわよ💛」

「そうだよ。去年から軽音楽同好会の顧問をやってるよ」

「山口先生かあ。ウチが3年生の時にたしか旭川時計台高校から異動で札幌時計台高校に来て、ウチの3年の時の国語が山口先生だったわよ💛」

「あれ?という事はお姉さんはトキコーのOGなんですか?」

「そうよー💛」

「じゃあ、姉貴も山口先生の授業を受けたんだ」

「その通りよー。あー、そういえば山口先生で思い出したけどー、その年の『ミス・トキコー』は投票率が9割を超えたんだけど、実際には3分の1以上が「山口久仁子」って書かれてた無効票だったからねえ。だから上位票が結構僅差だったのよー💛」

「そんな事があったんだあ」

「さすがのウチも山口先生のスタイルにだけは絶対に敵わないって思ってたからねえ。でも、今でも山口姓って事はまだ独身なの?💛」

「ああ。でも毎年のように山口先生と付き合いたいって言って説教を受ける生徒は数えきれないみたいだし、それに独身の男の先生もほぼ全員が狙ってるみたいだけど、未だに浮いた話が出ないんだよなあ」

「あー、それはウチの時も同じだよ。独身の先生だけでなくウチのクラスの男子全員が山口先生にコクッたけど全員説教されたって女子の間で噂話になって、ウチ以上の女王様じゃあないかって言われてたからねえ💛」

「へえ、それは初耳」

「まあ、今となっては笑い話の一つだけどねー💛」

 その時、講堂の入り口付近が急に騒がしくなってきた。みんな一斉に入り口付近に殺到したから姉貴も気付いたようで

「あれ?何か急に騒がしくなったみたいだけど?💛」

「あー、多分さっき話した今年の教育実習生が来たんだ。ほとんどアイドル扱いだからどこに行っても歓声が上がるぞ」

「そう言えばウチがあんたのクラスを出た時に物凄い数の生徒に揉みくちゃにされている子がいたけど、あれがそうだったんだあ💛」

「そうだよ」

「ふーん、実習生って事は大学生かあ。いいわねえ、若いって事は💛」

「あねきー、そんな事を言ってると本当に老けちゃうぞ」

「たくまー、たまにはいい事を言ってくれるわねえ。まあ、ウチも気にしないでおくわね💛」

「そうしてくれ」

 やがて本当に歓声が上がった。高崎さんが来たはずだけど、背が低いから俺からは見えない。何しろ周りを男子も女子も関係なく取り囲んでるし、写真を撮りまくってる連中とかもいて、アイドル並みに握手攻めされているのがここからでも分かる。

 でも、俺たちが座っている長椅子のところに来たら何故か高崎さんが俺の隣に座った。だから俺たちの椅子周辺はガラガラだったにも関わらず、争うようにしてみんな一斉に座りだした。

「えー!小学生!?💛」

「あー、それはひどいですー。わたしはこう見えても大学4年生ですよお」

「あー、ゴメンナサイ。たしかに小学生とは思えないくらいの巨乳・・・こればかりはウチもどうしてようもないわね。あの山口先生も顔負けのロリ巨乳?💛」

「拓真君、この人は?」

「姉貴ですけど、それより高崎先生、一体どうしたんですか?」

「あー、丁度拓真君の隣が1つ空いてるのに気付いて座ったんですよー。何しろ『私の横に座って下さい』とか『僕の横に座って下さい』ってみんなに言われて、わたしもどうしようかと迷ってたから、拓真君の横なら安全かなあって思っただけですよー」

「あらー、たくまー、ここでも無害の人?💛」

「俺はセーフティガードじゃあないですよ。これでも男ですよ」

「でも、拓真先輩の無害の人っていう評価は殆ど校内では公認されてますからねえ。その証拠に高崎先生が座った途端に全員が大人しく他の席に座りましたよ。拓真先輩の隣なら高崎先生が座っても問題ないって判断したって事ですよね。他の人の隣だったら大騒ぎでしょうけど、それが起きないって事は無害だっていう証拠じゃあないですか?」

「そんなあ・・・とほほ」

 マジで勘弁して欲しいぞ!

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