第171話 みなさん、少しは周りの迷惑を考えなさい!

 俺たちが座ってる長椅子は本来は三人掛けだ。普段の昼休みは仲睦ましいカップルが手作りのお弁当を片手に愛を語らう場所として使われている物だ。俺を巡って藍と舞はライバル関係にある。その三人が一緒の長椅子に座るというのは考えようによってはミニ修羅場だ。藍は先輩の特権で俺の横に座り舞を遠ざけているが、舞としてみれば後から来た藍に俺を持っていかれた形になったけど、そこは仕方ないとでも思ったのか大人しく従っている。

 でも、俺たちの2つ左の長椅子で言い争いが始まった。ようするに3年生同士のカップル2組が1つの長椅子を巡って「4人で座るのは無理だから、お前が後ろに立て」と口論を始めた。さらにそこへ高崎さんが来たから、周囲が「高崎先生、俺の隣が空いてますよ」「私の隣が空いてますよ」「いいえ、ここが空いてますよ」などと言い出し、高崎さんの取り合い(?)まで始まり、ますます混乱がひどくなってきた。こうなると藍は風紀委員で巡回中という立場上、言い争いの仲裁をするしかなくなった。

「みなさん、少しは周りの迷惑を考えなさい!」

 風紀委員の腕章をした藍が立ち上がって一喝したから、2組のカップルだけでなく高崎さんの取り合い(?)をしていた連中まで一斉に黙ってしまった。

「はーーー・・・あなた方には優雅にテニスを観戦するという気がないのですか?ったくー」

 そう言うと藍は高崎さんを引っ張ってきて俺たちの長椅子へ無理矢理座らせた。さらに場所取りの言い争いをしていた4人の先輩に対し「少し詰めて4人で座りなさい!」とビシッと言い、これも黙らせた。その周りにいた連中にも「大勢くるんだから、2人、3人で観戦するなどは認めません!どの長椅子にも4人で座りなさい!!」と、女王様を彷彿させる命令口調で言ったから、全員が渋々だが間を詰めて4人で座る事になった。さすが風紀委員会最強の女王様コンビの片割れだ。もう一人の女王様がいなくても恐ろしさ(?)は変わらないようだ。

 結局、俺たちの長椅子は、高崎さん、俺、藍、舞の順で座る事になり、とりあえずは一見落着となった。

 今日の主賓(?)である理事長のクラーク博士と校長先生は俺たちとはコートを挟んだ反対側、主審の後ろ側にあたる部分に用意されたちょっと豪華な椅子に座っている。俺たちから遅れること数分でコートに来た藤本先輩、そこから少し遅れて到着した相沢先輩も、何故か伊達先生の指示でクラーク博士と校長先生の横の特別席(?)に座るように言われたので、二人を挟むようにしてメイドさんが座っているような形となり、クラーク博士も校長先生も御満悦みたいだ。

 でも、試合開始が早まった上にクラーク博士たちがテニスコートに来てしまったので、理事やPTAの方々との懇談会をやる予定が急きょ変更されてしまい空き時間となった唯がテニスコートに来た事で、今度は唯の取り合い(?)が始まった。藍が立ち上がろうとしたが、その前に藤本先輩が立ち上がって風紀委員長の強権を発動した。椅子を無理矢理移動させてスペースを作っただけでなく、ボールボーイ役のテニス部員の椅子を1つ取り上げ、しかも自分の横に置いたことで、相沢先輩、クラーク博士、校長先生、藤本先輩、唯の順番で座る事になり、一度はその順番で座った。だが、校長先生が藤本先輩と唯に何か話し掛けたかと思ったら、三人が立ち上がって椅子の場所を変えた。つまり相沢先輩、クラーク博士、唯、校長先生、藤本先輩の並びになり、校長先生もクラーク博士も両サイドを美少女メイドに挟まれての観戦となった。俺の目には二人とも超がつく程のご機嫌になったように見えるんだけど、気のせいじゃあないよなあ!?

 既に松岡先生も伊達先生もテニスウェアに着替えコート上でストレッチをしているけど、松岡先生は見た目に反してかなり筋肉隆々で、腹筋も相当ありそうだ。伊達先生は噂に違わず山口先生にも匹敵するような抜群のプロポーションをしていて男子からの注目を集めているが、無駄な肉がついているとは思えず、しかもその目は鋭く、まるで鷹が獲物を狙うかのようだ。

 当然だが伊達先生を応援する声が大半で、松岡先生を応援する声はほとんど聞かれない。

 やがて時間となり、男子テニス部の部長である3年F組の綿織先輩が大声で観客に呼びかけた。

「みなさーん、今日は松岡先生と伊達先生のエキシビジョンマッチに集まって頂き、有難うございまーす。今日のルールを簡単に説明します。普通のシングルの試合のルールで対戦すると伊達先生が圧倒的に不利なので、ハンデとして伊達先生のサーブは2回ですが松岡先生は1回のみとします。また、伊達先生のコートはシングルの広さとしますが、松岡先生のコートはダブルスの広さとします。なお、今日の線審は3年A組とG組以外のテニス部員にやってもらうので、私情を挟む事はいたしません。それと、ここにはビデオ判定の機械がないので主審である僕と副審である女子テニス部の部長3年F組杉山さんの判定に異議を申し立てない事で合意しています。勝負は2セット先取した方を勝ちとします。以上ですが、松岡先生と伊達先生、問題はありませんか?」

「私の方は異議はないですよ。松岡先生の方は?」

「こっちも異議なしだ」

「望むところです。3年G組担任伊達君子、女子テニス部顧問として男子テニス部顧問の松岡先生に負ける訳にはいきません!」

「こっちも同じだ。この松岡修二、もし伊達先生に負けたら坊主頭にする!」

 この発言に周囲の観客から歓声が上がった。当然だが伊達先生にも「だてせんせー、先生も負けたら何かやってくださいよー」「松岡先生だけの賭けでは面白くないですよー」とかの声が上がったから、伊達先生も調子に乗って

「それじゃあ、もし私が松岡先生に負けたら、あそこにいる藤本さんが着ているメイド服で1日授業をやります!」

「「「「「ウォーーーーー!!!!!」」」」」

 伊達先生が「メイド服で授業する」と言った途端に何故か大歓声が上がり、男子のほぼ全員と女子の半分くらいが一斉に松岡先生の応援を始めた。しかも、松岡先生も調子にのって両手を上にあげながら「お前たちのためにも俺は頑張るぞー!!」と言ってやんややんやの歓声を浴びていた。お前ら、さっきまで伊達先生の応援をしてたんじゃあないのかよ!?

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