第167話 サプライズ企画

 今の俺は雑用係だが出だしは順調でトラブルは発生していないし、占い待ちもない状態だから暇を持て余している。

 でも、この平和な時間もあと数分で終わるはずだ。そう、間もなく藍が登場するからだ。俺も教室内にいながら廊下をチラチラみてるが、わざと教室に入らず藍の登場を待っていると見られる連中が列をなしているのが分かる。こいつらは藍が来た瞬間に積み木を受け取る気だ。

 でも、中には藍に占ってもらう一番手になろうと、交代のタイミング前に占星術コーナーに並んで勝負をしてきた奴もいた。宮野は朝の屈辱を晴らすべく勝負をかけた一人であるし、鈴村は意識して廊下の列の先頭に、いや、正しくはトキコー祭が始まった直後から2年A組前の廊下で「俺が藍さん待ちの列の先頭だ」と言って整理係をやっている始末だ。

「あいつらも暇だねー」

 そう小声で言ってるのは泰介だ。泰介はこの時間はフリーなのだが、歩美ちゃんが講堂で裏方をやっている関係で暇を持て余している状況なのだ。

「そういう泰介も暇なんだろ?」

「まあ、それは事実だけど一人で見て回るのも寂しいからなあ。だからここで藍さんの登場を待つ事にしただけだ」

「本当は藍をこの位置から見たいだけだろー」

「それは拓真の方だろ?この場所は特等席と言ってもいい場所だぞ。お前にだけ独占させるのは勿体ない」

「勝手に言ってろ」

「でも、宮野もご苦労なこったな」

「ああ、俺もある意味宮野には同情するけどなあ」

「でも、あいつも運が無いよな」

「ホントだな」

 そんな話を俺と泰介がしているうちに廊下が騒がしくなってきた。やがて歓声が上がったかと思うと、水色を基調とした花柄の浴衣と赤色の帯を巻いて艶やかな髪飾りを付けた女の子が入ってきた。そう、藍が浴衣を着ての登場だ。

 ただ、正確には藍の浴衣ではなく亡くなった藍の実母である和美おばさんの物であるが、年月を経ても色褪せてない上質な物であり、和美おばさんが大切にしていたのも頷ける。藍自身は浴衣の着付けが出来ないので茶道部所属の早見さんと悠木さんが藍の着付けを手伝ったのだが、早見さんたちはそのまま茶道部のイベントに向かっている。

 当然だが藍がA組に入ってきた直後に鈴村が動き出した。けど、あいつの前には宮野がいる。宮野は占い待ちの先頭だ。つまり、宮野は賭けに勝ったのであり、鈴村は宮野の後塵を拝した形となった。宮野は当然だが歓喜の笑みをして、鈴村は「まあ、仕方ないかあ」といったような表情をして、ほぼ室内にいる全員がスマホで藍を撮っている。

 そのまま藍は占星術を担当している藤井さんと交代・・・ではなくタロットカード担当の坂本さんと交代し、占星術の席には藍と一緒に入ってきた水樹さんが座った。その瞬間、宮野や鈴村だけでなく教室にいた全ての連中が

「「「「「「えーーーー!!!!」」」」」」

と一斉に声を上げた。驚きと落胆の両方が混じった悲鳴だ。

 でも、この変更を知ってるのは表裏実行委員の俺と唯、言い出した張本人の泰介、現在占いを担当している藤井さん、坂本さん、大久保さん、それと予定表では坂本さんと変わるはずだった水樹さん、今の受付担当の種田さん、山口先生の9人だけだ。まさにサプライズ企画だったのだ。

 一度受け取った積み木を返すのはマナー違反だ。だからまだ積み木を受け取ってなかった連中は争うようにして30円を種田さんに払ってから赤色の積み木を受け取って中に入ってきた。当然だが黄色の積み木を持った連中は「や、やられた」といった表情をしている。

 しかも藍の登場に合わせて占星術のパソコンを操作する担当は内山に変わる筈だったのだが、内山も知らされてなくて顔が引き攣っている。内山の場合、藍とコンビを組みたくてわざわざ担当を変えてもらったくらいの入れ込みようだったのだが、タロットの操作方法は練習してないから交換したくても出来ない。だから高木と交代した中村に『ふざけるんじゃあないぞ』といった感じの顔をして視線を送っていたが、山口先生がニヤニヤして後ろで控えているから諦めて占星術のパソコンの席に座った。何しろ山口先生は今朝のショートホームルームで「今日は一部の人しか知らないサプライズ企画があるから、それに文句を言うなよー。文句を言う奴は後でお仕置きだあ」と全員にわざわざ念押ししていたのだから、内山も文句を言いたくても言えないのだ。逆に中村は『いやー、すまないねえ』という視線を内山に送っていた。

 当然だが、藍も水樹さんも昨日の午後に予定表通りの台本を受け取っていたのだが、昨日の前夜祭が終わった後に生徒会室で台本を交換して、本当にやる占いの練習を自宅でしてきたのだから台本通りに占いがやれている。二人ともいい役者になれるぞ。

 ん?という事は先日の『人生いろいろゲーム』で・・・まあ、過ぎた話だ。もうどうでもいいや。

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