第159話 エリ様

「・・・それにしても、唯ちゃんが去年の『ミス・トキコー』で藍ちゃんが『準ミス・トキコー』かあ。拓真も可愛い女の子三人に囲まれてウハウハじゃあないの?」

「勘弁してくれよお。藍と唯はともかく、姉貴はオバサンだろ?」

 この一言で姉貴の顔がガラリと変わった。

 俺が『オバサン』呼ばわりした事で姉貴の逆鱗に触れてしまった。この瞬間、俺は「しまった!」と思ったが、既に後の祭りだ。

「失礼ね!あんただって翼君から見たら叔父さんさんでしょ?オジサンにオバサン呼ばわれる筋合いはないわよ」

「俺は現役高校生だぞ。オジサン呼ばわりされても困るんだけどー」

「その高校生が昔は『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と言って、金魚の糞のようにウチに付きまとっていたんだから、年月が過ぎるのは早いわよねえ」

「頼むからその話はやめてくれ。さすがに俺も恥ずかしいぞ」

「そう?あんたのオムツを替えてやったのを昨日の事みたいに覚えてるから、そんな子が今では高校生になってるって事が信じられないんだよねえ」

「どうせ俺はガキですよーだ」

「拓真!拗ねるんじゃあないの!!」

「はいはい、すみませんでした」

「『はい』は1回にしなさい!」

「はい、すみませんでした!」

「分かればよろしい」

 そういうと姉貴はニコッとしたけど、藍と唯は二人で顔を見合わせながら「ククッ」と忍び笑いをしている。

 そう、何を隠そう、姉貴のトキコー時代のあだ名は『エリ様』。藤本先輩も藍も真っ青なくらいの女王様だったのだ。

『トキコーの女王様』藤本先輩には『白雪姫』相沢先輩、『A組の女王様』藍には『A組の姫様』唯という対照的な美少女ライバルが同じ学年・同じクラスにいる関係で人気を二分しているが、姉貴の場合は1強状態だったから取り巻きの連中が姉貴を神のように崇拝していて常に数人が姉貴の後ろに控えている状態だった。ただ、姉貴は特進コースのA組ではなく普通科だった。

 女王様と言っても問題児ではなく典型的な優等生だ。でも、『ブシドー新渡戸』が動き出す前に、風紀委員会が動き出すよりも前に、姉貴自身の基準で「あれはよろしくない」と思ったら勝手に生徒指導を行うという、ある意味、生徒指導担当よりも、風紀委員会よりも恐ろしい存在、それが『エリ様』だったのだ

 しかも、その殺し文句が「ウチの言う事を聞かない奴は新渡戸先生よりも恐ろしい仕打ちを受ける事になるぞ」だったらしく、中には実際に姉貴にサディスティックに責められ、1日で性格が変わってしまった人もいたようだ。

 俺自身は姉貴の言動が結構Sだとは以前から感じてたのは事実だが、その姉貴が高校生の時に『エリ様』と呼ばれていた事は全然知らなかったし、姉貴の逸話も当然知らなかったが、教頭先生と榎本先生が教えてくれた。どちらか片方だけが言ったなら信じなかったかもしれないが、二人が別々の場所で同じような事を言ってたから信じてもいいだろう。

 ただ、姉貴の名誉の為に言っておくけど「そういえばこんな事があったなあ」と笑いながら俺に話してくれたから、決して悪い意味で教頭先生や榎本先生の記憶に残っていた訳ではない。

 蛇足になるが、兄貴は私立清風山せいふうざん高校へ進学した。わざわざ推薦入学、しかもトキコーの特待生を蹴って別の高校へ進学した理由を俺は当時は知らなかったが、2年前の秋、俺が中学3年の時にどの高校を受験するのか最終的に決める直前くらいに教えてくれた。兄貴が言うには、小学生・中学生の時は周りから「佐藤絵里の弟」と言われるのが結構ストレスになってたようで、同じ高校に進学して再び同じ事を言われるのが嫌だからトキコーと並び称される名門の清風山高校を選んだと言っていた。でも、別の高校に進学した事でストレスから解放されて、結構羽根を伸ばせたとも言っていた。それくらいに姉貴のオーラは凄まじかったのだ。

 藍と唯は姉貴を怖がっている訳でもなく、結構楽しそうに話し込んでいて早速スマホを取り出してアドレスを交換していた。しかも姉貴は「拓真がおかしな真似をしたらウチに言って来な。ウチがビシッと言ったら拓真もシュンとなるから大丈夫だ」とか言ってるから藍も唯も「そうなった時にはすぐに連絡します」とか言ってるし、勘弁して欲しいぞ、ったくー。

 ただ、さすがにもう結構遅い。あまり長話をしていると明日に影響するから、俺はさっさと夕食を済ませた後はシャワーをして、早々と部屋に戻った。

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