第139話 昨夜

「唯の事?」

「立ってるのも何だから、コーヒーでも飲みながら座って話しましょう」

「・・・分かった」

 俺は藍に言われるままコーヒーを作った。でも、今日に限っては牛乳を入れる気になれず、ブラックのまま藍と向かい合う形で座った。

 藍は俺の方を向く事はなくコーヒーを片手にテレビの方を見ながら喋りだした。


「・・・拓真君・・・唯さん、多分嘘をついてるわ」


 俺は内心ドキッとしたが、それを顔に出すのはマズいと思い、あえて平静を装った上でいつも通りの口調で答えた。

「・・・どうしてそう思うんだ?」

「・・・昨夜、一度も引き戸を開けなかったわ」

「開けなかった?」

「でも、泣いてた・・・」

「・・・・・」

「・・・いつもなら寝る直前に引き戸を軽くノックしてから1枚開けるのに、昨日に限っては開けることなく電気を消したのよ。だから私は最初『あれっ?』と思ったんだけど、10分もしないうちに大泣きし始めたのよ」

「・・・・・」

「・・・その後、もう1回電気をつけて、それでもしばらく泣いてたから私の方からノックしたんだけど、唯さんが『開けないで』って言ったから、私も躊躇して結局開けなかったわ。しばらくしたら落ち着いたみたいだけど、結局、部屋の電気はずっとつけっぱなしだったわ。午前3時半くらいだと思ったけど、カーテンを開ける音がして、その直後に電気を消す音がしたのよ」

「・・・・・」

「・・・あくまで私の想像だけど、電気を消すのが怖くてずっと起きていたけど、外が明るくなったことでカーテンを開けて、それでようやく電気を消せるようなったから寝たと思うのよ。その証拠に、今になっても起きてこないでしょ?いつもなら私よりも早く起きる子なのに・・・」

「・・・そんな事があったのか・・・」

「・・・唯さんとしては本当は引き戸を開けたかったけど、昨日、私と喧嘩になったでしょ?だから開けにくかったと思うのよ。恐らく自分では大丈夫だと思っていたけど、結局耐えきれなくて泣き出したと思うわ。それにしても、あんな大泣きをするなんて思わなかったから、こっちが逆にビビったくらいよ。以前、夜に一人で泣いてた事があったけど、その時だってシクシクという感じだったから、昨夜のような泣き方はちょっと異常よ。だから、唯さんは何かを隠してるんじゃあないかって心配になったのよ」

「・・・たしかに・・・」

「拓真君、何でもいいから心当たりがあったら教えて!お願い!!」

「そ、それは・・・」

 やはり藍も気付いたのか・・・唯が『ミス・トキコー』を辞退した理由が嘘だという事に・・・でも、唯が昨夜俺に話していた事をこの場で藍に話す訳にはいかない。話したとしても、それは1週間後に病院へ行って本当に唯が妊娠していると判明した後だ。それまでは俺も普段通りに振舞う必要がある。これは唯との約束でもあるから。

「・・・す、すまん・・・本当に心当たりがないんだ。唯が本当の事を言ってない可能性もあるが、少なくとも俺は藍が満足いくような回答を持ち合わせてないんだ」

「まあ、知らない事を問い詰めても意味ないわね。ごめんなさい」

「いや、いいんだ」

「それより・・・拓真君は今日はどうするの?いつも通り小野君のところへ行くの?」

「いや、今日は唯に付き添うつもりだ」

「そう、それなら今日は拓真君に唯さんを任せるわ」

「ああ」

「もし拓真君が行かないのなら私が一緒に行くつもりだったけど、拓真君が行くなら私は大人しくあなたたちが帰ってくるのを待ってる事にするわ。その代わり、さりげなく唯さんから真の理由を聞き出して欲しいのよ。もちろん、さりげなく聞いてね。でないと、逆に唯さんの態度を硬化させてしまうかもしれないから」

「わかった。やってみるよ」

「まあ、私が拓真君と唯さんのイチャラブに目を瞑るのも今日が最後よ。右手のギブスが取れたら、私としても大目に見るつもりはないから拓真君もそのつもりでいてね」

「それも分かった。俺としても藍の血走った目を見せられるのは心臓に良くないからな」

「分かってるなら、あんまり唯さんとイチャイチャしない事ね」

「はいはい、気を付けますよ」


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