第132話 理由が分からない・・・

 今日の会議室内は非常に重苦しい空気が支配していた。

 既に唯が『ミス・トキコー』にエントリーしないという話が校内を駆け巡っている。相沢先輩と藤本先輩の間に座っている唯は無理して笑顔を作っているとしか思えず、それが逆に痛々しい。相沢先輩も藤本先輩も腫れ物に触るかのような感じで明らかに唯に遠慮している。

 藍は藤本先輩の隣にいるが、こちらは普段通りに振る舞っていて、まさに女王様の貫禄を見せている。今日に限っては藤本先輩の方がソワソワしているので、誰の目にも藍の方が女王様らしく見える。

 周囲の実行委員は俺の所に「どうしてエントリーしないんだ?」とか「誰かから嫌がらせがあってヤル気を失くしたのか?」とか聞いてくるが、俺は本当にその理由が分からないから「いや、俺も何も分からないぞ」としか答えられない。既に5回以上、同じ事を聞かれ同じ返事をしている。

 舞もオブザーバーとして今は本岡先輩の横に座っているが、当然舞の耳にも入っていたようで会議室に入ってくるなり俺に小声で「拓真先輩、唯先輩がエントリーしないって話は本当ですか?何かあったのですか?」と聞いてきたが、俺は「唯がエントリーしないのは事実だが、その理由までは俺は知らないぞ」としか答えられなかった。

 相沢先輩や藤本先輩が腫れ物に触るかのように唯に遠慮している理由はそこにある。何故唯がエントリーしないのか、誰も理由を知らないからだ。ほとんど全員が今でも信じられないといった表情をしている。

 俺の周りでも『おかしい』『絶対に何か理由があって辞退せざるを得なくなったたとしか思えない』『ああ。佐藤唯さんが自分から出場を取りやめるなんて考えられないよ』『裏で圧力をかけた奴がいる筈だ』『が絶対怪しいよな』『多分●●じゃあないか。以前風紀委員会から指導されてるぜ』『いや、▲▲だろ?植村先生に直接呼び出されて相当言われたらしいぞ』などとヒソヒソ話をしているくらいだ。

 藤本先輩は肩身が狭い。風紀委員長として過去には「唯の出場資格をはく奪すべし」という過激な意見を抑え込んでいるのは俺も知ってるし、実行委員の連中も第1回目の会議で全員が聞いてるから、もし藤本先輩が知らない場所で唯に対して何らかの不当な圧力や嫌がらせがあったとしたら、藤本先輩の失態と受け取られても仕方ない。特に「藤本さんファンクラブ」の末端の連中が暴走して引き起こしたとしたら、仮にミス・トキコーの座についたとしても非常に居心地がよくないし、下手をしたら非難の的になるのは目に見えている。それは相沢先輩も同じだ。

 恐らく生徒指導担当の植村先生と風紀委員会顧問の斎藤先生、通称「校内2きょう」も動き出しているはずだ。過去にこの件で風紀委員会に指導された生徒は元々マークされていたから、既に事情聴取を受けた可能性もある。

 ただ、まだ開始まで3分ほどあるが鈴村は来てない。恐らく藍派の今後の方針を会長の内山や同じく副会長と言われるB組の宮野たちと確認しているから遅れているのだろう。実行委員ではないが「藤本さんファンクラブ」会長の奥村先輩も「相沢さんファンクラブ」会長の世良先輩も、今頃は大慌てで対応を協議しているだろう。もっとも、奥村先輩も世良先輩も、仮に唯に不当な圧力をかけた連中が自派にいたとしたら非難されるのは目に見えているから、そっちの方も気になっている筈だ。

 時間ギリギリになって鈴村が、2分の遅刻で黒田先生が印刷物を持って会議室に入ってきた事で唯が開会を宣言して今日の実行委員会が始まったが、やはり重苦しい雰囲気の中で始まった。

 一番最初に前回会議で持ち越しになった点の回答と各委員からの再質問があり、それが終わった後に黒田先生が1枚のA4の用紙を配布した。

「・・・えー、既にみんな知ってると思うが、昨年の優勝者である佐藤唯さんは今年は『ミス・トキコー』に出場しません。そのため、資料を作り直していたので遅くなりました。規定により唯さんは実行委員長として『ミス・トキコー』の司会を担当する事になります。唯さんは特定の誰かの応援に回る事がないよう、お願いしたい」

「あー、はい、分かりましたー」

「それと・・・先ほど教頭先生が全ての先生方に指示を出し、露骨な選挙活動、特に上級生による下級生へのパワハラ紛いの投票強要に対しては厳しく指導するように伝えている。実行委員のみんなも、そのような現場を見たり噂を聞いたりしたらクラスの風紀委員や担任に連絡して欲しい。特に風紀委員長の藤本さんは板挟みの状態になって辛い立場かもしれないが、断固たる態度で臨んで欲しい」

「・・・分かっています。風紀委員長として厳正に対処します」

「わたしも真姫同様、違反があった場合は厳正に対処します」

「私も風紀委員として違反があった場合は厳正に対処します」

 藤本先輩も相沢先輩も、それに藍も生徒会役員であるから非常にやりにくい立場ではあると思うが、それでも自派の不正行為が投票に影響したとあれば仮にミス・トキコーになっても非難されるのは目に見えている。幹部クラスの手綱は引き締めつつ、末端にも気を配らねばならないから相当神経を使うはずだ。

 黒田先生が配布した紙には、今年のミス・トキコーのエントリー者及び推薦人が書かれていた。

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