第131話 自然な笑み・ぎこちない笑み

「・・・分かりました」

 藍はそれを言うと普段のクールな笑みを見せ、後ろを振り返ったかと思うと

「内山君!それと中村君!」

 いきなり名前を言われた内山と中村はびっくりしてキョトンとなってしまったが、藍はそれを気にする事なく

「後は任せたわよ」

 そう言ったかと思うと藍はニコッと微笑み、自分は鞄を持って教室を出て行ってしまった。そう、その顔は女王様を思わせるクールな顔ではなく、だ。

 藍は俺にしか見せた事のない自然な笑みを教室で初めて見せた。それだけで教室が騒然となった。だが、内山と中村は藍が言いたかった事を理解したみたいだし、それと神谷も同じく理解したようだ。俺も藍の言いたかった事が分かった。

 中村と内山はアイコンタクトを取ったかと思うと二人共頷きあって、互いの手をがっちりと握り合った。そう、去年は決裂した藍派と唯派の共闘が実現したのだ。

 そのまま中村と神谷は走って教室を出て行った。恐らく、他のクラスの唯派に連絡する為だ。平野さんや堀江さんも、藍の言いたかった事に気付いてメールを打ち始めた。当然ではあるが唯の推薦人である泰介と歩美ちゃんは困惑した顔で互いを見合っていたが、泰介は「本人が出ないというなら仕方ないかあ。たくまー、後は任せたぞ」とサバサバした表情で俺に言ってきた。

 内山はスマホを取り出したかと思ったら電話を始めた。「・・・鈴村、落ち着いて聞いてくれ、実は・・・」どうやら連絡しているのは藍派副会長と言われる鈴村だ。恐らく今後の方針について話し合うためだろう。

 つまり、2年生の候補の一本化により、藍派は自派の組織固め、唯派は藍を2年生の統一候補として応援するよう組織内の意思確認を始めたのだ。藍が自分からそれを言うのは事前運動禁止のルール違反になるからあえて言わなかったのだが、藍派会長の内山だけでなく唯派会長の中村にも声を掛けたのだから「私の応援をしなさい」と間接的に言ったにも等しい。

 しかも、藍の自然な笑みは唯を彷彿させる・・・いや、藍の自然な笑みは普段の女王様のようなクールな笑みとのギャップが「萌え」として、唯派の連中が雪崩を打つように藍になびくかもしれない。極端な話だが、唯派は存続そのものの危機ともいえる。

 舞は既に佐藤三姉妹の末っ子として藍と唯を応援する意思を表明しているから、唯が辞退した事で藍の応援に回るのは確実だ。舞を支持していた人は主に3年生だが1年生にも多い。3年生は元々が相沢先輩や藤本先輩を支持していた人だから舞の存在自体が相沢先輩と藤本先輩の支持勢力の切り崩しになっている。これで間違いなく藍は相沢先輩よりも有利になって、藤本先輩と互角・・・いや、下手をしたら藤本先輩よりも優位に立ったかもしれない。出来レースとまで揶揄された今年のミス・トキコーは、いつの間にか『トキコーの女王様』と『A組の女王様』の二人の女王様の争いになって、勝負の行方が分からなくなってきた。

 もちろん、「相沢さんファンクラブ」も「藤本さんファンクラブ」も黙って指をくわえて見ているとは思えない。水面下で共闘の切り崩し、あるいは1年生票の取り込みに全力を注ぐはずだ。今年は斎藤先生や植村先生の「ありがたーい(?)お話」を聞ける生徒が大勢出そうな雰囲気だ。

 もうクラスの誰も唯を見ていない。みんな藍の支持固めに奔走しているからだ。

だが、俺は見た・・・唯はニコッとしてクラスのみんなを見ていたが、その目からは涙がこぼれていた事に・・・でも、唯は俺が見ている事に気付いたのか、慌ててハンカチで涙を拭ってからゆっくりと立ち上がった。

「・・・たっくん、会議室へ行こう」

 そう言って唯は俺に笑みを見せたが、明らかに、いや、いつもの唯からは考えられないようなだった。

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