第130話 キレた藍・平然とした唯

「・・・じゃあ、今日はここまで。おまえらー、週末に遊びすぎるんじゃあないぞー」

 そう山口先生が言って、今日の帰りのショートホームルームはお終いとなった。今日は6時間授業なので全クラスが一斉にショートホームルームを終えて帰宅の途についたり部や同好会活動に向かったりする。

 ただ、金曜日なので今日はトキコー祭の実行委員会がある。俺たち佐藤きょうだいは実行委員会に参加しなければならない。

 当然、俺もそのつもりで立ち上がったのだが・・・

「おーい、たくまー。それと藍、ちょっといいかなあ」

 いきなり山口先生が俺と藍の二人に声を掛けた。一体、何の用だ?

 俺と藍は互いの顔を見合わせた後、二人並んで教壇の山口先生の所へ行った。

 だが、山口先生は珍しく真面目な顔をして俺と藍に小声で

「・・・お前たち二人は何も聞いてないのか?」

 一体、何を山口先生は言いたいのだ?俺は全然わからないし、当然、藍も分からなくて首をひねっている。

「あのー、先生・・・何があったんですか?」

 藍は山口先生に聞いたのだが、意外な返事が返ってきた。

「・・・今日が締め切りの『ミス・トキコー』のエントリーなんだが・・・既に佐藤藍は一昨日に届け出があったから黒田先生に出してあるが、佐藤唯は未だにエントリー用紙を出してこないんだ。本来なら昼休み終了までに出す必要があるが、黒田先生が気を利かせて唯の名前だけはリストに書き込んであるから、今ならまだ間に合うと言ってきてるぞ。出してないという事は本当にエントリーしないという意味なのか?それとも、推薦人を誰にするかで去年の藍のような状態になっているのか?」

 俺と藍は開いた口が塞がらなかった。

 唯がエントリーしていない・・・こんな事を一体、誰が予想した?

 俺は返事に窮して藍の方を見たが、藍は俺を気に掛けるまでもなく、踵を返すようにして唯の机に向かった。

 唯はまだ鞄の中に教科書やノートを入れている最中で立ち上がる事すらしてなくて、歩美ちゃんと和やかなムードで何かを話している。

 だが、藍の視線には唯しか入ってないようで、いきなり話に割り込むかのようにして身を乗り出した。


『バーーーーン!!!!』


 いきなり唯の机を両手の全力で叩きつけたかと思うと怒鳴り声を上げた。

「ちょっと、これってどういう意味なの!説明して頂戴!!」

 いきなり藍が怒鳴り声を上げたから、既にクラスの中は半分くらいしか残ってなかったが全員の視線がこの机周辺に集中した。

「『どういう意味』っていうのがどういう意味なの?唯に分かるように教えてほしいな」

「ふざけてるのはそっちだろ!どうして『ミス・トキコー』にエントリーしてないのか、その理由を説明しろって言ってんだよ!場合によっては私にも考えがあるわ!!」

 唯はいつも通りの笑顔を崩してないが、藍の方は完全にキレている。そう、この顔を藍がクラスのみんなに見せるのは入学してから2度目だ。周りがビビッてるのがアリアリと分かる。特に歩美ちゃんは真っ青い顔で後退りして泰介の後ろに隠れてしまった程だ。

「・・・唯は今年は出ないよ。ううん、来年も出る気はない。もう唯は『ミス・トキコー』の座に拘ってないから」

「はあ?勝ち逃げする気?」

「・・・見方によってはたしかに勝ち逃げね。だって、今年も来年もエントリーしなければ唯はずっと『ミス・トキコー』のまま卒業できるでしょ?」

「どういうつらして『ミス・トキコーのまま卒業できるでしょ』って言ってんだよ!本当は『ミス・トキコー』から滑り落ちるのが嫌なんだろ!!月曜日に二人で『どんなに陰口を言われても、どんなに冷たくされても、出場して潔く負けよう』って約束したのを忘れたのか?この卑怯者!」

「そ、それは・・・」

「今ならまだ間に合う。この場でエントリーすると宣言しろ!それなら私は唯さんに非礼を謝る。だが、これだけ言ってもエントリーしないというなら、私はどうなる?この1年間、陰に日向に唯さんが卑怯者呼ばわりされないようしてきた事を全部無にするような事をされて、私が黙ってハイハイと言うと思ってるの?あなたを支えてくれる大勢の子の期待を裏切ってでも自分の身が可愛いの?ふざけてんじゃあないわよ!肩書を残したい?単なるエゴじゃあないの!!」

「藍、言い過ぎだ!少し頭を冷やせ!!」

 いつの間にか山口先生が藍の横に来ていて腕を組みながら話に割り込んできた。

 だが、その山口先生の顔は穏やかではない。そう、あの『トキコーの〇クセン』の顔をしている。明らかに口論の仲裁なんてレベルじゃあない、完全に山口先生もキレている。

 さすがの藍もトキコーの〇クセンには敵わない。山口先生を見た藍は一瞬だが顔が引き攣ったが、すぐにいつものクールな顔に戻った。

「・・・すみません、ちょっと冷静さを欠きました」

「・・・分かればいい。だが唯、本当にエントリーしないのか?それとも前言撤回でエントリーするのか、今すぐ決めろ!」

 山口先生は半ば唯を睨みつけるような視線を飛ばしていたが、唯は平然と見返しながら言った。


「山口先生、藍さん・・・唯は出ません」


 この瞬間、教室中から悲鳴に似たような叫び声が上がった。

「・・・そうか、分かった。唯、今年からの新規定により、本人に出場意思が無い場合はエントリーできない。よって、今年のエントリーは藍、お前だけだ。それと、藍もこれ以上唯に言うな。これ以上言うなら先生が相手になるぞ」

 それだけ言うと山口先生は教室を出て行った。

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