第129話 草刈り場・諦めムード・大騒ぎ
「そ、それは・・・」
やっぱりそうだ、唯は今年の『ミス・トキコー』には乗り気ではないんだ。唯派の連中はこぞって唯に史上2人目の連覇を期待する声を掛けるが、藍派は「連覇どころか準ミスも厳しいな」と本人がいないところで言ってる始末だ。逆に、藍派は藍に向かって「今年こそ藍さんがミス・トキコーになるべきだ」と言っておきながら、唯派は藍がいない場所では「藤本先輩の二番煎じでは勝負にならない」とか言ってる。男が影でコソコソ言ってても女の子同士のネットワークは凄まじく、ほぼ確実に本人の耳に入ってしまう。これじゃあ、月曜日から藍も唯も不機嫌になる訳だ。やる気が失せるのも仕方ない。
「・・・たっくん、唯を支えてよ」
「分かってるよ」
「ずっとだよ、ずっと」
「分かってるよ。早く行こうぜ」
「・・・分かった」
ようやく唯は立ち上がり部屋を出た。そのまま家を出て駅へ向かったが、見た目は普段の唯と変わらない。ただ、今日は会話が続かない。あきらかに俺一人が喋っている状態だから、俺としてもお手上げだ。
それは東西線に乗ってからも同じだった。俺はいつも通り唯の前に立っているが、時々唯はため息をついてボンヤリしている。
「おはようございまーす」
そう言って舞がいつも通り乗り込んできて唯の隣に座った。
見た目は普段通りの会話をしているようだが、何となく唯の話し方に落ち着きがないと思えるのは俺だけだろうか?
「・・・そう言えば、舞は『ミス・トキコー』に出るのか?」
俺は唯と舞の話に割り込む形で舞に話し掛けた。
舞はニコッとした後
「拓真先輩、冗談もほどほどにしてくださいよー。わたしはミスコンに出る程の自信はないですよ。まあ、たしかにクラスの男の子も女の子も盛んに出と出ろと言ってきたのは認めますけど、わたしはキッパリ断りました。原田先生もわたしが出るとばかり思ってたらしく、残念がってましたけどね」
「へ?何で原田先生が?」
「『ミス・トキコー』に誰が出るというのは先生方の間でも毎年話題になるそうです。クラス自慢の1つになるから、先生方にとっても感心が高いみたいですよー」
「へえ」
「3年B組担任の武田金八先生と原田先生は担任を持った時に一人もエントリーした子がいないから、原田先生は「これで武田先生の後塵を拝しなくて済む」って本気で思ってたみたいですよー。推薦人は生徒限定とは書かれてないから、原田先生が推薦人をやってもいいって言ってたくらいですから」
「マジかよ!?」
「しかも、一昨年の1年A組は清水先生、昨年の1年A組は榎本先生だったので、クラスで二人もエントリーする事が珍しいのに、同一クラスでワンツーフィニッシュした事で随分他の先生から羨ましがられたみたいですよー。あー、因みに1年生では、A組とD組、F組に一人ずつ出ると公言している子がいて、早くも男子から注目を集めてますよ。今日の昼休みが締め切りだから、まだ増えるかもしれませんね」
「そうなのかあ。じゃあ、舞は藍と唯の応援団長だな」
「そうなりますね。佐藤三姉妹の力を結束して頑張りましょう!」
そう言うと舞は右手をグーにして力強く上げたが、唯はニコッと微笑んだだけだ。
唯に元気が無い状態は中村たちが乗り込んできてからも続いた。でも、今日は女子三人だけが喋っている状態で男子三人は蚊帳の外だ。いや、俺と内山、中村は昨日も一昨日も同じで話しかけにくくて自分から距離を置いているに等しいのだ。
内山も中村も、藍と唯が負け戦を承知でエントリーする事を知ってるので最近は正直『針の筵』らしい。下からは突き上げられるが藍と唯と同じクラスなのでピリピリした二人に遠慮して何も言えないからだ。本当は去年のように会長として奔走したいようだが、この二人も諦めムードが漂っていて威勢の良さはない。「藤本さんファンクラブ」の会長の
もし今年も昨年のような三つ巴、あるいは横一線の状態なら、内山は藍の、中村は唯の推薦人になりたかったようなのだが、今年も藍の推薦人は俺と村田さん、唯の推薦人は泰介と歩美ちゃんでアッサリ決まり、内山や中村だけでなく、藍派と唯派の誰からも異論が出なかった。というより、唯派副会長の神谷をはじめ、藍派も唯派も昨年は推薦人になりたがって騒動を引き起こした連中は、揃いも揃って「負け戦確定の勝負の推薦人をして、本当にミス・トキコーにも準ミス・トキコーにもなれなかった時の責任を取りたくない」というのが本音らしい。
因みに堀江さんは「わたしは絶対に出ないわよ」と宣言していて、いや、堀江さんだけでなくA組の女子は藍と唯以外にエントリーの動きはない。というか、2年生の女子で藍と唯以外でエントリーの動きを見せているのは昨年と同様皆無だ。つまり、今年も2年生は藍と唯しかエントリーしないようだ。しかも、藍派も唯派も自主投票のような雰囲気になっていて昨年の盛り上がりが嘘のような静けさである。
今年の1年生は大きな派閥が出来ている訳ではないので、早くも草刈り場、というか既に相沢先輩、藤本先輩の支持に流れてしまっていて、ほぼこの2人のファンクラブが全体の半数以上を手中に収めたに等しいというのが藍派と唯派の共通の認識だ。
3年生は、一昨年のミス・トキコーにして昨年3位の藤本先輩、一昨年の準ミス・トキコーにして昨年4位の相沢先輩のエントリーは確定路線になっているが、誰が推薦人をやるかで3年連続大荒れだったようだ。最終的に誰が推薦人になったのかは俺は知らないが、特に今年はこの二人のワンツーフィニッシュ確定とまで言われているので昨年以上の騒ぎになり、風紀委員長の藤本先輩をもってしても騒ぎを止められなかったようだ。
藍が言ってたが、斎藤先生から「ふじもとー、自分の問題を解決できないと女王様としての威厳に傷がつくぞー」と揶揄われて苦笑いしていたらしい。3年生は他にも2、3人エントリーする動きを見せているようだが、こちらは少数派で大勢に影響はないとまで言われていて、今年は総勢10人前後のエントリーになりそうだというのが、専らの噂だ。
いわば「草刈り場と化した1年生、諦めムードの2年生、大騒ぎの3年生」になっていて、昨年のような学校中を巻き込んだ熱気というか盛り上がりが全然なく、3年生だけが内輪で盛り上がっている状態だ。
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