第127話 本音を言わせてもらえれば
俺たちは結局3時間近く喋っていたけど、父さんから電話が入った時点でお終いになった。今日は父さんがパークゴルフの帰りに迎えにきてくれる事になっていたので、あと数分で指定の場所に行かなければならない。
「そういえば、高崎先生は今日はここまでどうやって来たのですか?」
藍が高崎さんに質問したら高崎さんは笑顔で
「あー、それはですねえ、昨日は中沼の実家に行ってたので、そのまま車できました。この後は車で帰りますよ」
「あのピンクの車ですか?」
「そうですよー」
そういえば高崎さんのピンクの車は『トキコー七不思議』の6番目になってしまったんだ・・・でも、高崎さんはそれを知らないはずだ。まあ、『知らぬが仏』とも言うから、あえて山口先生も高崎さんには言ってないらしい。
あれ?そういえば・・・山口先生はどうやってここに来たんだ?
「あのー・・・山口先生も車ですか?」
俺は何気なく聞いたつもりだったが、意外な答えが返ってきた。
「あー、先生は徒歩だぞ」
「「「徒歩?」」」
「あれー、お前たちは知らなかったのか?・・・あ、そう言えば去年の1年C組の連中には言った事があったけど、今年の2年A組の連中には言ってなかったなあ。ここから10分もかからない場所に住んでいるんだぞ。この周辺で手をつないで歩いたり食事をしたりする奴は先生に見つかるぞー」
そう言うと山口先生はニヤリとした。
この瞬間、俺はギクッとなった。それに唯もハッとした表情になった。
俺たちは去年の秋から今年の冬休み明けまで、この新札幌周辺でデートしていた。ゴールデンウィークの五連休初日にも俺と唯は新札幌でお昼を一緒に食べている。つまり、山口先生は偶然俺たちを見たのではなく、俺たちは山口先生に見せびらかすような形になって、わざわざ山口先生の家の近くでデートしていのだから、見付かるのも必然だっという訳か・・・だから山口先生は俺と唯が付き合っているという事を知っていたし、今日もこの場所を指定したんだ。
「あー、そうそう、昔は拓真の中学校区に住んでいたんだぞ。つまり、お前の中学の先輩だ」
「はあ?マジですかあ?」
「そういう事だ。拓真、お前が知らないのも無理ないけど、もう卒業して何年経つのかなあ。あー、でも、言うと年齢がバレちゃうから言わないぞ」
それだけ言うと山口先生はニコッとしてトレーを持って立ち上がり
「さあてと、たまにはドーナツを持ち帰って家で食うとするかあ」
それを合図にみんな立ち上がった。ただ、俺たちもドーナツを持ち帰ろうという話になり、テイクアウトする為のドーナツを選び始めた。
「そう言えば、山口先生の家は何人家族なんですか?それとも一人暮らしですか?」
唯が山口先生に聞くと山口先生はニコッとして
「あー、先生は両親と兄貴と一緒に住んでるぞ。だから四人だ」
「へえ、意外ですね」
「意外か?まあ、生徒に先生のプライベートの話はほとんどしてないからなあ」
そう言いながら山口先生は適当にドーナツを選んでいる。いや、何を買うべきなのかを予め分かっているかのような選び方だ。全然迷いが無い。
それに引き換え、藍と唯は「お義父さんはどれが好きそうかなあ」とか言って迷ってるから、後ろが迷惑そうな顔をして追い越していったくらいだ。
結局、父さんの分は藍が、母さんの分は唯が適当に選び、全部で10個買って箱に詰めてもらった。高崎さんは一人暮らしだから自分の好みのドーナツを2個選んで鞄に仕舞った。
「じゃあ、みなさん、元気でやってくださいよー」
「ええ、高崎先生も頑張ってください」
「おまえらー、明日の課題を忘れるなよー」
そう言うと俺たちはマイスドを後にした。高崎さんは駐車場に向かい、俺たちは予め父さんと約束していた場所へ、山口先生は俺たちとは逆方向へ歩いていった。
俺にとっては一生の思い出に残るような時間であった。トキコー祭の時に高崎さんが来てくれるとはいえ、その時には今日のようにお喋りをしてくれるような時間はない。それに学校中の生徒が高崎さんが来るのを期待しているのに、俺たちだけが高崎さんを引き留めておくのも良くない。
ただ、本音を言わせてもらえれば、今日という時間が止まってほしかった、いや、本当は3週間前に戻りたいなあ・・・あの頃なら俺の悩みは今より少なかった・・・唯と関係を持ったのは、俺にとって良かった事だったのだろうか・・・
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