第125話 聞かなければ良かった

「あー、それはですねえ、『佐藤三姉妹』の末っ子の舞さんが現れた事で、この賭けの対象に舞さんが加わり、一部は舞さんに賭けている子もいるそうです。まあ、舞さんに賭けている子は藍さんと唯さんの両方に突撃した子みたいだって言ってましたよー。しかもー、琴木さんの話によると、舞さんは特に3年生から人気が高くて結構告白されてるみたいだけど、こちらも全て断っているそうです。だから藍さんや唯さんと同様に、舞さんも拓真君狙いじゃあないかって見られているんですよー」

「へえー、たくまー、お前、後輩にも好かれているのかあ?」

「山口先生、あんまりからかわないでくださいよー」

 俺は言葉とは裏腹に正直冷や汗をかいていた。舞が俺の事を狙っているのは事実だが、周囲からは俺が舞の好意に気付いてないという事になっているとは思ってなかった。本当は俺が半ば舞を縛り付けているのと同じなのに・・・。

 ただ、あのオタク女もいつの間にか男子から人気になっていたのは全然知らなかった。たしかに高校生には見えない幼児体型のロリ顔ロリっ子ではあるから、それがウケているのだろうな。俺のイメージは図書室の受付で毎日本を読んでいた中学時代のままだけど、それを知らない人にとっては可愛い子、守ってあげたい子という感じなのかもしれない。

「・・・田中さんの話によると、相沢さんや藤本さん狙いだった男子の一部が舞さん狙いに切り替えた事で3年生の一部も藍さんや唯さんを陰で応援しているみたいですし、3年生にも藍さんや唯さんを狙ってる子が結構いるみたいですよ。あと、1年生の中にも藍さんや唯さん、舞さんを本気で狙っている子がいるし、当たり前だけどその男子を狙ってる女子もいるので、ほとんど全校生徒が感心を持っていると言っても過言ではないですよー」

 おいおい、本気で勘弁して欲しいぞ。俺の決断が学校中を巻き込む事になってるなんて全然考えてなかった・・・。

「・・・あ、あのー、因みに唯と藍さんでは、どっちがたっくんとくっつくと見られているんですか?」

 おい、唯!お前、質問しながら顔が引き攣ってるぞ。しかも完全に脂汗をかいてるし・・・『自分の軽はずみな行動が学校中を巻き込んだ騒ぎになる』という事に気付いて動揺してるとしか思えないぞ。かくいう俺も唯とそう変わらないけど。

「うーん、秋山さんや平山さんの話によると、藍さんも唯さんもほぼ互角ね。割合でいうと藍さんが4、唯さんが4、舞さんが1。残る1は『拓真君は誰も選ばない』だそうですよー」

「「「「へえー」」」」

「あー、それとー、こう言うと本人には失礼かもしれませんが、拓真君が三人以外の子と付き合っている事が発覚したら『A組の女王様』藍さんの逆鱗に触れてあっという間に破局するから絶対にあり得ないというのが琴木さんを除く4人の一致した意見、というより2年生・3年生の統一意見でしたよー。1年生も同じようなことを話していたのを聞いた事があると琴木さんも言ってたから、誰も藍さんを敵に回したくないから拓真君を狙う子はこの三人以外はあり得ないみたいですよー。因みにこの賭けは、拓真君が三人の誰かと付き合っているという事が判明した時点で終了でーす」

「「「「・・・・・」」」」

 俺はこの話を聞いた時、一瞬だが藍と目が合った。藍は明らかに目が輝いてる。唯とは逆に俺を取り戻す絶好のチャンスだからな。何しろ俺と付き合っているという噂を立てなくとも、目撃されただけで中村たち唯派が毎日買っている購買のペットボトルが『伊左衛門』に変わるから、否応なしに唯が気付く。その段階で唯が俺と大喧嘩になるのは間違いないが、その後は修羅場一直線・・・。

 いや、藍と唯の今の力関係はあきらかに藍の方が上だ。義理とはいえ姉であり女王様でもあるから唯はかなり低姿勢だ。もしかしたら唯は俺を手放すしかなくなるかも。そうなったら藍としては万々歳だ。藍は聞いて得した訳だ。

 ただ、今の唯の状態を藍も知ってるから即行動に移すような事はしない筈だ。その時点で唯が壊れる可能性があるからだ・・・今の唯は明らかに以前までと違う。そう、雰囲気に影が見えないのだ。折角立ち直りの傾向が見られるのに、全て無になる可能性もある。

 だから、もし唯がこのまま立ち直ったら・・・その事に藍が気付いたら・・・いや、直ぐに分かる筈だ、あの二人は夜に寝る時に引き戸を1枚開けている。それをやらなくなった時、それは即ち唯が立ち直った時だ・・・その瞬間、藍は勝負に出る。さすがの舞も藍と唯の部屋を見ている訳ではないから、絶対に藍の勝ちだ。

 唯の性格からして、俺と付き合っている事を堂々と全校生徒に公表する程の度胸は無いから、今まで以上にコソコソするしかない。唯にとってはこの話は聞かなかった方が良かったとしか思えない。多分、いや、間違いなく唯は後悔しているはずだ。かくいう俺も「聞かなければ良かった」と思ってるのも事実だ。

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