第123話 暴露大会

 一昨日の金曜日は高崎先生の最後の実習日であった。

 俺たち2年A組だけでなく、他のクラスでも高崎先生がいなくなる事を嘆く生徒が大勢いて、中には本当に泣き出す女子も出てくる始末で、高崎先生だけでなく山口先生まで困惑していた。

 俺たち2年A組の帰りのショートホームルームが正真正銘の最後の授業になるのだが、そこでも泣き出す女子がいて、高崎先生に慰められていた。

 ショートホームルームが終わる直前にクラス委員の村田さんが代表して高崎先生にプレゼントを贈った。それは1枚のDVDだった。実は木曜の午前中、村田さんの呼びかけで昼休みにA組全員が集まってビデオレターを作成したのだ。全部で20分くらいだけど、高崎先生への想いを各々簡潔に述べた後、A組全員で高崎先生へ感謝の言葉を伝える物を作成した。もちろん、山口先生や高崎先生には内緒で撮影したものであり、その後に昨日のライブの様子を3台のカメラで収めた物を俺と泰介が編集して追加し、それを高崎先生に贈った訳だ。

「高崎先生、ぜーったいにトキコー祭には来てくださいよ」

と村田さんが言うと、高崎先生はニコッとして「必ず行きますよ」と答え、クラス中で歓声が上がった。まあ、俺は以前に高崎先生が「山口先生がキーボードの演奏を披露するなら見に行く」と言ってたのを覚えていたから驚きはしなかったけど、それを知らない連中にとってみれば歓声が上がるのも無理ないか。

 高崎先生は実習の最終日だったので校長先生や理事長にも挨拶に行ったのだが、全ての事を終えて学校から帰ろうとして校舎の外に出た時、正門までの間を殆ど全校生徒が出迎えていた。別に示し合わせていた訳でなかったのだが、なぜかみんな最後にもう1回だけ高崎先生を見ようと集まってきていたのだ。一部は校舎の窓から身を乗り出すようにして高崎先生に手を振っていた。

 生徒会長の相沢先輩が代表して高崎先生にお別れの言葉を述べた後、大歓声と拍手で送られて高崎先生はトキコーの正門を出て行った。

 そう、高崎先生はトキコーのアイドルとして教育実習を終えたのだった。


 今日、つまり日曜日の午後、俺と藍、唯は高崎先生と会う約束になっている。ただ、山口先生も同席する事になっている。場所は新札幌のマイスドだ。

 この場所は俺と唯が付き合うきっかけになった場所・・・ではあるが、そんな事を藍の前で言う訳にはいかない。藍と唯は母さんが買い物にいく車に便乗する形で新札幌へ行ったが、俺は歩いて新札幌へ行った。別に俺は同乗しても良かったのだが、何となくだが唯と一緒に車に乗る事に気が引けてしまい、一人で歩いて行く事にしたのだ。

「おーい、ここだここだ」

 俺がマイスドに入ったら山口先生が俺に気付いて手を振った。既に女子四人は揃っていてトークに夢中になっていたので、俺は遅れて参加する形でドーナツとコーヒーを持ってテーブルに行った。

 俺が来たので四人掛けのテーブルの横に二人掛けのテーブルをくっつけて6人掛けにし、俺は椅子を並べて唯の横に座った。唯の横には藍がいて、向かい側はソファーだが高崎先生と山口先生が座っている。

 高崎先生は相変わらず小学生みたいな服装であるが、山口先生も普段と変わらずジーンズである。これでも従姉妹同士なのかと不思議に思うくらいのコンビだ。

「すみません、遅くなりました」

「なーに、気にしてないぞ。それにお前がいない事で色々と喋りやすい事も多かったけどな」

 そう言って山口先生は含み笑いをした。

 俺は一瞬ビクッとなったが、唯が俺との間で起きた事を暴露するとは思えない。それに、今朝までに藍と二人で喋る機会が何度かあったが、一度も唯との関係を問い詰められる事はなかった。だとすると、別の話題なのか?

「あのー・・・俺がいない事で喋りやすかったってなんですかあ?」

「あー、それはだなあ、みなみの奴が『授業中にアツアツな二人組がいたからやりにくかった』ってボヤいてたから、あちこちの噂話をしていたところだったのさ」

「そうなんですよー。わたし、今回は2年生の国語の授業を受け持ったんですけど、A組とC組は隣り合った子同士がアツアツで、しかもC組は教壇の目の前でしょ?だから正直どうすればいいのか困ってたんですよー。逆にE組はピリピリした二人組が教壇の目の前にいるからやり難かったのよねえ」

 そう言って高崎先生は小さなため息をついた。

「唯はその話を知ってたよ。何しろE組のあの二人はつい先日喧嘩別れしたって情報が入ってきてるからねえ。高崎先生が知らなかったのも無理ないね」

「小野君と歩美さんはA組の中でも堂々と交際宣言しているけど、他にもA組同士、あるいはA組とB組、A組と3年生のカップルの噂話も私の耳に入ってるわ。まあ、中には既に喧嘩別れした子とか修羅場の子もいるけどね」

「という訳で、ほとんど暴露大会になっていたのさ。おまけに教師同士の噂話まで出てきた事には正直驚いたぞ。まあ、先生には関係ない話だけどな』

 おいおい、どう見たって完全な女子トークじゃあないかよ。こんな中に俺が入ってもいいのかあ!?

「そういえばー、高崎先生の高校時代はどうだったんですかあ?ものすごくモテたと思うけど、実際にはどうだったんですか?」

 唯が目をキラキラさせて高崎先生、いや、もう実習が終わったから高崎さんでもいいのだが、唯が高崎さんの昔話を聞き出そうとしている。藍も目をキラキラさせて高崎さんに詰め寄っている。

「えー、わたしはホントに誰とも付き合ってなかったですよー」

「またあ、ぜーったいに高崎先生はモテモテだったんでしょ?」

「あー、みなみは本当に男っ気がなかったぞー。当時からロリ巨乳だったのは認めるが、あまりにも言動が小学生みたいだから、男子の方が小学生を連れ歩いていると勘違いされるからと言って躊躇してたんだよなー」

「あー!久仁子さあん、それはひどいですー。言っていい事と駄目な事がありますよー、ぷんぷーん!!」

「でも事実だろ?」

「うっ、そ、それは・・・はいはい、すみませんでしたあ!」

 高崎さんは小学生みたいに口を尖らせていたが、その仕草も可愛らしく、とても大学4年生がしているとは思えないくらいだ。このあたりが実習中で圧倒的な人気を誇った理由でもある。

「まあ、わたしは久仁子さんの学生時代の事は色々知ってますけど、それを言ったら殺されますから絶対に言いませんので安心してくださいねー」

「お、言ってくれるなあ。たしかに先生も色々あったけど、佐藤きょうだいの前で言えない話もあるからなあ」

「えー、山口先生は学生の頃はバンドやってたんでしょ?結構モテたと思うけど、私は是非知りたいなあ」

「あー、唯もそう思うよ。山口先生ほどの人が男子にモテないなんて考えられないよー。ぜーったいに彼氏の一人や二人いたとしてもおかしくないよー」

「だーめ、ぜーったいに教えない。先生のトップシークレット並みの秘密事項だから回答を拒否する」

「えー、そんなー」

「諦めろ。それに時代が違いすぎるぞ。例えば先生が学生の頃はポケベルの時代だ。それも半数、いや半数以下しか持ってなかったからなあ。ケータイが小型化してメール機能がついた事でポケベルからケータイに乗り換える事が進んだが、最初の頃は同じ携帯電話の会社同士でないと通話できないなど、色々と不便だったし、ましてや写メなんて考えられなかったぞ。だいたい学生がケータイを持つなんて不可能な料金だったからなあ。そう考えると今は高校生がスマホを持つのも当たり前になってきてるからなあ」

「あー、それ、俺も知ってるぞ。『金田一君の事件簿』の初期の頃の作品に、ポケベルを使ってメッセージを伝えるシーンがあるし、2リットルのペットボトルみたいな大きさの携帯電話で通話するシーンも描かれてるからなあ」

「そのスマホもわたしが高校生の頃に比べたら性能も良くなったし、薄くて軽量化されましたよー。なによりもバッテリーが長持ちするようになったから、ものすごく使いやすくなったし、今の方が安いというのが信じられないですよー」

「でも、うちの母さんはガラケーを10年以上も使ってるぞ。母さんに言わせるとケータイは通話とメールだけで十分だから余分な機能は全部取って欲しいって言ってるくらいだし、父さんの場合は休日でも仕事で呼び出される時があるから本当は持ちたくないらしいぞ」

「それは先生も同じさ。休みの日くらいはノンビリしたいが、なんだかんだで仕事とプライベートの線引きが曖昧だから休みという感覚がないからなあ。今日だって考えようによっては生徒の都合に合わせたと同じだからなあ。お前たち佐藤きょうだいはVIP待遇だぞ」

「あー、そういえばー、佐藤きょうだいで思い出しましたけど、その噂話をここで言ってもいいのかなあ」

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