第122話 史上最高の盛り上がり

 俺たちも山口先生の合図で持ち場へ移動し、俺と泰介は機器操作室へ向かった。山口先生はステージの裾に移動し、歩美ちゃんは一人マイクを持って表へ出て行った。泰介は歩美ちゃんがステージの表へ出た時に録画ボタンのスイッチを入れた。今日の演奏の様子を残しておく為に、そして高崎先生へプレゼントする為に。

 歩美ちゃんの姿を見た観客から一斉に歓声が上がった。

「みなさーん、今日はトキコー軽音楽同好会のバンド『放課後お喋り隊』のライブに来て頂き、ありがとうございまーす。本日のMCを担当する事になった2年A組杉村歩美でーす。どうぞよろしくお願いしまーす」

 歩美ちゃんの挨拶で会場内がますますヒートアップし、本物のライブ会場のようになった。

「さあ、我らが学園に舞い降りたアイドル、高崎先生がまもなく皆さんの前に登場しますよー、高崎先生がどんな歌声を披露するのか、みんな楽しみですよねー。では、そろそろ行きますよー」

 歩美ちゃんの合図で泰介が幕を上げるボタンを押し、ゆっくりと幕が上がっていった。それと同時に会場内は大歓声が上がったが、まだ照明はつけてない。まだだ、まだ早い。

 幕が上がり切った所で田中先輩が両手のスティックを頭上に掲げ

「1・2・123」

 この瞬間に俺は予めセットしてあったスポットライトのスイッチを一斉に入れた。それと同時に演奏が始まり、まさに講堂はライブ会場そのものと化した。

 ステージの前列中央に高崎先生がマイクを持って立ち、その右側にギターを手にした平山先輩が並び、平山先輩はスタンドに付けられたマイクに向かって熱唱している。高崎先生の左には中野さんがいて高崎先生の少し斜め後方にベースの秋山先輩が笑顔を振りまいて演奏している。後方の中央に田中先輩がドラムを軽快に飛ばし、その右側でキーボードの琴木さんが笑顔で時々左手を振りながら演奏をしている。みんな以前のゲリラライブの時のような少し引き攣った顔ではなく、自分たちもライブを楽しんでいるかのようだ。

 今演奏している曲は「けいおんぶ!」で使われた人気シングル「ピュアピュアはあと」だ。メインパートは高崎先生と平山先輩が担当し、ツインボーカルだ。高崎先生が右手でマイクを持ち、時々左手を振って声援に応えている。他の4人はサブパートを担当している。

 俺は会場内を見まわしたが、誰もが興奮していて、これが『ド素人バンドの下手糞ライブ』なのかと思うくらいの熱狂ぶりだ。そして、その最前列の左端には、なんと生徒会長である相沢先輩がいる事に気付いた。その右で『トキコーの女王様』藤本先輩も熱狂しているけど、その二人に挟まれる格好で篠原もいた。篠原も普段のクールな表情とは打って変わって夢中になっている。他にも俺の見知った顔がいくつもあり、全校生徒の大半と先生方の半分くらいも一緒になってライブに夢中になっている。舞もこの中にいるのは間違いないが、さすがにどこにいるのかは分からなかった。会場の端には新聞部の腕章をつけてカメラで撮影しながら自身もノリノリになっている3年生と1年生の女子もいた。中にはスマホを頭上に掲げて撮影しながら熱狂している奴もいて、みんな自分なりにライブを満喫しているのがアリアリと分かった。

 藍は風紀委員の腕章をしたまま入り口付近にいたけど、隣にいる唯と一緒に結構ノリノリで楽しんでいるように見えたし、真鍋先輩はもう1つの入り口側で同じようにノリノリだ。

 2階席は誰もいないけど、新聞部の腕章をつけた3年生の男子が二人いて望遠レンズを使って盛んにシャッターを切っているし、ビデオカメラまでセットしていた。新聞部もライブの様子を収めたビデオを高崎先生に贈るつもりなのだろう。新聞部の横には2年生の写真撮影同好会のメンバー二人もいた。

 1曲目の演奏が終わった時点で歩美ちゃんがメンバー全員の所へ行ってインタビュー形式で紹介していったけど、みんな大歓声を受けて笑顔を振りまいていた。最後にインタビューを受けた部長の田中先輩が「これからも『放課後お喋り隊』をよろしくね」と言った時には、会場のあちこちから「いいよー」「これからも応援するぞー」「ライブ最高!」「りっちゃーん」などの声が上がった。

 2曲目は『放課後お喋り隊』単独で披露するので高崎先生は一度ステージの裾にいる山口先生の隣へ戻ったが、山口先生と笑顔で何かを喋っていた。もちろん、2曲目も大いに盛り上がり、間奏の時にボーカルの平山先輩が呼び掛けたのでCメロ以降は会場のみんなが歌いだし、中には殆ど絶叫している子もいたくらいだ。

 2曲目が終わった余韻も冷めやらぬうちに高崎先生が再び登場したから、またまたみんなが歓声をあげた。今度は高崎先生単独のボーカルなので平山先輩よりも一歩前に出てマイクを握った。

 再び田中先輩が両手に持ったスティックを頭上に掲げ、マイクに向かって

「さあ、最後の曲、いくわよ。1・2・123」

 この声に合わせて演奏が始まり、会場内のみんなが歓声を上げた。最後の曲も「けいおんぶ」の人気シングル曲で「ふかふかタイム」だ。

 「♪ふとした仕草で・・・」

 最後の曲は高崎先生だけがメインパートの担当なので高崎先生が歌い始めると会場内は最高潮になった。俺と泰介はガラス超しにずっとステージを見てたけど、会場内の異様な程の盛り上がり方に鳥肌が立ったくらいだ。

『♪いつも頑張れ・・・』

そして残りの5人がサブパートを・・・の筈だったけど、示し合わせた訳ではないのに、会場のみんなもサブパートを一緒に熱唱し始め、まさにみんなが一つになってライブを作り上げた。

 そのままステージと観客が一緒になったライブは続き、最後はほとんどみんな絶叫に近い状態で歌ってた。

「♪ふかふかタイム」

『♪ふかふかタイム』

「♪ふかふかタイム」

『♪ふかふかタイム』

「♪ふかふかタイム」

『♪ふかふかタイム』

 全ての演奏が終わると、ステージの高崎先生とメンバー五人に向かって大歓声と拍手が沸き起こった。それに応えるように高崎先生とメンバー五人が両手を振っている。その大歓声と拍手が続く中、ゆっくりと幕が下り、ライブは終了となった。

 幕が全て下り切ったところで歩美ちゃんが再び一人でステージに出て

「みんなー、沢山の声援ありがとう。素敵なライブでしたね。名残惜しいけど今日のライブはこれで終了でーす。気を付けてお帰りくださーい。あー、それと業務連絡ですが、2年A組のみんなはこの後片づけと掃除がありますのでこの場に残ってくださーい。本当にみなさん、お疲れ様でしたー」

 真鍋先輩と藍が2つの扉を開けると、扉に近い人から順に会場を出て行った。それと同時に山口先生がステージの上からクラス委員の村田さんに声を掛け、色々と指示を出していた。この後は講堂の掃除をする担当と、ステージの掃除をする担当に分かれるが、その分担は既に決まってるので各々が持ち場についた。俺と泰介は機器操作室の電源を切り、電気を消した後はドラムセットを第二音楽室へ運ぶ作業があるが、それが終わった後に先ほど録画した映像を編集する作業をやる事になっている。

 俺と泰介は空が暗くなりかける頃まで掛かって編集作業を終わらせたが、さすがに藍と唯は既に帰った後だった。だから俺は一人で東西線に乗って帰った。

 間違いなく前回のゲリラライブ以上に、いや、軽音楽同好会史上最高の盛り上がりを見せたライブも、こうして幕を閉じた。

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