第121話 それぞれのやり方

 その日は朝からライブの話題一色だった。

 どういう訳かは知らないが、生徒だけでなく先生方の一部、まあ、基本的に独身の男性教師だけだが生徒以上に盛り上がっていた。それに何故か新聞部まで乗り出して高崎先生や部長の田中先輩にインタビューをしていた。

 昨日の俺はリハーサルにも付き合ったし、歩美ちゃんから照明の操作方法も教えてもらい、本番さながらの練習風景をステージ横の機器操作室から見ていた。

 その時は何も感じなかったが、今日は何故か軽音楽同好会のメンバーの顔が引き攣っている。昼休みに廊下で中野さんにバッタリ会ったので少し話す機会があったが、元々、トキコーの軽音楽同好会のバンドは大勢の観客の前で演奏した経験がなかったらしいのだ。昨年のトキコー祭の時に講堂で演奏を披露したが、観客は半分どころか4分の1にも満たない閑散とした中で演奏したらしい。前回の第二音楽室でライブをやった時も、ただ単に高崎先生を呼ぶ口実のゲリラライブだったらしいのだがメンバーの誰一人として思ってもなく、中野さんも緊張のあまり所々でコードを間違えたり演奏をミスったりしたそうだし、他の四人も中野さんと同じで所々ミスをしていたらしい。

 しかも今回は講堂で演奏する。トキコーの講堂は札幌のコンサートホール並みの広さがある上に前回のゲリラライブ以上の観客が押し寄せてくるのだから、緊張のあまり昨夜は殆ど眠れなかったと中野さんはボヤいていた。

 中野さんに言わせると表向き一番呑気なのが部長の田中先輩らしいが、無理して普段通りに振舞っているだけで、本当は緊張しまくりで朝から自分を見失っているらしい。

 だが、時間は止まってくれない。もう帰りのショートホームルームの時間だ。既に各学年のA組以外は授業が終わっていて、講堂周辺は大混雑している。2年A組の窓からは講堂を見る事が出来るが、どう見ても全校生徒の半数以上が開場を待っている状態だ。『A組の女王様』藍もこの風景を見せつけられては、ため息をつくしかないようだ。

 クラスの連中も本音は早く講堂へ行きたいのだが、山口先生はショートホームルームを時間前に終わらせる性格でないのはみんな知っているから、ウズウズしている状態だ。

 そんな中、高崎先生だけはノホホンと構えている。いつも通りのノンビリとした口調でショートホームルームを進め、そして最後に

「それではみなさーん、講堂でお会いしましょうー」

と言ってショートホームを終わりにした。

 これを合図にしてクラスの連中が一斉に立ち上がり教室を出て行った。1分も経たずに教室内に残っているのは、俺と藍、唯、泰介、歩美ちゃん、それに山口先生と高崎先生だけになった。

 山口先生はため息をつきながら

「おいおい、ホントに全員でド素人バンドの下手糞ライブを見に行くつもりかよ」

とボヤいたが、高崎先生は

「まあ、みんな若いから夢中になれる事が1つや2つあってもいいんじゃあないですか?これもそれもみーんな高校時代のいい思い出の1つになりますよー」

と、山口先生とは対照的にノホホンと答えた。これじゃあ、どっちが先生でどっちが実習生なのか分からないくらいだ。

「じゃあ、わたしたちも張り切っていきましょう!」

 そう歩美ちゃんが宣言して俺たちも講堂へ向かった。

 藍と唯は講堂の正面入り口へ向かったが、俺たちは講堂横にある通用口から入り、山口先生が内側から鍵を開けると、一斉に生徒たちが講堂に入ってきた。先生方も一部いるが、なぜか校長先生と教頭先生まで並んで入ってきたのには俺も正直驚いた。

 ステージは幕が下りてるので一般生徒からはステージ内の様子を伺い知る事は出来ない。俺と泰介、山口先生は裾の部分で待機しているが、バンドメンバー5人と高崎先生、それとMCの歩美ちゃんが最後の打ち合わせをしている。昨日のリハーサル段階では、6人がステージにいる状態で歩美ちゃんが開幕を宣言した後に幕が上がり、上がりきった段階スポットライトが照らされ1曲目を披露する事になっている。

 だが、どうも様子がおかしい。とてもではないが幕を上げる雰囲気になってないのだ。

 俺たちは心配になって歩美ちゃんの横へ行った・・・が、メンバーがガチガチになっていて、とてもではないが演奏を出来る状態ではなかったのだ。

「おーい、律子、昨日の威勢のよさはどこへ行ったんだあ?」

 山口先生が部長の田中先輩に声を掛けたが、田中先輩は明らかに顔が引き攣ったまま

「あー、山口先生ですかあ。大丈夫ですよー、元気ですよー」

と、何か場違いな返事をする始末だし、他の四人も苦笑いするだけで何の反応も見せない。

 おいおい、このままだと幕を上げる事が出来ないぞ、どうする?

 だがその時、高崎先生がニコニコしたまま田中先輩の所へ行って

「おーい、元気かあ?」

と叫んだかと思うと、いきなり田中先輩のお尻を思いっきり平手打ちした。

「いてー!」

と田中先輩は言ったかと思うと、さっきまで引き攣っていた顔がムカッとした顔になって高崎先生に向かって

「ちょっとー、高崎先生!いくら何でも酷いよお、乙女のお尻を平手打ちするなんてどういう趣味をしてるんですかあ!」

 と、物凄い剣幕で怒りだした。

 高崎先生はニコニコしながら

「あらー、田中さん、落ち着きましたかあ?」

「へ?」

「だってえ、あまりにも引き攣っていたからさあ、こういう時はショック療法が一番効果あるのよー」

「・・・たしかに・・・さっきまで目茶苦茶緊張していて自分が何をしていいのか全然分からなかったけど・・・今の一撃で何をすればいいのか分かったような気がする・・・」

「私も高校生の時にこういう舞台に立った事があるけど、よくあるのは指に『人』という文字を書いて、それを食べれば緊張しなくなるって言われてるけど、ぜーんぜん効果ないよ。そんな時にいきなりお尻を叩かれたから緊張状態を通り越してお怒りモードにまでなっちゃったけど、その事で『さっきまで何でガチガチになっていたんだろう?』って馬鹿馬鹿しくなって、ものすごーくリラックスできたんだよー。だからー、こういう時はいきなりお尻を引っ叩くのが一番だよー」

「へえー、勉強になりました」

「さあ、残りの人にもお尻ペンペンしちゃいましょうかあ?それとも、胸タッチの方がいいかしら?」

「えー、私どっちもいやだなあ」

「高崎先生、結構エッチねえ。」

「そうそう、なーんか、イメージ崩れちゃうー」

「「「「アハハハハ」」」」

「はーい、みんなー、笑顔が戻りましたねー。じゃあ、本番行ってみよう!!」

 いつの間にか、さっきまでメンバー全員がガチガチで演奏できるような状態ではなかったが、高崎先生の身を挺した演技でリラックスしている。これには山口先生も唖然としていた。

「おいおい、こんなやり方でいいのかよ!?」

「まあ、山口先生とは路線が違うって事じゃあないですか?」

「はー・・・あいつにはあいつのやり方があるって事だな・・・」

 それだけ言うと山口先生は普段の顔になって

「よーし、じゃあ、全員持ち場につけ!」

「「「ハイ!」」」

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