第120話 正真正銘の「両手に花」
6月の長い昼間も終わり外が薄暗くなるまで俺たちはトキコー祭の準備に奔走したが、相沢先輩が生徒会室に鍵をかけ今日の作業は終了した。俺たち『佐藤きょうだい』は朝の登校時とは逆で舞が1つ前の駅で降り、そこからは三人だけとなったが・・・さっきまでニコニコ顔だった唯が駅を出た途端に不満を爆発させていた。それも、普段よりも明らかに声が大きい。完全にイライラが募ってる証拠だ。
「たっくんさあ、ちょっと酷くない?」
「はあ?どういう事だ?」
「昨日から二言目には高崎先生、高崎先生って言ってるでしょ!いつのまに高崎先生に乗り換えたのよ!!」
「だーかーら、そんなのは唯の勘違いだ」
「どうせたっくんは絵里お姉さんみたいな年上の女性の方が好みなんでしょ!どうせ唯は下ですよーだ、フン!」
「たしかに姉貴は9つ上だけど、それと高崎先生は別問題だ。それに唯と俺は年は同じだ」
「年は同じでも唯は妹ですからね!年下と同じだから唯より高崎先生の方がいいんでしょ!」
「だーかーら、それは唯の勘違いだって言ってるだろ!」
「たっくんはぜーったいに年上の方がいいに決まってるわ!だから唯より高崎先生の方が好みに決まってる!しかもたっくんは大きい方が好みに決まってるわよ!!どうせ唯はぺったんこですよーだ!」
「そんな事はない!」
「じゃあ、唯の事が好きだって言いなさいよ!」
「ここで言うのかあ?藍もいるのにかあ!?」
「言えないなら高崎先生に乗り換えたって認めなさいよ!そうすれば唯はたっくんとは別れる!」
おいおい、勘弁してくれよー、もう殆ど言ってる事が目茶苦茶だ。完全に唯の目が血走ってるぞ。「マジで別れてやる!」と一瞬だけど本気で考えた。でも、それを言うと今度は藍が乗り出してくるのは見え見えだ。その証拠に藍はいつも通りニコニコして俺と唯の喧嘩を見ている。藍の顔に『そのまま喧嘩別れしろ』と書いてあるからなあ。
はー・・・結局はこれを言うしかないのか・・・。
「わーかったって・・・俺は唯の事が好きです。唯一筋です」
「そうそう、ちゃんと言えたわね。エライエライ」
そう言うと、唯は俺の右腕を左手で掴んで腕を組んできた。
俺は正直びっくりした。今までも口論になって俺が唯に平謝りした事は何度かあったけど、唯が腕を組んで、しかも藍がいる目の前で腕を組んだ事はなかったぞ!
「ゆーいー、藍がいるんだぞ。いいのか?」
「大丈夫大丈夫。お姉さんは唯とたっくんが付き合ってる事を知ってるし、それにもう暗いから周りの目も気にならないから平気よ」
「おいおい、本当に大丈夫なのかよ!?」
俺は藍の方をチラッとみた。藍は見た目はニコニコしているけど、少しこめかみのあたりをピクピクさせながら俺を唯を交互に見ている。つまり、藍も内心は面白くないのだ。絶対に後で俺に何らかの事をやる筈だ。どんな事をやらされるかと思うと俺も冷や汗が出てきた。
「あ、そうだ、特別サービスでお姉さんにもたっくんを半分貸してあげるよ。今ならたっくんの左側を貸してあげるから手を繋いでも腕を組んでもいいわよ。たっくんを練習台にしてデートの予行演習をすれば?」
おい、マジかよ!?唯のやつ、とんでもない事を言いやがって。俺との仲が進んだ余裕なのか?それとも骨折した事で藍に迷惑をかけたから詫びの意味か?どちらにせよ、とんでもない爆弾発言以外の何物でもないぞ!それにお前、藍が俺の元カノだって事を知らないからそんな悠長な事を言ってられるんだぞ!!
藍はさっきまでの表情をしたまま、一瞬、固まっていたが
「あらそう、じゃあ、今だけは私も拓真君の彼女になりまーす」
とか言って、藍も本気で俺の左腕に自分の右腕を絡ませてきた。しかも例の如くニコニコしながら俺にGカップを押し付けている。
「あー、お姉さんずるいー、それは反則よー」
「あら?拓真君を半分貸してくれるって言ったのは唯さんよ。だから今だけは拓真君の左側は私の物だから別に唯さんにとやかく言われる筋合いはないわ」
「あー、だったら唯もやってやるー」
「ぺったんこなんでしょ?無理しなくていいわよ」
「そんな事ないわ!唯だって立派な物があるわよ!!」
おいおい、勘弁してくれよお。通りすがりのサラリーマンたちが俺たち三人を見て引いてるぞ。俺だってこんな所を見られたくないし、それにもし俺を知ってる奴に見られたらなんと言われるか、とてもではないが正真正銘の『両手に花』を楽しめる状況ではなーい!!
結局、この『両手に花』は家に入る寸前まで続いた。俺は冷や汗をずっとかいていたらしく、玄関に入ってから気付いたが背中が汗でびっしょりになっていて、夕食前にシャワーを浴びるしかなくなっていた。
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