第118話 頼みたい事

 田中先輩は笑いながら「どうせならライブハウスを借りよう」とか言ったが、予算がある訳ではないので冗談なのは見え見えだ。だが、俺はタダで借りられる場所がある事に気付いた。

「山口先生、ジャズ同好会の大野先生に相談して小ホールを借りられないですかねえ」

 俺は結構本気で山口先生に言ったが、山口先生は否定的だった。

「・・・基本的に放課後の小ホールの使用はジャズ同好会に優先権があるし、それに木曜日はジャズ同好会の活動日だ。軽音楽同好会に小ホールを貸し出す理由が見当たらない」

 そう言うと山口先生は再びため息をついた。

 たしかに手頃にライブが出来る広い場所はもう残ってない。音楽室はかなり広いが吹奏楽部に優先権があるから無理なのは俺でも分かる。図書室は絶対に無理だし、食堂を放課後の部・同好会活動で使う事は禁止されている(俺たちのクイズ同好会は形式的には個人の集まりなので『趣味でクイズ合戦をやる』という理由で使っているに過ぎない)。

 となると、校内で堂々とライブが出来る場所は、屋外か、あるいは・・・

「あのー、山口先生、講堂を使えないですかねえ」

 俺はボソッと言っただけだが、これには田中先輩がびっくりした。

「えー、ちょっと待ってくださいよお。講堂を使うのは勿体ないよー。それに講堂は広すぎるからアンプの出力を講堂の音響設備につなぐ必要があるけど、うちのメンバーで設備の動かし方を知ってる人はいないよ」

「たしかに律子の言う通りだ。申請すれば許可が下りるのは間違いないが、会場の誘導や使用後の掃除、音響や照明の操作を誰がやる?まさかと思うが先生にやらせるつもりなのか?」

 だが、俺には心あたりがあった。

「2年A組でミニライブに行かない奴は一人もいません。歩美ちゃんは放送芸能同好会所属で、去年のトキコー祭では講堂の裏方をやってましたから設備の使い方を知ってますし、今年もやる予定になってます。そんなに難しい使い方ではないから歩美ちゃんに指導してもらえれば俺にでも、いや、間違いなく泰介なら歩美ちゃんから使い方を教われば出来るはずです。ライブなので椅子を出す必要はないからバリケードを設置するだけですし、藍や唯が言えばクラスの連中は間違いなく講堂の掃除をやってくれます。多分、歩美ちゃんに頼めば当日のMCもやってくれますよ」

 結局、講堂でライブを行う事だけは決定となり申請は山口先生が今日中に出す事になった。また、今日の放課後、トキコー祭実行委員会が終わった後に藍、唯、泰介、歩美ちゃんに来てもらい、田中先輩と山口先生、高崎先生と共に2年A組で打ち合わせする事になった。ただ、藍たちには同意を得てないので俺から話をする事になった。

 そんな訳で残り少ない昼休みのうちに藍たちに話そうと思い俺はA組へ急いだ。

 教室に行った時、藍たちは机をならべたままトークをしている最中だった。全員揃っているし丁度良いタイミングだから俺から話に割り込む形で話しかけた。

「おーい、ちょっといいかあ」

「たくまー、帰りが遅いからオレは退屈してたぞー。いくら山口先生の所へ行ったからって10分以上も何をしてたんだあ?」

「わりーわりー、実はみんなに頼みたい事が出来たんだ」

「「「「頼みたいことー?」」」」

 俺は藍たちにライブの事について簡単に説明し、是非協力して欲しいと頼み込み、藍と泰介、それと歩美ちゃんは即答で協力を約束してくれた。

 でも、唯だけは首を縦に振らなかった。最終的に藍が説得する形で唯も承諾したが、あまり乗り気ではなさそうだ。ただ、唯がいないとクラスの唯派の連中は協力してくれないだろう。山口先生やクラス委員の村田さんが呼びかけるよりは唯が呼びかけた方が効果抜群なのは間違いないのだから、ここは是が非でも唯にやってもらわねばならない。

 この話が終わった直後に予鈴が鳴ったから俺たちは机を元の状態に戻し、その後に5時間目の社会の担当である榎本先生が教室に入ってきた。

 だが、その榎本先生の授業が終わった後の休み時間に、唯はあからさまに不機嫌な顔をして俺に抗議してきた。

「たっくんさあ、どうして唯がライブの裏方をやらなければならないの?」

「どうして?って言われても、高崎先生の送別を兼ねているんだから、是非協力してやろうぜ」

「それは分かるよ。だけど、唯が言いたいのはそこじゃあないのよ」

「へ?」

「たっくんさあ、昨日からずうっと高崎先生の事ばかり話をしているし、高崎先生の事に夢中になって他の事が目に入ってないような気がするんだよ。今日の実行委員会はまた紛糾しそうな提案が入ってきてるし、多分舞ちゃんに協力してもらわないと時間通り終わらせる事が出来ないと思うよ。実行委員会が終わった後だって色々とやる事があるし・・・」

「なーんだ、そういう事かあ」

「『なーんだ』ってなによ!」

「おいおい、そんなに怒るなよ」

「怒りたくもなるわよ!」

 唯はとうとう本気で怒りだしてしまった。たまらずと言った感じで藍が仲裁に乗り出し、俺は唯に「気分を損ねさせて済まなかった」と謝り、また唯もちょっと感情的になり過ぎたと言って謝った。

 ただ、藍からは「唯さんの言うとおり、昨日から拓真君は高崎先生優先のような気がしてならないわよ。何かあったの?」と言われ、俺はギクっとした。たしかに俺は土曜日の事があって以降、唯との事で逆に悩んでいる。

 今の俺にとっての唯一の清涼剤ともいうべき高崎先生がいなくなるのだから、俺自身が不安に思っているのかもしれない。だからと言って、土曜日にあった事を藍に話す訳にもいかない。それは泰介や歩美ちゃん、さらにはクラスの連中や山口先生にも言える話ではない。

 だから俺は「すまん、俺も他の連中と一緒で高崎先生がいなくなる事でちょっと寂しく思ってたのは事実だ。そこは気を付けるよ」と言って藍と唯に謝り、なんとかその場は収まった。ただ、俺が藍と唯を誘った事でトキコー祭の準備作業に穴があくのは事実なので、今日の放課後の打ち合わせが終わった後に助っ人すると約束した。

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