第117話 爆弾発言

 それは朝のショートホームルームでの出来事であった。


 それは爆弾発言に等しかった。


「ミニライブでボーカルをやる事になりました」


 高崎先生がショートホームルームの最後にこう言ったので、教室中は大騒ぎになった。


 全ての発端は先週の金曜日、あの臨時職員会議があった日だ。

 あの日、高崎先生は臨時職員会議への参加義務がなかったので、山口先生が顧問をしている軽音楽同好会に顔を出した。山口先生がミニライブ厳禁を伝えてあったのでメンバー全員と高崎先生は1時間以上女子トークをしただけだったのだが、部長でドラム担当の田中律子先輩が「実習の最終日にあたる来週の金曜日に高崎先生送別ミニライブをやって、そこで高崎先生にゲスト出演してもらおう」といきなり言い出したらしいのだ。

 当然、高崎先生や他のメンバーは寝耳に水ではあったが、どういう訳か知らないがメンバー全員がやる気満々になってしまったらしい。

 高崎先生がトキコー軽音楽同好会の初代部長だと知っているのは、校内では山口先生と俺と藍しかいない。表向きは高崎先生はド素人なので「えー、ちょっと勘弁してくださいよー」と言って、やんわりと断ったのだが、メンバーの熱意に負けて「じゃあ、1曲だけ、ボーカルのみ」と承諾したのだ。

 ただ、実習最終日は色々とやらなければならない事が目白押しなので、その前日の木曜日に第二音楽室でやる事でメンバーと妥協が成立した。

 昨日の放課後にどれを演奏するかを決め、実際に一緒に練習もしたらしい。そして今朝のショートホームルームの最後に公表したのだ。

 ところが、顧問である山口先生は何も聞いてなかったので唖然としていた。山口先生に言わせれば「ロクな練習もせず、トークばかりしている連中が何故ミニライブを自分からやろうって言いだしたんだ?」と半信半疑であったが、山口先生自身が昼休みに田中先輩を呼び出して確認した所、事実だと判明して逆に山口先生が真っ青になってしまったのだ。

 たまたま俺は職員室にいたので山口先生のボヤキを直接聞く事が出来たのだが、高崎先生の教育実習初日に軽音楽同好会が予告なしでミニライブをやった際、旧校舎3階に大勢の生徒が押しかけ、結果的に藤本先輩だけでなく斎藤先生までもが乗り出したので風紀委員会顧問である斎藤先生から教頭先生経由で山口先生に注意があったのだ。山口先生自体は問題視してなかったので部長の田中先輩には特に指導した訳ではなく「風紀委員会の手を煩わすなよ」としか言わなかったらしいのだ。

 さすがに初日のように教室に生徒が押しかける事態はなくなったが、高崎先生の人気は今でも非常に高く実習終了を惜しむ声が特に男子を中心に起きているのも事実だ。時々トンチンカンな事を言ったり言伝ことづてを忘れたりするなど、おおよそ教師らしからぬ事をする時もあるが、それがかえって親近感を持たせてくれて男子だけでなく女子からの受けも非常にいい。

 その高崎先生が軽音楽同好会のミニライブにゲスト出演するという事になれば、今回は出演予告をしているから前回のように、いや、確実に前回以上の騒ぎに発展するのは必至だ。そうなると山口先生の責任問題になりかねない。

 山口先生の本音はミニライブの中止だったようだが、既に校内中を噂が駆け巡ってしまい、中止を言い出せなくなってしまったのだ。

「はああーーーーー」

 山口先生は珍しくため息をついたかと思うと考え込んでしまった。

「あのー、やっぱりわたしが生徒に乗せられちゃったのがいけなかったですよね。山口先生に迷惑を掛けてしまい、すみませんでした」

 そう高崎先生は言うと山口先生に頭を下げた。

「あ、いやー、これは高崎先生に責任はないぞ。むしろ律子を始めとしたうちの同好会メンバーが言い出した事だから、これはうちの問題だ」

 そう言って山口先生は高崎先生を庇った。表向きは山口先生は高崎先生の単なる指導役であるが、本当は従姉妹同士の関係であるから高崎先生を庇っているに過ぎないのは俺にも分かる。

「・・・放課後にミニライブを行う事は校則違反でもないし、自由な校風から見ても問題ではない。それに、3年前に『けいおんぶ』とかいうアニメが放送されて、去年の春には続編の『けいおんぶ!』も放送されて話題になったのも先生は知ってる。だが、うちの同好会はアニメ人気に便乗する形でライブを去年も一昨年も何回かやったが、予告して10人も集まれば大盛況という位のド素人かつ下手糞バンドなのはメンバー全員が認めてるんだぞ。それが、高崎先生がいるというだけでこうも注目されるとは先生自身も思ってなかったからなあ。だけど、折角本人たちがやる気になってるから実現させてやりたいが、前回の騒ぎがあるからなあ・・・」

 そう言うと再び山口先生はため息をついた。

 だが、俺はこの時『高崎先生の為にもミニライブを是非やりたい』という衝動に駆られ、身を乗り出して山口先生と田中先輩に

「山口先生!俺たちでミニライブを成功させましょう」

と提案し、三人に同意を求めた。

 田中先輩も山口先生、高崎先生も俺の熱意に押される形で同意し、とにかくミニライブを予定通り木曜日に行う事だけは決まった。

 だが、第二音楽室でやる訳にはいかなかった。既に2年A組全員がその場でミニライブに行くと言って大はしゃぎしていたし、弓道部やラグビー部は部長がノリノリで「当日は部活の開始時間を遅らせるから部員全員でミニライブに行く」と高崎先生に言ってきている始末だ。どう考えても再び風紀委員会、いや『トキコーの女王様』藤本先輩が乗り出してくるのは確実だ。

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