第112話 先月出来なかった続きをやろう

 今日は土曜日だが、珍しく五人揃って朝食を食べた。

 6月ではあるが今日は肌寒い。雨は降らない予報だが日が差す事はないようだ。風も少し強く、また、その事で体感気温はもう少し下がるだろうとも言っていた。

 だが、この後の予定は全員違う。藍は当初は何も予定がなかったのだが、昨日の夕食を食べている時に電話が入り、午前中から文芸部の2年生の女子だけが部員の家に集まってワイワイやるらしい。唯と母さんは病院に行くが、その後の用事はなく二人とも家で過ごす予定だ。父さんは今日は職場の人とパークゴルフをやる予定になっているので、食後まもなく出掛けるはずだがワゴン車は唯の通院で使うので軽自動車で行く事になる。

 ただ・・・俺は普段と違う予定なのだ。

 俺は2年生になってから、土日は毎回のように泰介の家、もしくは泰介と一緒に歩美ちゃんの家に行くかのどちらかしかしていない。だが、泰介から「頼むから今度の土曜日は歩美と二人だけにさせてくれ」と頭を下げられ、俺も同意したが代わりに泰介から『金田一君の事件簿』のコミカライズ版の小説を全巻借り、それを読んで過ごす事にしたのだ。だが、俺以外の四人はのが当たり前だと思っているから、誰も俺の今日の予定を聞こうとしない。まあ2か月も同じ事をやっていれば当たり前に思われているのかもしれないが。

 昨日、泰介の私物の鞄に入った状態で受け取った小説版は結構なボリュームがあったが、読み始めたら止まらなくなり結局俺は徹夜で読み続けていたのだ。

 一番先に家を出たのは父さんだ。間を空けず藍も家を出た。俺は形の上では母さんたちと一緒に家を出たが、俺の行先は泰介の家ではなくサコマだ。お菓子や飲み物を買う為であり、母さんも唯も全然それに気付いてなかった。

 だから菓子やジュースを買って家へ戻ったがその時には母さんも唯も出掛けてしまっていたから俺は自分で家の鍵を開け、再び鍵を閉めると自分の部屋でお菓子を食べながら続きを読んでいたが、さすがに徹夜しただけあって体がかなり重く、すぐに切り上げてベッドで寝始めた。

 俺が目覚めたのはお昼を少し過ぎたあたりだ。

 母さんに頼んで何か作ってもらおうと思い、俺は起き上がって部屋のドアを開けた・・・ら、ドアの目の前には唯がいた。しかも、唯は服を着ていない!いや、正しくはバスタオルだけの状態で階段を上がって俺の部屋の前を通って自分の部屋へ向かおうとしていのだ!

 俺も唯も一瞬だが何が起きたのか分からなくて二人共固まっていた。

 が、唯は状況を理解したらしく「何やってるのよ!!」と言って、いきなり左手で俺の右頬に全力の平手打ちを咬ますと「早く部屋に戻れー!このドスケベ野郎!!」と怒鳴った。

 俺は慌てて部屋に駆け込んだけど、大声で

「おい、唯、そんな恰好で何をしていたんだ?」

 と叫んだ。当然唯は怒鳴り声を上げ

「そんなの決まってるでしょ!ようやく足のギブスが外れたから久しぶりにシャワーしてたのよ!右手はタオルとビニル袋で包んで水がかからないようにしてたけど、それでも何とかシャワーして髪も洗えてドライヤーもしたわ。だいたい、たっくんは泰介君の所へ行ったんじゃあなかったの?どうしてここにいるのよ!!」

 と、完全にお怒りモードだ。

「いやー、今日だけは泰介から断られたんだ。その代わりに本を借りて昨日から徹夜で読んでいたんだけど、さっき出掛けたのはお菓子を買うためで、その後はずっと寝てたんだ。それでついさっき目が覚めたから昼飯にしようと思って部屋を出たら、目の前に唯がいたんだ。だから本当に偶然だから許してくれよお」

「・・・それは嘘じゃあないわよね」

「嘘じゃあないぞ。俺の部屋にはない小説版の『金田一君の事件簿』が大量にあるから、それを見れば分かる。だから信じてくれ」

「・・・じゃあ聞くけど、ずっと寝てたから唯が帰ってきた事に気付かなかったの?」

「そういう事だ。それに、俺の靴が玄関にある事に気付かなったのか?」

「・・・ゴメン、久しぶりにシャワーできるかと思って浮かれてたから全然確認してなかった・・・」

「じゃあ、俺だけの責任じゃあないから許してくれよー」

「・・・ごめんなさい・・・」

 しばらく沈黙が続いたが、俺はようやくスケベ野郎から解放されたかと思うとホッとしていた。だからそのままベッドに行って小説版の続きを読み始めた。

 その時、ドアがノックされた後にゆっくりと開き、唯が顔だけ出してきた。

「・・・たっくん、ごめん。唯が悪かった」

「いやー、俺も悪かった。それは謝る」

「・・・それにしても、すごい量の本だね。これ、全部借りてきた本なの?」

「そうだぞ。何なら唯も読むか?」

「うーん・・・」

 唯はそう言うとしばらく黙っていた。が、次の瞬間、ニコッと笑ったかと思うと

「あー、そうそう、さっき病院から戻ってくる途中にWcDから電話があって、お義母さんは唯を家に降ろしたその足でWcDに行ったわ。なんでもバイトの子が一人体調不良で休んだから、その穴埋めをお義母さんがやる事になったのよ。だから帰ってくるのは夕方よ」

「なーんだ、母さんはいないのか・・・」

 だが、ここで俺はある事に気付いた。

「・・・ってことは・・・まさかとは思うけど」

「そう、そのまさかよ」

 俺はこの瞬間、この唯の言葉が何を意味するのかを理解した。

 慌てて唯の顔を見たが、唯はニコッと微笑んだかと思うと

「・・・たっくん、先月出来なかった続きをやろう・・・」

 そう言って唯は部屋の中に入ってきた。

 シャワーをしてバスタオルだけになっている唯が俺の目の前にいる。その唯がゆっくり歩いてきたのだ。今、家の中には俺と唯しかいない。しかも、父さんも母さんも、それに藍も帰ってくるのは夕方だ・・・。

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