第111話 無事に終わったが・・・

 今日の実行委員会は非常に重苦しい雰囲気で行われようとしている。

 実行委員長の唯はあからさまに不機嫌な顔をしている。左手の人差し指で机の上に乗せた右手のギブスをトントンと小刻みに叩いていて明らかに苛立っているのが分かる。後方には松葉杖も立て掛けてあるが、足の方は明日の午前中に検査して問題ないようなら外して普通に歩けるようになる。

 唯の左にいる藤本先輩もムスッとした表情をして腕組みをしている。『トキコーの女王様』がいつ爆発して女王様の本性を現すのかと思うと、実行委員のメンバーも気が気でない。生徒会長の相沢先輩は無理して笑顔を作っているのがアリアリと分かる。本当は不機嫌なのだろうけど、自分のキャラを壊したくないのだ。

 つまり、生徒会三役が揃って不機嫌なのだから、実行委員にとっては『針の筵』状態だ。

 藍は『A組の女王様』を彷彿させるクールな態度を崩してないのでその心中を察する事は出来ないが、もしかしたら唯たちと同じ気持ちなのかもしれない。

 宇津井先輩と本岡先輩は申し訳なさそうな顔をしている。生徒会三役と実行委員の両方から板挟みにあっているようで、心なしか少し痩せたように思えるのは俺だけか?

 唯たちが不機嫌な理由は、今日の昼休みに生徒会執行部の6人と舞、黒田先生、さらには途中から斎藤先生と植村先生まで加わって各クラスと各部・同好会のイベントにおける人員配置計画を調査した結果にあるのは明白だ。

 俺は実行委員会が始まる前に藍からこっそり教えてもらったが、さすがの相沢先輩も唯もかなりご立腹だったが逆に藤本先輩は呆れていて、斎藤先生は今回もかなり激怒していて「本人を呼び出して説教してやる」と息巻いていたらしい。植村先生と黒田先生が「まあまあ」と斎藤先生を宥め、とにかく教頭先生に放課後事情を説明する事にしていたが、たまたま教頭先生が生徒会室に来たから事態は一変し、急きょ放課後に臨時職員会議が行われることになったのだ。

 そのため、今日の実行委員会は風紀委員室に変更されている。

 黒田先生は実行委員会がある関係で臨時職員会議には参加しない。それと、高崎先生は当たり前だが臨時職員会議に参加する義務が無いので、今日は軽音楽同好会の活動場所である第二音楽室に顔を出している。ただ、山口先生が「ミニライブを行ってはならぬ」と厳命したので、以前のように生徒が大挙して第二音楽室に集まるという事もない。

 今日は舞が参加している。形の上では1年B組の実行委員代理だが、どうやら相沢先輩と唯が1年B組担任である原田先生に頼んで今日は実行委員代理として参加してもらうよう手配したらしく、実行委員会が始まる前に本人から教えてもらった。

 俺と舞以外の実行委員は、唯たちが不機嫌になっている理由を知らない。だから『何があったんだ』と言わんばかりの表情で互いの顔を見合わせている。

 まだ全員が揃ってないので実行委員会が始められないが、元々開始予定時刻まではあと3分ある。でも誰も喋らないので非常に重苦しい空気が支配している。1年D組の実行委員と生徒会顧問の黒田先生はまだ来てないが、黒田先生は1年D組の担任でもあるので恐らくクラスの都合でまだ来てないのだろう。

 そして開始予定時刻から2分遅れて黒田先生と1年D組の実行委員の子が入ってきたので、2分遅れで実行委員会が始まる事になった。

「・・・では、2分遅れましたが実行委員会を始めます」

 そう唯が宣言して実行委員会が始まった。


 今回、実行委員会で使う資料はまだ配布されていない。それは黒田先生自身が冒頭に話をしてから資料を渡すと唯自身が開催前に宣言していたからだ。

 その黒田先生が立ち上がり、重苦しい顔をして話し始めた。

「・・・実行委員の皆さんは、昨日の放課後に藤本さんと佐藤藍さんが各クラスのトキコー祭当日の担当割り振り表を借りて行った事を知ってると思うが・・・」

 黒田先生はそう切り出し、一部の生徒の中にクラスのイベントや部・同好会のイベントのいずれにも参加せず、いわば何も役割が無い者がいた事が発覚したと言ったので、実行委員の一部から「ホントかよ!?」と驚きの声が上がった。しかも2日間で30分程度しか協力しない生徒も含めれば20人を超え、逆に2日間の大半をクラスイベントや部のイベントに張り付けの生徒も10人近くいて、その事が問題になって現在臨時職員会議で対応を検討していると説明した。

「・・・この事を踏まえて、この後の会議を進めて欲しい」

 そう言うと黒田先生は座り、同時に藍と本岡先輩が今日の会議に使う資料を配布した。

 藍たちが配布した資料は2年F組とG組の共催に関する提案と説明書、それに対する生徒会執行部の意見書、それと各クラスや部・同好会が今日の昼休みまでに出してきたトキコー祭の実行計画の修正に関する内容一覧と、計画修正に関するルール案、共催に関するルール案だ。当然、斎藤先生と藤本先輩の名前で出された提案書もある。

 前回、前々回の実行委員会に提出された分を含めて最終的に当初の計画を変更したクラス・・・いや、クラスは2年A組、3年A組、3年B組の3クラスのみ。ただ、3年E組の場合は資材を手配した業者側の都合により急遽一部修正を余儀なくされたという事情があり、実質的には当初と変わってない。

 この4クラスに共通している点・・・それは、全て生徒会執行部が所属しているクラスだ。それ以外のクラスは全部修正案を出したという事になる。

 部・同好会も同じような状況だ。部・同好会は、アニ研、男女の柔道部、文芸部、ミステリー研究会、スキー 部、スケート部、アイスホッケー部のみだ。

 ウィンタースポーツ部であるスキー部、スケート部、アイスホッケー部は元々展示だけだったから修正する理由がない。また、ミステリー研究会は予算そのものが減額されてしまっているので、これ以上の変更をしても意味が無い。柔道部も本当は男子も女子もコスプレしたかったようだが、唯が実行委員会開始前にこっそり教えてくれたが、斎藤先生と谷村先生が「絶対に認めない!」と言って、結局上野先輩たちも同意して修正は出さなかった。文芸部も本当は修正したかったようだが『A組の女王様』藍が所属している関係で文芸部長が尻込みをして逆に部員を説得する側に回ったという裏事情を昨日藍が教えてくれた。ただ、軽音楽同好会は山口先生がゲスト奏者として参加する事になったので変更申請しただけであり、実質的には以前と変わってない。アニ研は「震源地」なので変える理由がない。

 因みに俺が所属するクイズ同好会は予算そのものが無いので、当初から『何もやりません』という一文を書いた計画表を提出しているのでリストにすら載ってない状態だ。

 この後、唯が配布した資料の簡単な説明を行ったが、一部の実行委員から「2年F組とG組が共催せざるを得なくなった理由は、黒田先生が言ってた事が原因ですか?」という質問があり、黒田先生が「そうだ」とだけ答え、唯がますます不機嫌になったので、実行委員が生徒会三役が不機嫌になっている理由を初めて知った。

 生徒会側から出された計画修正に関するルール・・・であるが、既に今年の修正計画は出されてしまった状況なので、提案者を代表して発言した相沢先輩の言葉ではないが「本当は皆さまの承認を頂いて即実行に移したいのですが、既に修正計画が出されている状況では手遅れと言ってもいいでしょうね」という嘆きの言葉にすべてが集約されているように思えた。

 当然ではあるが実行委員の半数以上が「規則の範囲内で行われている事に関し、新たに規制すべきではない」として提案に反対し、唯や相沢先輩が押し負けそうになったが、舞が執行部側に立って懇切丁寧に論破する形になり最終的に執行部の提案通り承認された。

 2年F組とG組は既に共催前提で計画を作り替えてしまった為、今になって2クラス別々に戻すと現場が混乱するという理由で認められる事になったが、さすがに「1クラス分の内容を2クラス分の予算でやるのは如何なものか」という意見が多数を占め、鈴村と遠藤さんも同意したので生徒会側の意見通り2割増の予算という事で決着した。

 その他の提案も生徒会の提案通り、いや、正確には舞の提案通りに認める事とし、斎藤先生と藤本先輩の名前で提案されたトキコー祭規則の一部修正案、つまり「全員、クラスイベントに参加する事を義務付ける」提案は全会一致で可決され今年から実行される事になった。

 また、今年度の各クラスや部・同好会のイベントに参加してない事が発覚した生徒の処遇は職員会議の判断に任せるとの決議をつけて、今日の確認事項は少し予定時間をオーバーしたが生徒会の提案が全て通った形になった。

 この後は小休憩を挟んで来週の実行委員の予定の確認と各委員からの質問事項及び前回実行委員会で持ち越しとなった事項の回答と確認が行われ、これで今日の予定は全て終わりとなった。

 ただ、黒田先生から「今回、修正計画が一気に出された事で校正作業が半端なく増えてしまったから、次回からの実行委員会は結構なボリュームになるぞ。パンフレットとかの印刷が遅れるから結構ギリギリに近いからなあ。それと、来週からは火曜日も実行委員会があるから、忘れないでくれ」と発言があって、今日の実行委員会は終了となった。

 他の実行委員は各クラスに持ち帰る物、あるいは各部・同好会に渡す書類などを持って次々と会議室を出て行ったが、唯と相沢先輩、藤本先輩が舞の所へ行って揃って頭を下げていた。もし舞がいなかったら計画変更に関するルールは承認されなかったのだから、特に唯は舞に最大級の賛辞を贈っていた。

 今日の俺は唯たちの手伝いをする必要もないし、唯も「手伝ってくれ」と言ってないので、これで終わりだ。一度教室へ帰った後、『泰介から借りた鞄とその中身』を持って篠原たちと合流して1日遅れのクイズ同好会の活動を行い、日が暮れてから家に帰った。結果論から言えば俺が帰ったのは藍や唯よりも遅かったので、俺が帰ってきた段階で夕食となった。その後はいつも通りに俺はさっさとシャワーをした後に自室に籠り、泰介から借りた鞄に入っていた大量のを読み始めた。


 だが、『泰介から借りた鞄とその中身』が俺の人生の歯車を狂わせる事になるとは、この時には想像すらしてなかった。

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