第110話 この際だから

 結局、折茂先輩もボヤキはこの後も続いたが、それだと話が進まないので相沢先輩が無理矢理切り上げさせて話題を戻した。

「あのー・・・折茂君も上野さんも、それ以外の部の事は分かるの?」

相沢先輩はそれだけ言うと折茂先輩と上野先輩を交互に見た。だが、折茂先輩は相沢先輩にボソッツと

「・・・特に三年生はなにかと特権意識をもつ奴が多いけど、昔から続いてる風習はすぐには変わらんぞ。バスケ部は俺の代で断ち切りたいと思ってるが、その流れを未だにやっている部が多いという事だ」

とだけ言って沈黙してしまった。

 上野先輩もさっきまでの能天気な笑顔とは一変して暗い表情になり

「・・・さっきの柔道部の件も以前からあったみたいだよ。だから斎藤先生も谷村先生も『こんな事は二度と起こさせない』とか言ってたけど、これで断ち切れるかどうか分からない。どの部もレギュラークラスは真面目な奴が多いけど、いわゆる中途半端な立場にいる連中は色々な意味で腐りかけてる奴とか本当に腐った奴もいるからな。だから部長が呼び掛けても協力してくれないんじゃあないかなあ」

 と言ってため息をついた。

 ここで二人が沈黙してしまったので舞が相沢先輩にOKサインを出して二人には部の練習に戻ってもらい、再び生徒会室は俺たち5人だけになった。

「・・・それにしても、私も斎藤先生のボヤキは風紀委員会の会合で聞いてたけど、あんな事を他の部でもやってる奴がいるのか?もし発覚したら説教してやる!」

とか言って藤本先輩はいきり立っていたが相沢先輩が「まあまあ」と言って宥めた。

 唯は舞を見ながら

「・・・ところで、舞ちゃんは折茂先輩と上野先輩の話を聞いてどう思った?」

と話しかけたけど、舞は右手の中指で自分の眼鏡を少しだけ直し唯の方を向いて

「・・・この際だから、炙り出しましょう」

と言ってニコッとした。

 唯は言ってる意味が分からないらしく首をひねったが、藤本先輩が

「おいおい、末っ子はまさかとは思うが、全部の部とクラスの人員配置を調べるつもりじゃあないだろうな」

 と言って舞の方を見た。舞は当然と言った感じで藤本先輩の方を向いて

「どのクラスも今日までにイベントの担当割り振りが出来上がっている筈です。まあ、イベントを修正するにしても変更前の物がある筈です。会長が指示を出して明日の昼休み開始前までに生徒会室の持って来てもらうようにして、各部は生徒会顧問である黒田先生にお願いして持って来てもらい、それを見比べてみましょう」

「おい、本気か?勘弁して欲しいぞ」

 藤本先輩は口ではボヤいてたが顔を笑っている。つまり、藤本先輩もやる気だ。

 舞は相沢先輩と藤本先輩を交互に見ながら話を続けた。

「これはあくまでわたしの個人的意見ですが、部や同好会に所属してない人はいてもクラスには所属してない人はいません。ですから基本ルールとして『全員、クラスイベントには参加しなければならない』と決めてしまえばいいんですよ。さらに言えば各部・同好会は所属する部員のイベント配置予定を顧問から各クラスの担任に文書で報告する事を義務付けましょう。これだと全てのクラスと部・同好会がクロスチェックする事になりますから不正が発覚しにくくなります。当然ですが先生方の協力も必要になってきます。まあ、これを生徒会が提案というよりは、斎藤先生にお願いして『一部の部で上級生の不正があったので風紀委員会顧問として提案する』などという理由で藤本先輩との連名で出せば誰も表立って反対はできませんよ。こういう時は『虎の威を借りる狐』でいいと思います。斎藤先生に面と向かって反論できる生徒は『トキコーの女王様』くらいですかねえ」

 それだけ言うと舞はニコッとして藤本先輩を見たが藤本先輩は苦笑いしている。という事は藤本先輩には心当たりがあるという事だな。

 唯は舞の提案を聞いてしばらく考えていたが

「・・・あのー、相沢先輩、明日の実行委員会に舞ちゃんの提案を出してもいいですかねえ。どちらにせよ明日の昼休みに各クラスと特に運動部のイベントの人員配置を確認し、同時に黒田先生経由で斎藤先生に話をして、明日の実行委員会に斎藤先生と藤本先輩の連名で文書にて提案してもらうという形でどうしょうか?」

 そう言って相沢先輩に確認を求めたら、相沢先輩は首を縦に振った。

「そうだ、この際だから人員配置表のフォーマットを作って、それをどのクラスも部も使ってもらったらどうだ?それなら見易くなるから次からは確認作業も楽になるぞ。どうせなら佐藤拓真、お前が作ってみるか?」

 いきなり俺は藤本先輩に話を振られたからビックリしたけど、たしかに俺はさっきから何もしていないしアイディアも出してないから何かしないとここにいる意味がない。それに、唯も「たっくんはどうせクラスのみんなに手伝ってもらってるから暇でしょ?それならここで仕事してもらいましょう」とか言って俺にやれと言わんばかりの態度だ。

 仕方ないから生徒会室の備品のパソコンを使って2年A組の表を参考にしてフォーマットを作ってみた。途中から舞が俺の左に来て俺の表に色々と注文を付けてきて、さらに唯も加わって三人であーだこーだ言ってフォーマットを作り上げた。

 このフォーマットも明日の実行委員会で提案し、承認されたら校内ネットワークでダウンロード出来るように設定する必要があるけど、その作業は執行部の作業、正確には本岡先輩の仕事になるので俺の担当ではない。ただ、俺も少しだけど唯の手伝いが出来て、多少は存在感を示せたみたいだ。

「あのー、舞ちゃん・・・ついでに聞きたいんだけど、共催を認めるとして、どのような条件なら実行委員会で承認されそうか個人的意見で構わないから教えて欲しいなあ」

「それは私も思ってたところよ。あくまで個人的意見でいいから言ってみて」

 唯は舞に向かって少し困ったかのような顔で話しかけ、相沢先輩も唯と似たような表情で舞に向かって話しかけきた。どうやら相沢先輩も本当に困ってるんだろうな。

 舞は暫く沈黙していたが、やがて相沢先輩の方を見ながら

「・・・あくまで私見という事でお願いします。先輩たちの話しっぷりを見ていると、過去に前例がない事だというのは容易に想像できます。ただ、通常なら1クラスの人員でやれる内容を2クラス分の予算でやるという事になると、かなり豪勢な事をやれるというのは素人目でも分かりますから他のクラスからブーイングが出ますよ。実際、1年B組の予算はひっ迫してるので一部は個人の物で代用しているくらいですからね。それと、クラスイベントの人気投票で仮に共催したクラスが優勝した場合も問題になりますよね。そこで提案なのですが、2クラス共催を認める場合、使える予算は2クラス分ではなく、1クラス分にちょっとだけ上乗せした金額、まあ2割から3割程度でいいと思うんですけど、これなら2年F組もG組もウンと言ってくれると思うし他の実行委員も認めてくれると思います。それに学校側としてもお金の持ち出しが減るからメリットがあります。人気投票の賞品は昨年までは『クラスの人数×千円分のクオカード』を渡していたと記憶してますが、例えば最初から『クオカード4万円分』と決めてしまい共催のクラスが優勝しても同じというルールにしてもいいと思います。ただ、来年以降も共催を言ってくるクラスや部があると思いますので、何らかのルール案を作って、それを明日の実行委員会に2年F組・G組の提案と一緒に出してみてはどうでしょうか?」

 そこまで言うと舞はニコッとして唯の方を向いた。

 唯だけでなく相沢先輩も舞の考えに理解を示し、結局、俺もそれに付き合わされる形で舞を中心にルール案を作り、さらに2年F組とG組の共催提案に対する生徒会執行部の意見書や、なんとクラスイベント参加義務付けに関するの斎藤先生名義の意見書まで作り上げ、唯だけでなく相沢先輩や藤本先輩まで舌を巻いていたくらいだ。

 俺たちが舞を中心に明日の実行委員会の提出書類を作っている最中に藍が生徒会室へやってきたけど、俺と舞がこの部屋にいたので「あれっ?」という表情をした。が、相沢先輩が藍に事情を話した事で藍も納得し、その後は藍も一緒になって書類や資料作りをやった。宇津井先輩も本岡先輩も藍に遅れること30分くらいで生徒会室にやってきて、こちらも藍に倣って書類や資料作りを始めた。

 途中で黒田先生も生徒会室に来たが、唯と相沢先輩の二人と長々と話をしていた。結構深刻な顔をしていたので職員会議で共催に関して否定的な意見が多かったのだろう。その間に藤本先輩が藍を引き連れ『風紀委員会最強の女王様コンビ』が各クラスや部・同好会に出向いて名簿を集めに行った。一部の部や同好会は今日は活動日ではなかったが、活動していた部と同好会の全てから名簿を受け取ったというのだから、二人の女王様の力には感心させられた。

 6月とはいえさすがに夕日が差し込む時間になった頃、唯のスマホに母さんからメールがあり「まもなく学校に着く」という事だったので唯は車が到着した時点で帰る事になった。ただ、俺も藍も表向きは唯とは同居してないので唯と一緒に帰る事はせず、また唯も分かっているから一緒に帰ろうとは言わず、母さんが運転するワゴン車が学校に着いて母さんからの着信があった時点で唯は松葉杖を手に取って立ち上がった。唯の鞄は藍が持って行く事になったが、藍はもう一度ここに戻ってきてこの続きをやる事になる。

 明日の昼休みは執行部全員が生徒会室で食事しながら作業をする事になったので、当たり前だが俺は参加しない。ただ、唯が「舞ちゃんも来て欲しいな」と言って舞に参加を要請し、さすがに昼休みはミステリー研究会に断りを入れる必要がないので舞も快く引き受けてくれた。という事は明日の昼休みは『佐藤三姉妹』が初めて揃って校内でお昼ご飯を食べる事になる。もし噂が広まれば生徒会室に生徒が集まってくる可能性があるので、相沢会長以下、ここにいる全員がこれは絶対に言わない事を約束し、それを最後に唯は生徒会室を後にした。

 結局、俺たちは外がかなり暗くなるまで明日の準備や少し遅れていたトキコー祭のイベント準備作業をやっていて、俺も舞も最後まで執行部の助っ人として一緒にいた。相沢先輩が生徒会室の鍵を閉め、全員で南北線の駅までは一緒に言ったが、そこで宇津井先輩と本岡先輩が別れ、さらに大通駅で相沢先輩と藤本先輩とも別れて下車した。舞はいつも乗り込んでくる駅までは一緒に乗っていたが、当然だが舞の方が先に降りたので、そこから先は藍だけ・・・なので、当然、舞の姿が見えなくなった途端、藍は大胆にも車内で俺と腕と組んできた。おいおい、車内にはまだ結構な人数が乗っているのに、お構いなしかよ!?

 結局、藍はニコニコ顔で家につく直前まで俺と腕を組んで歩いていたが、さすがにそこから先はいつもの顔になっていた。

 とはいえ、藍と二人だけで登下校するのは今日で終わりのはずだ。明日の藍は風紀委員の担当であるし、放課後の実行委員会は俺たち三人は出る事になるが、それが終わった時点で俺は先に帰る。それに、唯の右足は既に殆ど痛まなくなってるから、土曜日の午前の診察で問題がなければ右足首を固定しているギブスが外せるので、そこから先は普通に歩けるようになる。何とか無事に乗り切る事も出来たし、間違いも起きなかった。俺は心底安心した。

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