第105話 たしか以前にも・・・

 その日の放課後、俺は唯の鞄持ちという形で生徒会室に行く事になった。藍は先に文芸部の方に行くとの事だったので、唯が俺に頼んだという訳だ。

 本当なら俺は篠原と長田の三人で伊勢国書店へ行って「クイズ同好会の活動」をやるつもりだったのだが、藍から強引に中止命令(?)が下されて、やむを得ず二人に昨夜のうちにメールで連絡して延期してもらった。当然ではあるが今朝も藍は家を出て最初の曲がり角を曲がった途端に俺と手を繋いで歩き始め、東西線に乗るまで続いたが、さすがに今日は車内で隣に座らされる事はなかった。ただ、明日の朝の藍は風紀委員の担当だし、月曜日からは唯が歩いて登校できるようになる筈だから、朝の地獄(?)は今日までで終わり、俺はある意味ホッとしている。

 俺は唯と一緒にエレベーターに乗って2年A組がある2階から生徒会室がある1階に降りようとしている。でも、なぜか唯は行き先ボタンを押さないから、ドアは閉まったけど動き出さない。

 周りには誰もいないし、当然ながらエレベーターに乗ってるのは俺と唯だけだ。ただ、唯は少し悲し気な目をして俺を見ている。

「・・・たっくん、最近、唯に嘘をついてない?」

「・・・何を」

「・・・最近、たっくんはお姉さんと一緒に登校したり下校したりしてるけど、そういう時のお姉さんの表情がいつもと違うように感じるのよ。それに、以前にも日直とかでたっくんとお姉さんが一緒に登校した時があったけど、その時も、出掛ける直前のお姉さんが表情がいつもと違っていたような気がする・・・唯に言えないような事をお姉さんとしてるんじゃあないの?」

「・・・唯の勘違いじゃあないのか?俺はむしろ藍に腰が引けてるぞ」

「・・・それならいいんだけど、信用置けないなあ」

「ゆーいー、それはちょっと酷いなあ」

「じゃあ、今からキスして」

「はあ?」

「出来ないなら唯の事よりもお姉さんの方が好きだって事なんでしょ!」

「そ、それは無い」

「じゃあ、しなさいよ」

「おいおい、誰かがエレベーターのボタンを押したらどうするつもりだ?」

「そういう事を言って、結局は唯とキスしたくな・・・!!!」

 俺は唯の唇を無理矢理自分の唇でふさいで黙らせた。唯もいきなりしてくるとは思ってなかったらしく、一瞬だが体が硬直した。

 俺が唯から離れると、唯は少し涙目になり

「・・・たっくん、ゴメン・・・唯、ちょっと言い過ぎた・・・もし機会があればお姉さんに謝るよ」

そう言って俺に頭を下げた。

「気にするな。今回の件だって不注意だったとは言え、唯は災難続きだからなあ。逆に言えば唯はよく耐えてると思うよ」

「ありがとう・・・これからも唯を支えてよ」

「分かった・・・それより、早く生徒会室に行こう」

「それもそうね」

 そう言って唯は『1』のボタンを押した。エレベーターはゆっくり動き出したけど、動いている間は俺はずっと唯の右肩に手を置いていた。唯はそれで安心したのだろうか、さっきまでのような目をしなくなったから俺も正直ホッとしている。

 でも、俺は唯に嘘をついている。それに唯はただでさえ精神的に不安定になっていたところへ自身にも災いが降りかかったような感じになり、ますます不安定になっているとしか思えない。唯が不安になるのも無理はない。

 ただ、藍の気持ちも俺は無視できない。このままだと藍も潰れるし、唯も潰れる。結局は不器用な俺が器用に立ち回って二人を支えて行くしかない。

 俺はドアが開く直前に唯の肩から手を離したけど、そのまま俺と唯は生徒会室へ向かい、俺は唯の鞄持ちが終わったら今日は図書室で待機・・・の筈だったが、この後の展開は俺もこの時点では予想できなかった。


「遅くなりましたー」

 と言って俺と唯が生徒会室に入った時、生徒会室には相沢先輩と藤本先輩、それと顧問の黒田先生がいた。

「あれー、宇津井先輩と本岡先輩は?」

「宇津井君はジャズ同好会、本岡君は将棋部に行ってるわよー」

 と相沢先輩が答えたけど、いつものような笑顔ではない。藤本先輩もムスッとしていてちょっと近寄り難い雰囲気を醸しだしている。

 唯もそれに気付いたらしく

「あのー、何かあったんですか?」

 と恐る恐る俺が訪ねたら、相沢先輩が

「丁度いい所にきたから、唯さんだけでなく佐藤きょうだいの兄貴もこれを見て欲しいわ。そして、遠慮なく意見を言って欲しい」

と言って、俺にも席に座るよう促した。俺と唯は並んで座り、ちょうど相沢先輩と藤本先輩の二人と向かい合う形になった。黒田先生は相沢先輩と藤本先輩の間に立っている格好だ。

「・・・それで、見て欲しい物ってなんですか?」

「・・・これよ」

 そう言って相沢先輩が俺と唯に見せた物は、トキコー祭の計画変更に関する用紙とA4の紙1枚で書かれた別紙というか説明書きであった。それを読み始めた唯の顔色が変わったのが俺には分かった。

「・・・これって、認められるんですか?」

 唯が相沢先輩に尋ねた。俺もこの文書の中身を見て、とてもではないが認められるとは思えないからだ。

 それに対し藤本先輩がため息をつきながら

「規則を読むと、『出来る』とも解釈できるし『出来ない』とも解釈できる。それにしても、2年F組とG組の実行委員も担任も、うまくトキコー祭の規則や通達の隙間を狙って計画変更を出してきたとしか思えないぞ。黒田先生も半分感心、半分お怒りと言った所で、私もみさきちも認めるべきかどうか悩んでいたのさ」

「佐藤唯さんは実行委員長であるし、拓真君も2年A組の実行委員だから無関係とはいえないので君たちの忌憚ない意見を聞かせてほしい。この後の職員会議でも議題に上るのは確実だが、最終的な決定権は実行委員会が持つ事になるから職員会議は意見を出す事は出来ても賛成か反対の決議をする事が出来んからなあ」

 そう言うと黒田先生もため息をついた。

 2年F組とG組が出してきた計画変更の用紙には、簡単に言えば両方のクラスで共同開催をしたいという提案だった。会場は自分たちのクラスではなく空いている特別教室を使って行い、予算はF組とG組の2クラス分を使い、クラスイベントの担当も2クラスで共同で行うという物だ。ただ、実際の運営はF組が中心になって行うとして、2年F組担任である植村先生とG組担任の清水宏康先生の署名入りで提出されていた。

 別紙にはこうなった経緯に書かれていて、F組もG組も、特にG組はイベントに必要な人員が各部のイベントに取られて確保できない、また、元々F組とG組はほぼ同じような内容を行う予定だったので、この際、共催の形にした方が運営がスムーズに行くと主張している。それに、2つのクラスで別々にやると同じような物を2つ購入する必要があるが共催にすれば1つで済むなど、コストの面でもメリットがあるので認めて欲しいと書かれていた。こちらにも植村先生と清水先生の署名が入っていた。

「・・・たしかにスポーツ特待生が集まるF組とG組は運動部に所属している人が圧倒的に多いので、部のイベントに参加する人も多い。しかも運動部は体育会系が多いから先輩から言われると後輩は断り切れないところがある。クラスイベントより部のイベントを優先する連中が多く出るのは否定できないと思います。俺はある意味、2年F組とG組の実行委員には同情すら覚えますよ」

「唯もそう思います。でも、前例がないので計画通り認めていいのか即答できないです。しかも、1クラスでやれる内容を2クラス分の予算でやるのだから、極端な話をすれば豪勢な事をやれますよ。他のクラスが黙って賛成に回るとは思えません」

「それは私もみさきちも危惧している。だが特に2年G組の窮状を考えると悩ましいんだ。仮に条件付き承認にしても、どのような条件ならば2年F組とG組だけでなく、それ以外のクラスの賛成が得られるのか分からないんだよね」

 ここで黒田先生は職員会議があるからと言って席を外し、この場には生徒四人だけが残った。

「・・・相沢先輩、とりあえず2年F組とG組の実行委員に話を聞いてみましょう。一体、どれくらいの状況なのかを聞いてから考えても遅くないと思います」

「あー、それは私もみさきちもすぐに思った。だが、話を聞いても結論を導き出せないのなら呼ぶだけ無駄だぞ」

「そうよね。かといって明日の会議に丸投げしたら、下手をしたら2クラスは批判の矢面に立つ事になるから、そうなったら彼らが可哀そうよ」

「・・・それもそうですね」

 そう言うと女子三人、つまり生徒会三役は揃って長いため息をついた。

 たしかに唯たちがため息をつくのも無理ない。難題が目の前にあって、しかも解決策が無いとなると・・・あれ?たしか以前にもこういう事があったような気がする・・・。

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