第101話 マジで勘弁して欲しいぞ その4

 が、今日は地獄だった。

 俺は続きを食べようとしてテーブルに座ったが藍は既に食べ終えていた。当然ではあるが藍はパジャマのままだ。

「拓真君、私もそろそろ着替えるわよ」

「あー、いいよー」

「じゃあ遠慮なく」

 と言って2階に・・・ではなく客間へ行った。しかも客間に置いてあった自分の着替えを持ってテレビの前に歩いてくるじゃあありませんかあ!

「藍!お前、何を考えてるんだ!!」

「べーつにー、普通に着替えるだけよー」

「だったら自分の部屋でやれよー」

「あらー、どこで着替えてもいいでしょ?」

とか言ってパジャマの上着のボタンを外し、本気で脱ごうとしたから俺は慌てて自分の部屋へ駆け込んだ。ヤバイ、本音を言うと今の俺は唯であろうと藍であろうと肌を見たら自分を制御できる自信がない。

 俺が藍と唯と一緒に住み始めて2か月が過ぎた。特に最近は唯の過剰なまでのスキンシップのせいで自分の制御が出来なくなりつつある。さすがに昨夜は藍と母さんがほぼ唯につきっきりだったので唯のそれはなかったが、藍の過激(?)なプレゼントも結構ボディーブローのように効いている。だが、それとは逆に、俺はきょうだいの崩壊を自分から招く事をしたくない。その自己矛盾が俺の葛藤となって、ますます俺自身を危うい状態に追い込んでいる。

 そんな俺の清涼剤ともいえるべき物が・・・いや、やめておこう。自分の事ばかり優先したら、きょうだいの崩壊を早めるだけだ。

 だが、そんな考えをしている時に部屋のドアがノックもなくスーッと開いた。

 おい待て、この家に今いるのは俺と藍だけだ・・・しかも、さっき藍は着替えのためパジャマを脱ぎ始めたはず・・・もし俺の想像が正しければ・・・俺は自分を抑える自信が無い!

「たーくーまーくーん」

 そう言うと藍はドアから顔だけを出して俺に声を掛けた。

「早くしないといつもの時間に出れなくなるわよ」

「あ、ああ・・・お、お前、まさかとは思うけど・・・ふ、服は着てるんだろうな?」

「さあ、どうかしら?見たい?」

「ちょ、ちょっと待て!お、俺は、そ、そのー」

 だ、駄目だ!俺は自分でも何を言いたのか全然分からない。完全にテンパっている!

 その俺のテンパる様子を藍は楽しむかのように小悪魔的な笑いをしたかと思うと、ドアを全部開けた。

「何を慌ててるのよ。ちゃんと制服に着替えたから安心しなさい」

 そう言って藍は部屋の中に入ってきたけど、本人が言った通りトキコーの制服を着ていた。俺をそれを見てホッとしたというか、逆に気が抜けたというか、自分でも分かるくらいに間抜けな顔をして藍を見ていた。

「拓真君、早く食べ終えて着替えないとホントに間に合わなくなるわよ!」

 そう藍にビシッと言われた挙句、あのクールな瞳で睨まれた俺は慌てて部屋を飛び出して行った。

 はー・・・マジで俺は藍の手のひらの上で踊らされる存在だな。

 俺は殆どかき込むようにして残ったパンとウィンナー、目玉焼きを食べ、冷え切ったコーヒーを一気に飲んで食器を自分で洗った後、再び駆け込むようにして自分の部屋へ戻り制服に着替えた。よし、これで普段通りの時間に出られる。後はお弁当とマグボトルを入れれば準備万端だ。そう思って俺は部屋を小走りに出て、小走りに階段を・・・いや、昨日の唯はこうやって小走りに階段を降りようとしたから足を滑らせて怪我をした。だから降りる時は慎重に・・・。

「おーい、藍、鍵は大丈夫か?」

 俺は階段を下りながら藍に話しかけた。

「ええ、大丈夫よ。間違いなく玄関以外はOKよ」

「よーし、じゃあ行くかあ」

 そう言うと俺は鞄にお弁当とマグボトルを入れ、いざ玄関へ・・・と思ったけど、藍はさっきからソファーに座ってテレビを見ているが、そこから動こうとしない。

「・・・おーい、藍、行くぞ・・・」

「・・・った」

「へ?何か言ったか?」

「足がいたーい」

「はあ?」

 おい、冗談だろ?俺の聞き間違いでなければ藍は「足が痛い」と言った筈・・・俺は耳を疑った。どういう意味だ?

 おいおい、冗談だろ!?

「あーいー、まさかとは思うけど、唯の真似をしてないか?」

「足が痛いのよー。だから拓真君が私をおんぶして玄関まで連れてって」

「さっき、俺の部屋まで歩いてきた奴が歩けないという事はないだろ?」

「ソファーに座ったら足が痛くなったのよー」

「唯の真似をして、足を怪我したフリをすれば俺が藍をおんぶするとでも思ったのか?それに、昨日は母さんが俺に唯を背負えと言ったからやったんだぞ」

「・・・唯さんには出来ても、真の彼女たる私には出来ないとでも言いたいのかしら?」

 そう言うと藍は俺の方を見てニコッと微笑んだ。

 はー・・・結局、俺は藍には逆らえない・・・お釈迦様の手の上で踊らされる猿と同じだな。それにしても藍も最近は妙に嫉妬深くなってきたなあ・・・。

「・・・・・」

 俺は黙って藍の前へ行き、背中を向けて片膝をついた。

「はあい、どうもありがとう!」

 そう言うと藍は俺の背中にダイブするかのように飛び乗ってきた。俺は危うく前へ倒れるかと思ったけど何とか踏みとどまって立ち上がり、黙って藍を背負って歩きだした。しかも俺と藍の鞄は藍が持っているから唯の時とは比べ物にならない位に重い。

 おそらく藍はニコニコ顔だ。明らかに雰囲気がいつもと違うぞ!普段の藍とは別人だな・・・それとも、これが藍の本性なのか?本当は甘えたいけど普段は我慢してるのか?

「・・・拓真君、一つ聞いていいかしら?」

「・・・何だ?」

「唯さんと私、両方背負ってみて、どっちの方がおいしいと思った?」

 おいおい、その「おいしい」って何だ?多分、背中に当たる感触の事を言いたんだろうけど、明らかに藍は自分だって言わせる為に聞いてきたとしか思えないぞ。分かり切った事を聞くな、と言いたいけど、それを言ったら藍が怒りだすだろうな・・・。

「・・・答えないと駄目か?」

「答えないと明日もこうしちゃうぞ」

「・・・藍だ」

「ありがとう!やっぱり真の彼女たる私を選んでくれたのね」

「はー・・・お前、これを俺に言わせたかっただけだろ?」

「さあて、何の事ですか?」

「・・・ったく」

 結局、俺は藍を玄関まで背負って連れて行った挙句、「靴が履けなーい」とか言い出したから靴まで履かせられた。しかも、毎度毎度のパターンではあるが今日は玄関を出る時から腕を組んで・・・雨上がりの道端でも藍は関係なく今まで以上に俺にFカップ、いや、Gカップを押し付けてくる始末だ。地下鉄に乗っても俺に「隣に座って欲しいなあ」とか言い出すから俺は黙って隣に座ったけど、座ったらすぐに俺と腕を組み始めた・・・さすがに次の駅に着く直前になって解放してくれたけど、何だかんだ言って俺が立ち上がる事を許さなかった。

 だから舞が乗り込んで来た時、一瞬だが舞は「あれっ?」という顔をして、そのまま俺の前に立った。そして、物凄い形相で俺を睨みつけると

「拓真先輩!唯先輩がいないからといって浮気は厳禁です!少しは唯先輩の気持ちを察してあげるべきです!」

と勘違いして俺を説教する始末だ。藍もわざとらしくため息をついた後に

「そうよね、唯さんがいないからと言って私に『おい、今日は唯がいないから俺が隣に座っていいか』とか言い出すから私も困っちゃうのよねえ。まあ、私も拓真君の押しに根負けした感じだけど、舞さんからもちょっとこの浮気男にガツンと言ってあげて頂戴ね」

なんて言い出すから、舞もますます怒りだしてヒートアップする始末だ。おいおい、俺じゃあなくて藍に説教してくれよお。

 やがて舞も落ち着いたらしいけど、ため息をつきつつ

「藍先輩、明らかに拓真先輩が鼻の下を伸ばしてますから本当だと思ってますけど、もし揶揄っていたらわたしも本気で怒りますよ」

「あらー、この前は冗談だったけど、今日は本当よ」

「ちょ、ちょっと藍、お前なあ・・・」

「たーくーまーせんぱーい!!」

「・・・はあい、すみませんでした。今後はやりません」

「分かればいいです!今日は見逃してあげますが、でも、このままだと内山先輩や中村先輩にも変な目で見られますよ。立った方がいいんじゃあないですか?」

 そう言ってから、ようやく舞は普段の顔に戻ってくれたが、舞の怒った顔を見たのは初めてだ。こいつも怒らせると結構怖いな・・・

「あら?この際だから舞さんも拓真君の隣に座る?それなら拓真君がますます鼻の下を伸ばすから面白い事になるかもよー」

「あー、それはいいですね。じゃあ、わたしは拓真先輩の右に座らせてもらまーす」

とか言って、藍の口車に乗せられて舞は本当に俺の右に座りやがった。しかもニコニコしている。

 もしこの現場を藍派会長を自認している内山が見たら俺は何と言われるか・・・それに中村や堀江さんも何と言いだすのか、俺は想像しただけで恐ろしくなってきた・・・。

 マジで勘弁して欲しいぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る