崩壊の序章

第96話 今日から夏服

 昨日、唯は帰宅してからずっとムスッとしていた。藍はそれを宥めるのに必死だった。


 今日から6月だ。今月末にはトキコー祭が控えている。そのため、本来ならゴールデンウィーク明けの第1回、第2回実行委員会で決定した事項を各クラス、各部・各同好会が準備して、既にかなり進んでいるのが当たり前なのだが・・・先週の金曜日に一部のクラス、部・同好会が計画の一部修正を申請し実行委員会で承認されたが、実行委員会が終わった後の生徒会室で執行部のメンバー6人全員が悲鳴を上げた。

 具体的には1年A組、2年B組、2年D組、2年E組、3年G組。さらに書道部と茶道同好会がトキコー祭でのイベント計画の修正申請を出してきたのだ。

 しかもの申請だ。

 事の始まりは一番最後に計画表を提出したアニ研、つまりアニメ&マンガ研究同好会が生徒会の女子4人にメイド服のコスプレをさせる計画を申請し、それが承認されたからだ。

 アニ研は昨年までのような展示を縮小し、その残った予算と今年度の同好会活動費を使って話題のアニメのメイド服を購入して、しかもトキコーの至宝ともいえる生徒会三役(実際には藍も含めれば4人)の美少女を自分たちの広告塔に仕立て上げたのだから、他のクラスや部・同好会から見たら羨ましい限りだ。ただ、生徒会長の相沢先輩は元々アニ研の部長だから、実際には藤本先輩と藍、唯を広告塔に仕立て上げたと表現するのが正しいかもしれない。

 だから一部のクラスや部・同好会は、特に女子がコスプレする衣装のレンタル費用を捻出する為に当初のイベントを縮小する動きを見せ始め、中間テストが終わった段階で加速した。

 前々回の実行委員会で3年F組がクラスイベントである喫茶店を『メルヘン喫茶』として修正申請し承認されたので、他のクラスが「このままだと3年F組だけに話題が集中する」と埋没する事を恐れ、前回の実行委員会に合わせて次々と出してきた訳だ。

 もちろん、計画の修正は規則の範囲なら違反ではないし、予算の使い方は各クラスや各部・同好会の権限だから生徒会も規則違反でない限りは口出しできない。ただ、こうも修正・修正が続くと生徒会や実行委員会の作業が滞ってしまうのも事実だ。

 最初にキレたのが実行委員長でもある唯だ。さらに藤本先輩までもが「私のメイド服を見たいと言ってる連中が自分もコスプレするとはいい度胸だ」などと訳の分からない屁理屈を言い出し、とうとう「計画修正を認めるべきでなーい!今日の実行委員会の決定は無効だあ!!」と本気で怒りだした。そのため藍に言わせれば金曜日の生徒会室は大荒れだったらしい。藍と本岡先輩が唯を、相沢先輩と宇津井先輩が藤本先輩を、それぞれ必死になって宥め、なんとか怒りが収まったのでその場で計画修正に関するルール案を作り、次回実行委員会で提案する事を確認した。

 生徒会が提案しても実行委員会が承認しなければ規制を掛けられない。まあ、反対するだけの大義名分がないので承認されるのは間違いないと思われるが、ただ、この情報が漏れてしまった事で駆け込みで修正計画を出すクラス・部・同好会が出るのが確実で、混乱に拍車がかかりそうなのだ。

 情報漏れの原因が昨日の風紀委員会での「トキコーの女王様」の何気ないボヤキの一言だったので誰も本人に文句を言えないのが辛いところだ。唯一文句を言える立場であり親友でもある相沢先輩も藤本先輩に同情するくらいだから、当然唯も沈黙せざるを得ないが内心では藤本先輩に文句を言いたかったのだろう。昨夜の態度がそれを示している。

 幸いにして我が2年A組は当初の計画通りに行う事を既にクラスとして決定しているから問題ないが・・・とは言いつつも、俺自身の不手際もあり、結局は泰介や歩美ちゃんが俺のサポートをしている現状では唯も安心して見ていられないというのもあるだろう。


「はーーーー」


 唯はさっきからため息ばかりつきながらクロワッサンを食べている。これでもマシな方だ。昨日の夕食は食べている最中ずっと藤本先輩を愚痴っていたし、風呂から出た後は藤本先輩だけでなく相沢先輩への愚痴も混じっていたから、一晩で少しは怒りが収まったのだと思うが、それでも唯にとっては憂鬱なのだろう。藍は唯ほどに責任ある立場ではないので気は楽なのだが、それでも同じ生徒会執行部の一員として唯がへそを曲げられると色々と困るので、昨日は唯の愚痴に付き合いつつ懸命に唯を宥めていたのも事実だ。

 父さんは昨日の朝から東京の本社へ出張中だ。新千歳空港には地下鉄とJRで行き、明日の夜に帰宅予定だ。今日の母さんは仕事が休みなのでいつものように動き回っている訳ではないが、それでも洗濯をしたり片付けをしたりして結構忙しそうに動き回っている。でも、俺たちのお弁当を既に作ってあるのはさすがだ。

 唯の愚痴がため息に変わったので藍も今朝は静かだ。ただ、唯に合わせるかのように時々ため息をつくという事は、藍にとっても憂鬱なのだろうな。

 そんな藍と唯もようやく朝食を食べ終え、着替えの為に俺たちは部屋へ戻った後、俺は一番先に部屋から出て階段下で二人を待つ形になった。

 6月になったので当然制服も今日から夏服だ

 俺たちトキコーの冬服は赤が基調のブレザーと同色のチェック柄のスラックス・スカートだが、夏服は青が基調のチェック柄だ。でも、指定のシャツ・ブラウス、ネクタイは夏も冬も変わらず、学校指定のサマーセーターはあるが着用義務はない。でも、今日の俺はサマーセーターを着込んでいる。それは今日は少し肌寒いからだ。しかも夜からは雨予報である。

 次の降りて来たのはいつも通りではあるが藍である。やはり藍もサマーセーターを着用している。因みにこれでも寒いと思うなら適当に1枚着用しても構わない校則になっているが『あくまで高校生らしい物』に限られる。

「おーい、唯はまだかあ?」

 俺は階段を下りてくる藍に話しかけた。それに対し藍は俺の前に来てから

「まあ、いつも事だけど着替えが終わった後にドタバタやってたわよ。多分、昨日とは別のヘアピンを付けたくて探しまくっているんでしょうね」

 と隣の部屋の様子をサラッと説明した。

「あいつ、いくつヘアピンを持っているんだ?」

「さあ、私も聞いた事があるけど、かなりあるとしか教えてくれなかったわよ。10や20では済まないはずよ」

「勘弁してほしいぞ。ほとんどヘアピンコレクターになってないかあ?」

「そうかもね」

 その時、2階のドアがバタンと開いた音がした。ようやく唯が部屋から出てきたのだ。

 廊下をドタドタと小走りして階段の所へ行って、そのまま

「ごめんごめーん」

 と言って階段をドタバタと駆け下りて・・・と思ったら

「キャーーー!!!」

 階段を半分くらい降りた所で足を滑らせて下まで滑り落ちてきたのだ!しかも、滑り落ちてくる間はスカートの中が丸見えだ。今日の色は・・・失礼、これは秘密だ。

 たまらずといった感じで藍が俺の右胸に左手で肘打ちを食らわせ

「たーくーまーくん!いい加減にしなさい!!スカートの中を見るなんて最低よ!!!」

「そんな事を言われたってえ。これは不可抗力だぞ」

「不可抗力だか何だか知らないけど、マジで最低よ!」

「わーかったよ。ゆーいー、頼むからスカートを直してくれ」

 唯は未だに起き上がってこないけど、俺が言い出す前に左手で自分のスカートを直してくれた。これでようやく俺も唯をまともに見る事が出来るようになった。

 藍は俺の抗議を無視し、起き上がらない唯に例のクールな瞳に少し怒りが加わったような声で

「唯さんも唯さんです!もっと落ち着きなさい、それでも生徒会の副会長ですか?いい加減にしなさい!!」

 と、唯に説教している。


「・・・った」

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