第95話 トキコーの看板ともいえる存在

 だが、時間は待ってくれない。俺たちはいつも通りの時間に地下鉄の駅に着き、いつも通りの東西線のホームでいつもの電車がくるのを待っていた。そしていつも通りの時間にきたのでいつも通り乗り込んだ。

 俺の苦悩を察したのか、東西線に乗り込む時に藍が俺に小声で

「大丈夫よ。舞さんを信じましょう。私は彼女が次の駅で乗ってくると信じてるわ」

と俺に声をかけた。その顔はいつものクールな笑みではなく、自然な笑みだった。当然、唯に気付かれると色々な意味でマズいので一瞬だけだったが、それでも藍の気遣いに俺は少しだけ気持ちが楽になった。

 そして次の駅に到着した。俺は舞が乗ってくるのか心配になった・・・が、普段通り舞は乗り込んできた。そして、何事もなかったかのように俺の横に立ち、藍や唯と会話している。その会話も以前と変わらず、時々いたぶるように俺を揶揄うのも以前と変わらない。

 俺は心底安心した。あまりにも緊張感を失ってしまったから、藍に「拓真君、何を朝から鼻の下を伸ばしているの?ひょっとして久しぶりに三姉妹が揃うって分かってたから昨夜は変な妄想をしてたから寝付けれなかったんじゃあないの?」と揶揄われ、唯や舞も同調して俺を揶揄った。藍の奴、本当の理由を知ってるクセに俺を揶揄うんだから、結構意地が悪いぞ。

 そのまま内山たちが乗り込む駅に到着して三人が乗り込んできたけど、俺たち四人が揃っているのを見ると「おー、久しぶりに『佐藤きょうだい』四人揃ったのを見て安心したぞ」と言って、今日は珍しく七人で話しながら大通駅まで乗っていた。

 俺たちは大通駅で東西線を降りて南北線に乗り換える。その途中にあるエスカレーターを昇る時は、いつもの通りだが後から乗り込んできた内山たちが先に行き、その後を藍と唯が並んで乗り、俺と舞が最後に並んで乗るだが、舞がこのタイミングで俺に小声で喋りだした。

「拓真先輩・・・ちょっと話したい事があります」

「・・・ああ、構わん。昨日の事か?」

「・・・そうです・・・正直、今でも後ろから唯先輩の頭を叩きたいという気持ちがあるのも事実です。でも、そんな事をしたら拓真先輩が悲しみます。だから、私は拓真先輩のお願いを聞き入れて唯先輩をサポートします」

「・・・スマン、お前の気持ちを無視するような事を受け入れて感謝する・・・」

「謝らなくてもいいです。元々「ぼっち確定」だったのを救ってくれたのは拓真先輩であり藍先輩であり唯先輩です。わたしが『佐藤三姉妹の末っ子』と言われるようになったのも、この二人がいたからです。ただ、わたしは思うんですけど、拓真先輩を独り占めしたいという欲張った考え方をしていると、いつかはこの二人からも見捨てられるんじゃあないかなあってね。だから、わたしはこうやって拓真先輩の近くにいられるだけで十分だって割り切る事にしました」

「・・・スマン、お前に辛い思いをさせたのは俺だ」

「だーかーら、気にしなくていいです、これはわたし自身の判断です。それに、恐らく昨日聞かなかった半分に藍先輩と拓真先輩の間の重要な秘密が隠されていると思いますが、それを知ったら逆にわたしは不幸になると思います。だから、わたしは今の立場のまま、あくまで佐藤三姉妹の末っ子という立場で拓真先輩のそばにいる事にしました。もし唯先輩と拓真先輩が本当に別れ、さらに藍先輩が拓真先輩を選ばないって決めた時には、わたしは拓真先輩に改めて告白する事にします」

「・・・分かった」

「・・・唯先輩が精神的に不安定なのは、恐らく相次いで家族を失った事が原因だとは思います。昨日、拓真先輩がその話をした時に藍先輩は「あっ」という表情を一瞬ですがしました。その後の藍先輩の態度から見て、唯先輩は誰かが自分の前からいなくなる事を極端に恐れているという拓真先輩の考えは、藍先輩も同じように考えていると思って間違いないと思います。わたしがいなくなる事で唯先輩が壊れてしまったら彼氏たる拓真先輩にとってもマイナスでしかないですし、拓真先輩が不幸になるという事はわたしにとってもマイナスでしかありません。だから拓真先輩の為にも、唯先輩のそばにいる事にします」

「・・・ありがとう」

「・・・いつかわたしにスナバでコーヒーを奢ってくださいね。お礼はそれで十分ですよ」

「お前、本当に欲がないなあ」

「欲は身を亡ぼすって悟りましたから」

 そう言うと舞は俺に笑顔を見せた。

 そのまま俺たちは南北線に乗り込んだが、今日は佐藤三姉妹そろい踏みである事に気付いて歓声があがった。この車両に乗り込んでいる連中のほとんどは水色ネクタイ、つまり2年生だが、赤色ネクタイや緑色ネクタイ、つまり1年生や3年生もチラホラと見られる。最近はこの車両のトキコー率がどんどん上がっていると感じるのは俺だけではあるまい。そして、南北線を降りてトキコーへ向けて歩き出してからも、水色ネクタイの集団は俺たちの周囲から離れない。その数は駅から地上へ出ると倍くらいまで膨れ上がる。男子の方が多いが、女子も相当な数がいる。

 そう考えると、いまやこの三人はトキコーの看板ともいえる存在なんだなあって改めて思わされた。

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