第94話 一抹の不安
昨夜、俺はほとんど眠れなかった。その理由は・・・藍の置き土産以外の何物でもない。
ついつい興奮して張り切りすぎた、と正直に白状しよう。さすがに目の下にクマを作る事はなかったが結構頭がガンガンするくらいの寝不足で、いつものように母さんが俺の布団を引き剥がしに来るまで寝ていた。当然だが藍は俺を起こしに来ないし、唯は事情を全く知らないから起こしに来ない。母さんの怒鳴り声を聞いて起きてきた俺を見て笑うのは、もはや我が家の朝の一コマになりつつある。
そんないつも通りの朝食を食べ終わり、俺は制服に着替えて下に降りたら既に藍は制服に着替えてテレビを見ていた。唯の方は相変わらずドタバタやっているから、ヘアピンを探しているのだろうか?母さんは洗濯や片付け、掃除に忙しくてここにはいない。
「あら?思ったより早かったわね」
「俺は唯のようにヘアピンがどうのこうのというような拘りがある訳じゃあないから普通に制服を着るだけだ。それに俺が一番最後だと唯の方が逆に文句を言ってくるからさっさと降りてくるに限る」
「それもそうね。ところで、プレゼントは受け取ってくれたかしら?」
「あーいー、かなり過激なプレゼントだったし、だいたい俺を窒息死させるつもりか?」
「あら?あまりにも興奮して呼吸するのも忘れてしまったの?」
「はー・・・お前、わざとやったな」
「さあて、何の事ですか?」
「勘弁してほしいぞ」
「あ、そうそう、Fでよければ沢山持ってるからいつでも言ってね。唯さんは一生使わないだろうから何なら全部拓真君に譲ってもいいわよ」
「藍!マジで勘弁してくれ。唯に見つかったらどう説明すればいいのか俺には分からないぞ?」
「そんなの簡単よ。『俺は大きい方が好きだ。だから唯、俺と別れてくれ』と言えば済む話でしょ?」
「・・・お前、本気で言ってるのか?」
「冗談に決まってるわ。だいたい、そんな事を言ったら唯さんがヒステリーを起こして、その瞬間に壊れるわ。だからさっきの話も当然冗談よ」
「ったくー」
「ほら、唯さんがようやく降りて来たわ。もうそんな話は終わりよ」
「それもそうだな」
唯はようやく降りてきたが、昨日とは違うヘアピンを付けて登場だ。その日の気分によって色や形を変えているが、今日は小学生が使っているような可愛い猫キャラのヘアピンだ。このヘアピンは久しぶりに見たような気がする。多分、2年生になってからは初めて使うはずだ。
「おーい、唯、今日は可愛いヘアピンを使ってるけど、何か意味があるのか?」
「別に深い意味はわないわよ。ただ急に使いたくなったから探すのに時間が掛かっただけだよ。1年生の時には時々使っていたけど、最近は使ってなかったからね」
そう言って左手でヘアピンを少しだけ付け直した。そのあたりの仕草や喋り方も、まさに妹キャラを地で行く『A組の姫様』の面目躍如といったところだ。
「まあ、そこが唯さんの可愛いところだと思うわ。じゃあ、そろそろ行きましょうか?」
「ああ、そうしよう」
「うん、じゃあ、行こう!」
「かあさーん、じゃあ、行ってくるよー」
俺は洗濯物を干している母さんに声をかけた。母さんはドアから顔だけを出したあと
「忘れ物はないわよね。じゃあ、三人とも気を付けていってらっしゃい」
「「「いってきまーす」」」
そう言うと、俺たちは久しぶりに三人揃って家を出た。という事は唯は優等生の、そして藍の妹としての顔で登校だから俺に甘える事はない。藍もそれを分かっているから、いつも通り唯とおしゃべりをしながら地下鉄の駅に向かっている。
だが・・・俺には一抹の不安がある。そう、舞が次の駅で乗り込んでくるのだろうか?もし舞が俺たちと一緒に登校しなくなり、学校でも俺たちから離れるような事があると唯が暴走しかねない。かと言って舞に無理強いも出来ない。本音では唯を憎んでいるはずだから俺の身勝手な要望を受け入れてくれる可能性は低い。
俺は一歩進むたびに不安に駆られ、昨日に戻りたくなる。もっとうまく舞を説得できたんじゃあないのか、あるいは舞を泣かせる事なく穏便に事を済ます方法があったのではないか、そんな思いが頭をよぎる。
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