第87話 何らかの決意

 藍はメールを見た筈だったが、最初は何もリアクションを起こさなかった。ただ、3時間目の休み時間、丁度唯が教室にいない時に藍から「私がメールでGOサインを送るから、その後に拓真君は指示通り講堂の裏へ行ってね。もし私が睨んだ人物だったら途中で乱入するけど、そうでなかったら乱入しないから、あとはあなた自身が判断しなさい。なんなら本気で唯さんからその子へ乗り換えてもいいわよ」と直接言われたが、後半の部分は明らかに冗談口調だというのがアリアリと分かった。つまり俺に「ごめんなさい」と言えと暗に脅迫している。

 放課後は藍も唯も生徒会執行部として活動がある。それにトキコー祭が近づいているから、唯は絶対に生徒会室に籠っているので講堂の裏に来る事は考えられない。おそらく藍は「文芸部の方に行ってくる」とか言って生徒会室を抜けだすはずだ。だからあまり早く講堂の裏に行っても仕方ないのは分かる。俺は教室で30分近く待っていたが、藍から「いいわよ」とだけメールが入ったので、俺は講堂の裏へ向かった。

 俺はさっきから講堂の裏に一人で立っているが、誰も来ない。既に10分経過した。俺たちA組はB組からG組よりも1時間授業が多いうえに、30分近く教室で待機していたから、手紙を差し出した女の子は諦めて帰ってしまったかもしれない。

 さすがに俺も心配になった。このまま30分待っても誰も来なかったら悪戯だと思って帰ろうと決めたが、その時、後方から誰かが歩いてくる気配がした。

 俺は後ろを振り返った。が、歩いて来た人物を見て腰を抜かしそうになったのだ!

 歩いて来たのは・・・舞だ。しかも、明らかに何らかの決意を秘めたような顔をしている。

 舞が脅迫ラブレターを送り付けた犯人だとは到底思えない。という事は先週の金曜日の「俺が彼女と大喧嘩をした」という話を真に受けたに違いない!!しかも舞の行動の端々には、俺に好意を持っていると思われる物があるのは分かっていた。だからあの時に「先輩と喧嘩するような彼女さんとはさっさと別れるべきです」などと言ったのはマジだったんだ。しかも俺と唯が今週になって一緒に登校していない事、校内では俺と唯の会話がぎこちない事から、俺の喧嘩した彼女=唯と感づいた可能性大だ。推理小説好きで、与えられた情報を元にして正確な答えを導き出す事に長けた舞は、俺と唯が分かれた事に気付き、昨日の放課後に俺の靴箱に手紙を入れて以前の唯のように勝負を掛けたに違いない!

 さすがの藍もここまで予想できたのだろうか?

 だが、俺は唯と喧嘩をした訳でもないし、仲が悪くなった訳でもない。意図的に藍が俺と唯を一緒に登校させていないだけだ。そうなると舞には申し訳ないが丁寧に断るしかない。舞の心底がっかりした顔を浮かぶが、それも仕方ない。

 だがそうなると、真犯人は誰だ?さすがに明日も唯を騙せるとは思えない。それなら舞に素直に謝っておくしかないのか?

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、舞は俺から3歩といった所で止まった。でも、そのまま舞は顔を伏せてしまった。

 そしてしばらくは顔を伏せていたが、やがて覚悟を決めたのか、舞は顔を上げ、真っすぐ俺の方を見た。

「拓真先輩・・・待たせてしまってごめんなさい・・・拓真先輩の本気度を試したくてしばらく見ていました」

「あ、ああ・・・別に構わん」

「そ、それで・・・手紙を見てくれたんですよね」

「・・・見た」

「じゃ、じゃあ、わたしがここで何を言いたいのかも分かりますよね」

「・・・分かる」

「そ、それじゃあ、彼女と別れたんですよね。唯先輩と別れてくれたんですよね!」

「そ、それは・・・」

 俺は返事をすべきか迷った。だが、本当の事を言わねば唯に申し訳ない。だから素直に言う事にした。

「お、おれは・・・」

「拓真君、その続きを言う必要はない!あなたの出番はここまでだから続きは私が言うわ。それに、あなたには拓真君の返事を聞く権利はないわ!そうよね、舞さん。いや、佐藤舞!!」

 その言葉に俺も舞もびっくりして講堂裏にある茂みの方を見た。

 木立の裏から風紀委員の腕章を付けた藍が出て来た。風紀委員の腕章をしているという事は・・・藍は『舞が俺に脅迫ラブレターを送り付けた犯人だと確信している』事になる。

 だが、俺は信じられない。舞が犯人だとはとても思えない・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る