第86話 とうとう来たか
だから藍も少し焦りの色が出て来た。
そして水曜日、藍は風紀委員として早く行く必要があるが今日は色々と駄々をこね、頼み込む形で唯と二人で登校した。唯は少しご機嫌斜めだったけど「後でサコマのスイーツを奢るから」と言って無理矢理に唯のご機嫌を取って連れ出したのは事実だ。でも絶対に藍はそのスイーツ代を俺に請求するつもりなのはバレバレだ。だから俺はこの話を聞いた時に思わずため息をついた。
俺は普段通りの時間に家を出たから、今日は舞と二人だけで登校する事になる。間違いなく初めてのパターンだ。舞が「佐藤きょうだい」「佐藤三姉妹の末っ子」として有名になってから1か月くらいになるが、さすがに舞と登校した事だけはなかった。
俺は正直、どの距離で舞と接すればいいのか分からない。俺は普段と同じように吊革につかまって立っていたが、一人ポツンと立って登校するのは恐らく3月以来のはずだ。
俺は舞と一緒に東西線に乗った事は2回あるが両方ともに下校の時だったし、その時には周囲の目をあまり気にしてないから舞の好きにさせていた。でも、伊勢国書店近くで舞に会った時には、かなり大胆な距離だったから藍に突っ込まれて舞も焦っていたから、多分、俺が校内で藍や唯と歩いている時と同じくらいの距離でいるのが普通だろうな。それに、内山たちも乗り込んでくるから舞としても勘違いされるような事をするとは思えない。
そんな事を思っているうちに舞が乗り込む駅に到着し、ドアが開いて舞が乗り込んできた。
当然ではあるが、今日は俺が一人で乗っている事を不思議に思った舞が俺に話しかけてきた。
「あれー?今日は藍先輩が風紀委員で先に行くというのは聞いてましたけど、唯先輩はどうしたんですか?」
「あ、いやー、そのー・・・俺にもよく分からん」
「そうなんですかあ。まあ、あまり深く詮索しない事にしますね」
そう言うと舞は俺の前に座った。
俺は舞の前に立つ形になったが、普段でも唯と二人で乗る時にはこのパターンだったから、決しておかしいとは思えない。多分、舞も同じ考えのはずだ。
「・・・ところで拓真先輩、『トキコー七不思議』の6番目の件ですけど」
「ああ、あの件か。あれが書き換わる事が決まって山口先生の罰ゲームが確定したから、今年のトキコー祭は先生たちの目の色が変わってるぞ」
「そうですよね。山口先生も結構人気がありますし、独身の先生の中には本気で山口先生を狙っている人もいるみたいですからねえ」
「ああ。あえて名前は言わないけど、少なくとも三人は目の色を変えているからなあ」
「それはそうと拓真先輩・・・あの話に関してですけど、山口先生の態度があきらかにおかしいです。それに女子柔道部の上野先輩から聞きましたが、その場には拓真先輩も藍先輩も、それに唯先輩もいたと聞きました。いわゆる『ヤラセ』の騒動ではないというのは上野先輩や土方先輩に話を聞いた村山先輩や部長の見立てですが、何か裏の事情を知っているんじゃあないですか?」
「・・・その事に関しては、俺も分からんぞ。俺だって何の事かさっぱり分からなくてバスケ部の折茂先輩に問い詰められて困惑した位だからな」
「・・・そうなんですか。渋い顔をしていたと伺ったので、もしやと思って聞いただけです。変な詮索をして申し訳ありませんでした」
「あ、いやー、舞に意地悪をするつもりはこれっぽっちも無いぞ。それに、俺たち三人と山口先生があの場にいたのは事実だ。そのピンクの軽自動車の騒動があった時には、ピンクの軽自動車が走っていたのに気付いたのは事実だが、無人だったかどうかを確認してないのも事実だ。つまり、あまり意識してなかったという事だ」
「・・・ありがとうざいます。噂の信ぴょう性もそうですが、話の肉付けも必要なので拓真先輩に話を聞けただけでも大きな収穫です。ありがとうございました」
「そうか・・・」
俺は舞に嘘をついている。しかも2つもだ。1つ目は唯に関する事、もう1つは『無人のピンクの軽自動車』の事だ。
だが、舞はそんな事をお構いなしに俺に話しかけてくる。俺も舞を無視して一人で考え込んでいるのも悪いと思い、舞に合わせて話をしている。今日はあきらかに舞が主導権を握っているのは間違いない。
そのまま内山たちが乗り込む駅についてドアが開いたけど、今日は舞しか乗ってない事に気付いて驚いていた。
一番驚いたのが唯派の会長を自認している中村であり、いきなり俺に「おい、拓真!唯さんはどうしたんだ?何かあったのか?」と血相を変えて俺を問い詰める始末だ。俺は藍との事前の示し合わせ通りに「知らぬ、存ぜぬ」で押し通したが、中村はあきらかに不満顔であり、内山と堀江さんに宥められる始末だった。因みに内山は藍派の会長を自認している奴であり、当然だが中村は『おーい、お茶だ』内山は『伊左衛門』の売り上げアップの為に毎日購買でペットボトルを買っているという、ある種の馬鹿である。
そのまま俺たち五人は東西線を大通駅で降りて南北線に乗り換えたが、今日は舞しかいないので、舞を目当てにしている奴からは歓声があがったが、藍や唯を目当てにしていた奴からはため息が漏れていた。それは南北線を降りてトキコーまで歩いて行く最中でも同じだった。やはり『佐藤三姉妹』の誰が好みなのかは人によって差があるし、しかも舞しかいないというのは初めてのパターンなので、いつもと反応が違うようだ。
正門には藍と三年生男子の風紀委員が立っていたが、藍は舞しかいないというのを知っているから、いつぞやのように驚いた顔をするという事はなかった。
俺はいつも通りに靴箱のフタを開けた。そして自分の靴を中に入れ、上靴を取り出そうとした時、そこに手紙がある事に気付いた。
ついに来たか・・・。
だが、手紙が入っていた事を誰かに気付かれるのはマズい。すばやく俺は手紙を右手で掴むとブレザーの内ポケットに入れ、そして何事もなかったかのように上靴を取り出した。
さて、この手紙をどうしよう・・・とりあえず俺は一度教室へ行ったが唯の姿はなかった。村田さんもいないところを見ると、どうやら職員室で高崎先生と話し込んでいるのだろう。だからかえって都合がいい。俺は鞄を机の上に置くとトイレに行き個室に籠ってから手紙を開封した。
以前の脅迫ラブレターとは全然違う封筒だ。そしてその封筒を開けたら、以前とは全然違う便せんが2つ折りにされて1枚だけ入っていた。
俺は恐る恐る便せんを取り出し、書かれている文字を見た。
だが、今度は以前の脅迫ラブレターのような印刷された文字ではなかった。あきらかに女の子が書いたと思われる可愛い文字だ。そこにはこう書かれていた。
“今日の放課後、講堂の裏でお待ちしております。話したい事があります”
とうとう来たか・・・あの脅迫ラブレターを送り付けてきた犯人が藍の演技に引っ掛かって出して来たのか?それとも別の女の子が純粋に「好きです、付き合って下さい」と言いたくて書いたのか・・・もっと別の可能性もあるが、あそこは風紀委員の巡回ルートになっているから大勢で俺を待ち伏せしている可能性は低いし、講堂の裏は告白場所として定番だからかえって怪しまれる。だから、2つに1つだ。
とりあえず俺は手紙を再び内ポケットに入れるとメールを打ち始めた。藍は風紀委員の担当で正門の所にいるから、今から送信しても読むのは早くてショートホームルームが始まる直前になるはずだ。
「俺の靴箱に手紙が入っていた。内容は『今日の放課後、講堂の裏でお待ちしております。話したい事があります』となっていたが、どうすればいい?」
これだけ書いて送信した。あとは藍がどう動くかだ。
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