第68話 佐藤三姉妹のブランド

「あー、でしょ?唯も本音ではをやりたくなかったんだけどなあ。場の雰囲気に負けたというのが正直な感想ね」

「でもさあ、藍も唯も『是非記念撮影させて下さい』っていう依頼が殺到してるんだろ?」

 そう、とは、トキコー祭で生徒会執行部の女子四人がメイド服を着用するという話だ。

 結局、メイド服を四着揃えるのは予算の関係で無理という事で、相沢先輩自らがネット通販でMサイズとLサイズのメイド服、それと藤本先輩用の特注サイズのメイド服の三着を手配した。特注サイズは藤本先輩の体形に合わせた物なので、スリーサイズだけでなく、色々と細かい部分のサイズを測って注文したらしい。

 藍は藤本先輩が風紀委員として巡回している間のみの着用だが、逆にその事で時間制限がある分だけ人気が上がってしまい、唯以上に殺到している状態だ。人気だけで言ったら、四人の中で堂々のトップである。

「うーん、唯の所にも殺到しているのは事実だよ。だけど、唯としては、みんなのメイドであるより、たっくんだけのメイドでありたいのよね」

「へえ、唯にしては結構大胆な発言だなあ」

「まあね。この状況ならまだ誰もこの会話を聞いてないでしょ?だから言えるんだよね。でも、あと2つ先の駅で堀江さんたち三人が乗り込んでくるから、そうなったら絶対に言えないよ」

「それもそうだな」

「でも、怪我の功名かもしれないけど、この噂のお蔭で、もしかしたら不穏な動きが抑えられるかもしれないね」

「それは有り得るな」

 不穏な動き、それは唯を『ミス・トキコー』に出場させないようする動きの事であるが、今の所は目立った動きはなく、俺としてはこのまま杞憂に終わって欲しいものだ。

「まあ、唯はもう『ミス・トキコー』に未練はないから、このまま参加を見送るっていう選択肢もあるけどね」

「おいおい、その話を聞いたら喜びそうな人が何人いると思ってるんだ?」

「結構いるんじゃあないの?どうせ唯が出なければ2年生は黙っていてもお姉さんに一本化されるから、藤本先輩に対抗する方法としてはこれがベストだと思うけど?」

「でも、藤本先輩と藍はキャラが重なるから、それなら唯に一本化した方がまだ可能性があるんじゃあないか?」

「そうなったら恰好の攻撃材料になるだけだよ。いくら落選運動禁止と言っても、唯を攻撃する方法はいくらでもあるから唯の方がもたないよー」

「じゃあ本当に不参加でいいのか?藍の応援に回るか?」

「実行委員長は推薦人になれないし、しかも中立性を求められるから、堂々とお姉さんの応援に回る事は出来ないよ。あくまで個人的に、しかも『藍』という言葉を出さずに『よろしくね』と言う位しか出来ないよ。それでも援護射撃にはなると思うけど、どれだけお姉さんに投票してくれるか分からないから、何とも言えないよ」

「でもなあ、唯が不参加だと知った時点で、今度は逆に『どうして出ないんだ!』と言ってくる人がゴロゴロ出てくると思うんだが、どうだ?」

「あー、それはあるかもね。でも、それはそれで難しい問題に発展する可能性が高いから、結局のところ、惨敗を覚悟でお姉さんと唯の両方ともに参加するしか選択肢が残されてないような気がするんだよねー」

「マジかよ!?勘弁してくれよなあ。ただでさえ、1年生が『ミス・トキコー』と『準ミス・トキコー』を独占するという事態が2年連続で起きたのに、去年の藤本先輩と相沢先輩は、前年の『ミス・トキコー』『準ミス・トキコー』が翌年に両方共に出たにも関わらず、両方共にどっちにも選ばれなかったという、初めてのケースだったんだぜ。それが今年も続いたら、まさに異常事態が3年続く事になるぜ」

「でもねえ、こう言っては1年生には失礼だけど、早くも今年のミス・トキコーは藤本先輩の返り咲き確実って言われているくらいだよ。しかも相沢先輩のファンクラブが巻き返しに必死だから、どうみても1年生が割って入るのは難しいわ。結局は去年の構図がそのまま今年に引き継がれている格好、いや、今年に関してはほぼ間違いなく3年A組のワンツーフィニッシュ確定と言ったところかなあ」

「たしかになあ・・・うちのクラスの男子の間でも『今年の1年生には藍と唯に匹敵するような可愛い子はいないなあ』という声が出てるのは間違いないからなあ。そう考えると、3年連続の珍事が起きても不思議ではない。しかも、舞が言っていたけど、1年生の間では相沢先輩と藤本先輩は『ワールドクラスの美少女』として、もはや神格化しているから、かなりの票がこの二人に流れると見て間違いなさそうだぞ。そう考えると唯の言う通り、この二人のワンツーフィニッシュは確定なのかなあ」

「まあ、そこはお姉さんとも相談する事にするね。どちらにせよ、たっくんが唯とお姉さんの両方の推薦人をやる訳にはいかないでしょ?」

「だよなー。ルール上は一人で複数の人の推薦人になっても違反ではないが、道義的な問題があるから、俺は藍か唯のどっちかの推薦人にしかなれないな。去年の藍の場合は、誰が推薦人をやるかで男子の間で大喧嘩になったから、妥協案として唯が俺を藍の推薦人に指名して周囲を黙らせたというのも事実だからな。そう考えると、今年も俺と泰介が無難な線だな」

「そうね。どうせたっくんも泰介君も演説は下手だから、今年も歩美ちゃんと村田さんにお願いすれば無難だと思うよ。演説だけなら相沢先輩も真っ青だからね」

「そうだな」

「それにしても、舞ちゃんがいないとなーんか変じゃあない?」

「そうか?おれはあまり考えた事がなかったけど?」

「いるのが当たり前になっちゃったから、いないと逆におかしいと思えるようになったという事だよ」

「なるほど」

「舞ちゃんがこのままいなくなったら、唯は本気で寂しいよ・・・」

「あまり気にするな。多分、日直か風邪か、あるいは寝坊したかだと思うぞ」

「そう思いたいよ」

 ここで、さらに2つ先の駅に到着して、うちのクラスの内山、中村、そして堀江さんの三人が乗り込んできた。だが、その三人共に、舞がいない事を不思議に思い俺たちに声を掛けてきた。その俺たちも舞がいない理由が分からないから「日直で早く行ったとか、あるいは寝坊して乗り遅れたのかなあ」などとお互いに話をした。そう、それ位に『佐藤三姉妹の末っ子』舞はなのだ。

 だから俺たちA組五人は、舞の話をずっとしていた。内山たちにも舞の評判は耳に入っていて『佐藤三姉妹』のブランドは凄まじいと俺も改めて思わされた。中村の情報では、1年生の中には舞が藍か唯の実の妹だと本気で考えている輩もいるらしい。

 堀江さんが言っていたが、俺も唯も知らなくてびっくりしたけど、藍、唯、舞のスリーショットの登校シーンを見たくて、登校時間を変えた男子が特に2年生の間で急増しているようだ。たしかに俺たちが乗る南北線の車両はいつも同じ場所から乗り込むが、この車両にトキコーの連中、しかも水色ネクタイが多い理由はこの為だったのかと初めて知った。さらに徒歩や自転車で登校する連中も、わざわざ地下鉄駅近くで偶然を装って待ち構えているらしく、学校側も頭を悩ませているらしい。

 今朝の藍は正門の所で俺たちを出迎える形になったが、その藍も俺たちがA組の五人で登校してきた事に「あれ?」というような表情をしたが、別にそれ以上の事をしなかった。まあ、そんな細かい事をイチイチ気にしている程の余裕が朝の風紀委員には無いのも事実だからな。

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