第59話 責められる唯

「あー、分かりました・・・」

 これに対し唯が発言しようとして立ち上がったが、唯の左にいた藤本先輩が唯の袖を掴んでそれを制し、無理矢理座らせた。そして、藤本先輩と相沢先輩、生徒会顧問の黒田先生がなにやら話し込んでいたが、最終的に生徒会長である相沢先輩が立ち上がって発言した。

「では、あくまで事実だけを述べます。『ミス・トキコー』は例年、日曜日の午前中最後のイベントとして行われる実行委員会主催の伝統イベントです。この『ミス・トキコー』の参加資格は、この学校の女子生徒だけで、なおかつ男子・女子の各1名の推薦人が必要です。それと、公平を期すために制服での参加という事になっていますが、明文化されているのはそれだけです。投票権を持つのは全校生徒と教師、それと理事の方々と学校事務の方々で、それらは無記名投票で事前投票もOKとなっていますが、実際の投票率は毎年7割前後です。『ミス・トキコー』の参加定員はなく、PRタイムでは推薦人どちらか1名と本人が発言する事が出来ますが昨年の場合、最大で120秒です。発言は番号順に行われますが、その順番は、例年抽選になっています。この発言内容については、実は規定はありません。そのため、本来は何の発言をしても違反にならないのですが、不文律の決まり事として『自身が所属するクラス・部・同好会のイベントに関連する発言をしてはならない』という物が存在していた事は認めます。昨年の『ミス・トキコー』のエントリーは全部で9名。そのうち、佐藤唯さんは9番なので最後にPRする事になったのですが、その際、自身のクラスである1年A組のイベントに関する発言があり、その結果、投票終了後、1年A組のイベントに人気が集中したという事も事実です。ただ、一番の問題だったのは、下馬評では真姫の2連覇確実という所が、実際の投票の結果、上位4名がたった1票差の混戦になってしまい、疑問票をどう判定すべきかで実行委員だけでなく当時の生徒会や顧問の黒田先生までもが判断しかねる状況になり、ついでに言えば、昨年は佐藤姓が1年A組の2名に加え3年生からも1名、合計3名エントリーした事もあり、「佐藤」としか書かれていない票を案分すべきかどうかも問題になりました。その為、例年なら投票締め切り後に開票して5分程で発表となる所が、昨年は15分経っても発表する事が出来ませんでした。最終的に、あきらかに個人が特定できる物以外はすべて無効票と判定し、案分もせず、なおかつ例年なら優勝と準優勝、つまり『ミス・トキコー』『準ミス・トキコー』しか発表しない所を単純に得票が多かった4名を下から順番に発表するという異常事態になりました。結果は2年生、3年生は御存知かと思いますが、『ミス・トキコー』に選ばれたのが1年A組の佐藤唯さん、『準ミス・トキコー』が同じく1年A組の佐藤藍さん、3位が2年A組の真姫、4位が同じく2年A組の私です。以上が昨年の『ミス・トキコー』の内容です」

 それだけ言うと相沢先輩は着席した。藤本先輩は発言しなかったが、黒田先生は「そういう事だ」とだけ発言した。

 舞は黒田先生の発言があった直後、再び手を上げて発言した。

「あのー、相沢先輩。という事は、唯先輩の発言が元で投票が1年A組の2人に集中した結果、藤本先輩と相沢先輩が3位、4位になったという意見が未だに根強いと解釈してもいいのでしょうか?」

「ええ、そういう事です。その発言の中身については本人の目の前ですので控えさせて欲しいのですが、開票結果に納得がいかないとして昼休みを挟んで実行委員会に苦情が殺到し、やむを得ず、校長先生だけでなく、理事長のクラーク博士までもが『ミス・トキコー』の有効性を宣言する事でようやく収まったというのも事実です」

「分かりました。ありがとうございました」

 舞はこう発言し、納得したかのように、何度かウンウンと頷いた。

 だが、当の唯は今にも泣きだしそうな顔をしているし、藤本先輩に至っては不機嫌そのもので『今頃になってこの話を蒸し返すな!』と言わんばかりの顔だ。相沢先輩はいつも笑顔を絶やさない人ではあるが、この発言をしていた最中はほとんど無表情であったし、それは今でも変わらず無表情のままだ。藍も明らかに不貞腐れたような顔をして、一切発言しなかった。

 その後は1年生も加わって色々な意見が出たが、時間ばかりが経過して結論を出せそうも無かった。ただ、唯を擁護する意見はほとんど出なかった。

 やがて、宇津井先輩が挙手をしてから立ち上がった。

「あのー、このままだと実行委員会が佐藤唯の個人攻撃の場になりかねない。そこで提案だが、今の執行部の女子四人は昨年の『ミス・トキコー』でのベスト4ですし、黙っていても今年も推薦人になりたがる人がゾロゾロ出てくるような人ばかりですから、今日の放課後、俺と本岡、それと黒田先生の三人だけで、『ミス・トキコー』のルールを作りたいと思うんだ。それを明日の実行委員会に提案したいと思う。もちろん、明日の放課後に行われる実行委員会の一番最初に提案するから、ルール作りが終わるまでは女子四人は参加せず、俺と本岡が実行委員会を仕切ろうと思う。だから、この話は一旦終わりにしたいが、どうだろうか?」

 こう言うと宇津井先輩は着席した。それに続いて本岡先輩も立ち上がって発言した。

「俺は宇津井の意見に賛成だ。だから、この場は俺と宇津井、それと黒田先生の三人に任せてもらえないか?」

「先生も同じ意見だ。このままだと宇津井君の指摘通り、佐藤唯さんの個人攻撃の場になってしまうから、さすがにこの話はこの辺りで終わりにしないと可哀そうだ。たしかに明文化してなかったのは執行部としても反省すべきであるが、ただ、当事者である相沢さんや藤本さん、二人の佐藤さんがルールを作るというのも確かにおかしいから、ここは宇津井君、本岡君、それと先生の三人で作らせて欲しい。必ず明日の実行委員会の冒頭に提案すると約束するので、この話は終わりにしてくれないか?」

 本岡先輩に続いて黒田先生も座ったままだが発言したので、誰もが沈黙してしまった。たしかに宇津井先輩の言う事は正しいと思う。それに、明らかに唯は泣き出しそうなのを必死に堪えている。このままでは唯が可哀そうである。

「・・・えーと、特に意見が無いようですので、この話はこれで終わりにします。じゃあ、宇津井君、それと本岡君、今日の放課後は私たちは参加しないから黒田先生とうまく話をまとめてね」

 唯が発言しないので代わりに相沢先輩が発言した。

 ここで予鈴が鳴ったので、今日の実行委員会で決まらなかった事は明日の第2回実行委員会で続きを行う事が再確認された。また、最後に黒田先生から「決まった事項は各クラス・各部・各同好会に公表し、すぐにでも行動に移していいぞ」との発言があったところで、全員が立ち上がった。

 だが、みんなが帰り始めているのに、唯は席から立ち上がろうとしない。それどころか顔を伏せたままだ。それに気付いた藍と藤本先輩が唯の両側から声を掛けたが、それでも唯は立ち上がろうとしなかった。仕方ない、といった感じで藍が唯の頭をゲンコツで小突いたところ、ようやく唯は顔を上げ、藤本先輩に促されてヨロヨロといった感じで立ち上がった。そして、会議室を出て行ったがあきらかにフラフラとした足取りである。

 あまりにも唯がフラフラしているので、その左右を村田さんと藍が支えながら2年A組に連れて行ったくらいだ。

 午後の授業は木曜日なので3時間あるが、どう見ても唯はまともに授業を受けていたとは思えない。俺も隣にいてハラハラしながら見ていたが、集中力がないというか、時々ため息をついたかと思うと上を向いたり左右を見まわしたりと、普段の唯からは考えられないような行動であった。

 実行委員会での事がよっぽど応えたとしか思えない。

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