第60話 『ミス・トキコー』の歴史に残る問題発言

 そして、7時間目の授業が終わり、ショートホームルームも終わり、俺たち2年A組も下校時刻となった。

 本来なら藍も唯も生徒会室へ行く必要があるのだが、今日の昼休みに行われた実行委員会で確認した通り、『ミス・トキコー』のルール作りがあるので藍も唯もそれには参加できない。他の案件なら藍や唯も参加していいのだが、さすがに藍が唯の状態を不安視し、相沢先輩にメールで欠席させる旨の連絡をし、先に帰らせた。藍自身は生徒会に参加しなくても文芸部員としてトキコー祭の準備作業を進める必要があるので一緒に帰る訳にはいかなかった。だから、唯と一緒に帰ったのは俺だ。

 俺と唯は最後に教室を出た二人になったが、さすがに昼休みの時のようにフラフラ歩く事はなかった。でも、唯はほとんど顔に感情を出さず、怒っている訳でもなく、かと言って泣いている訳でもなかった。何か考え事をしているというか、心ここにあらずといった感じであった。

 だが、大通駅で南北線を降り、東西線のホームに立っていた時、不意に唯がため息をついたかと思うと、一言だけ喋った。

「・・・やっぱり、去年の事を快く思ってない人が多いという事よね・・・」

 それだけ言うと再び唯は沈黙してしまった。

 去年の事という言葉がさしている物は、トキコー祭の『ミス・トキコー』での唯の発言以外には考えられない。


 去年のトキコー祭では、俺たち1年A組はクラスとして喫茶店を行った。だが、喫茶店は同じような内容をやるクラスが多く、どれだけ独自性をアピールできたかで勝負が決まる。ところが、俺たち1年A組はその独自性のアピールが出来ず、このままだと販売目標未達どころか、大赤字寸前の状況だった。

 藍は風紀委員としての巡回担当や文芸部の方で参加していたので、A組の状況がここまで悪いとは知らなかった。1年A組の実行委員は名目的には泰介であったが、実際には唯が中心になって準備を進めていて、当日も唯が中心になって運営していた。そんな訳であったから、唯は自分のクラスの状況がどうなっているのは一番よく知っている立場であり、何らかの決意を持って『ミス・トキコー』に参加していたのは間違いない。

 過去、1年生で『ミス・トキコー』に優勝したのは藤本先輩ただ一人。そして、その藤本先輩の2連覇確実と言われた昨年の『ミス・トキコー』では、2年連続で1年生から『ミス・トキコー』を出すべく、藍派も唯派も候補の一本化を目指したが、お互いに自分の方を出すと言い張って収拾がつかず、最終的に藍と唯の二人が出る事になり、そのどちらに投票してもよいという事で妥協が成立したのだ。簡単に言えば藍派も唯派も『ミス・トキコー』でどちらが上位かを全校生徒に決めてもらうつもりだったのだ。1年生でエントリーしたのは藍と唯の二人だけだから準ミス・トキコーならば藍と唯のどちらかが狙えると踏んだのだ。

 実際、当日の朝までの校内男子の下馬評は、藤本先輩の2連覇は確実で、準ミス・トキコー争いは、藍と唯、相沢先輩の三つ巴と言われおり、2年生4人、3年生3人のエントリーで特に3年生票は分散が予想されたから、相沢先輩を抑え、藍か唯のどちらかが準ミス・トキコーに選ばれる可能性は十分にあったのだ。

 この時の『ミス・トキコー』に参加した人は9名であったが、藍はエントリー番号2番で、唯はエントリー番号9番だった。つまり、一番最後にPRする事になるが、推薦人である歩美ちゃんの応援演説の後、唯はマイクを握って自身のPRをした後、最後の最後にこう発言したのだ。

「えーと、もし、1年A組の二人のどちらかが『ミス・トキコー』か『準ミス・トキコー』に選ばれたらA組の喫茶店のドリンクメニューを半額にして、なおかつ『ミス・トキコー』と『準ミス・トキコー』のワンツーフィニッシュしたら、二人がお客さんにドリンクをお持ちするサービスをしちゃいまーす」

 この発言に会場内は大盛り上がりとなったのだ。その時俺は『ミス・トキコー』のイベントが行われていた講堂に来ていたのでよく覚えているが、藍は寝耳に水だったので驚いたような顔をしていたし、それは相沢先輩や藤本先輩も同じだった。その直後に投票が行われたのだが、開票結果は事前の予想とは大きく異なった結果となったのは承知の通りだ。実際、土曜日の夕方まで行われていた事前投票の結果は、後で開票に携わった泰介がこっそり教えてくれたが圧倒的に藤本先輩であり、当日の投票は、唯の発言が元で大きく変わったのは否定できないのだ。

 結果、唯が『ミス・トキコー』、藍が『準ミス・トキコー』になり、昼休み以降、俺たち1年A組には唯と藍の接客目当てに来場する男子が殺到した。最終的に俺たちのクラスはギリギリ黒字を確保したが、唯も藍も日曜午後の自身のフリータイムがなくなり、クラスの接客担当を延々と続けるハメになったのは言うまでもない。

 唯は軽い気持ちで発言したらしいのだが、結果的に唯と藍のワンツーフィニッシュになった事で藍までもが1年A組の接客対応に駆り出される事になったから、当然真っ先に藍に謝る事になった。なにしろ藍どころかクラス委員の歩美ちゃんや実行委員の泰介にも話をしていなかったのだから。

 『ミス・トキコー』の表彰式が終わった直後、講堂の舞台裏で唯は藍に直接謝った。当然、藍は激怒していて「どっちが上か下かについては争わない約束をしていたからそれについて言うつもりはないけど、どうして私がA組の喫茶店でドリンクサービスする必要があるのか、納得いく説明をして頂戴!」と、かなり高圧的な口調で唯に迫った。だが、推薦人として表彰式まで一緒にいたクラス委員の歩美ちゃんが仲裁に入り、あまりにも悲惨なA組の状況を歩美ちゃんから聞いた事で唯に文句を言うのをやめ、接客応援に入る事を了承し結果的に最後まで接客に入ってくれた。

 後で俺も歩美ちゃんから聞いたが、最初、藍の激怒の仕方は半端ではなく、マジで唯に殴り掛かる寸前だったらしい。藍がこの件で非難されないのは、この時の唯と藍のやりとりの一部始終を、藤本先輩を始め他の参加者全員が見ていたからだ。蛇足だが、この時の藍の推薦人は俺と村田さんで、応援演説をしたのは村田さんだった。

 俺は唯と付き合うようになってから本人から聞いたのだが、トキコー祭が終わった後、1年A組に相沢先輩が来て唯への祝辞が個人的にあったが、その直後に「私は気にしてないけど、個人的にあなたを非難する人が出てくるかもしれないから気を付けてね」と言われたそうだ。唯はその意味が分からなかったので相沢先輩に発言の真意をただした事で、初めて不文律の約束事がある事を知り、真っ青になったそうだ。その場ですぐに相沢先輩に謝罪し、さらにその直後に藤本先輩の所へ直接出向いて謝罪したが、藤本先輩は「ミス・トキコーは堂々としていればいい」と言ってニコッと微笑んで、何も非難する事はしなかったそうだ。

 その後も、相沢先輩も藤本先輩も、唯を責める事は一度もしてないそうだ。また、藍から聞いた話だが、トキコー祭当時の生徒会長も風紀委員長も、次の生徒会長も風紀委員長も、相沢先輩と藤本先輩の意見を尊重し、唯を擁護する立場を鮮明にしたそうだ。現在の生徒会長と風紀委員長は相沢先輩と藤本先輩だから、当然唯を擁護している。

 今日の3年D組の実行委員の発言は、今年度からは昨年の唯のような発言をしないよう、何らかの規制や決まり事を作るべきだという事であり、つまり昨年の唯の発言は、トキコー祭での一大イベントである『ミス・トキコー』の歴史に残る問題発言だったのだ。

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