第31話 お願い!

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 今、俺と唯は、あの時と同じ物、具体的には、俺はオールファッションとコーヒー、唯はショコラファッションとコーヒーをトレーに乗せ、あの時と同じ場所に座っている。季節は巡って春になり、そして俺たちの関係は義理とはいえ兄妹になった。でも、今だけはあの時と同じになりたいと思い、どちらが言い出したのでもなくこのメニューを注文し、この場所に座った。そして、今回ばかりはあの時と同じように、自分の分は自分で支払った。

「たっくん、あの日が何月何日だったのか覚えてる?」

「ああ。10月31の金曜日だ」

「せーかーい。怒られずに済んだわね」

「じゃあ、昨日の方が良かったかなあ。それなら半年の記念だったのに」

「あー、それは無理。だって、帰るのが結構遅かったからね」

「そういえばそうだったな」

「連休明けに第一回のトキコー祭実行委員会があるから、各クラスや部の提出物をまとめたり準備の段取りをしたりして、結構大変だったのよ。まあ、連休明けからは結構忙しくなるから、たっくんも唯に協力してね」

「まあ、たしかに副会長はトキコー祭の実行委員長でもあるからなあ」

「ただねえ・・・ちょっと不穏な動きがあるのよね」

「何が?」

「まあ、その話をすると場の雰囲気が壊れるから止めましょう」

「そうだな」

「ところで、たっくんは午前中に何をやってたの?」

「ん?4DS」

「あー、やっぱり暇してたんだ」

「悪かったな!」

「じゃあ、午後も暇なの?」

「ああ。1日中暇だ」

「付き合ってもらってもいい?」

「何を?」

「買いたい物があるから、その店へ」

「あー、別に構わないぞ」

「じゃあ、お昼を食べ終わったらそこへ行きましょう!」

「ああ」

 その後、俺と唯は1時間位、当時の事を話していた。当然、その時と同じようにドーナツ1個でコーヒーを何度もお代わりして、お店の人にとっては迷惑な客だったろうとは容易に想像がつく。

 唯は俺と二人だけでいる時は笑顔を絶やさない。それは半年間ずっと変わらない。その笑顔が唯の最大の武器であり、それを独占できる俺は校内一の幸せ者なのだろう。逆に言えば、その笑顔を独占したくて唯にコクって玉砕した人たち、ゴメンナサイ!(歩美ちゃん情報ではトータルでは軽く50人を超えているようだ。しかも4月以降、1年生で唯にアタックした無謀な挑戦者は既に片手だけでは済まないらしい)

 やがて、そろそろお店を出ようかという事になり、俺が二人分のトレーを持って立ち上がった。

「あ、そうだ、唯が支払った分のお金を渡すよ」

「いらないわよ」

「へ?」

「だってー、あの時もそうだったでしょ?」

「そういえばそうだったな。じゃあ、そういう事にしておくよ」

 そう言って俺はトレーをカウンターに戻し、二人並んでお店を出た。

 ところが、お店を出て30秒も立たないうちに

「あー、そうだ、思い出した。唯はお昼ご飯を食べたないなあ」

「はあ?お前、たった今、ドーナツを食べたばかりだろ!?」

「だってー、ドーナツ1個でお昼ご飯なんて寂しすぎるよー。唯はパスタがいいなあ」

「勘弁してくれよー」

「いいでしょ?お願い、ね、ね」

と、さっきまでの雰囲気はどこへやら、甘え上手の妹モード全開の唯に早変わり。これには俺も閉口した。

 当然、周りにいたお客さんも俺たちの事をジロジロ見ている。その視線が痛い事、この上ない。

 ただ、唯にお願いされると俺も断れない。それに、義理とはいえ、唯とは兄妹である。妹のお願いを無視できるほど、俺は冷たくない。

「仕方ないなー。じゃあ、改めてお昼ご飯にしよう!」

「サンキュー、さっすが兄貴!」

「ああ、任せろ!じゃあ、好きな店を選べ」

「うーん、どこにしようかなー」

 そう言いつつ、唯は歩き出した。俺は唯と並ぶような形で一緒に歩きだしたが、唯との距離は彼氏彼女の関係なのか、兄妹の関係なのか、どっちなのか分からない微妙な距離であり、言い換えればどちらにも捉えられる距離で歩いた。

 俺と唯はそのまま並んでイタリアンのレストランに入り、そこで改めて(?)お昼ご飯を食べた。俺が注文したのはカルボナーラ、唯はペペロンチーノだ。二人共、それに加えてドリンクバーも注文した。

 唯はパスタに加えて「ピザも欲しいなあ」と駄々をこねたけど、俺に「これ以上食べると太るぞ」とたしなめられて渋々だが諦めた。ただ、唯にダイエットが必要だとは俺は思えないけど、本人が気にしているなら俺には咎める権利はないので放っておこうと思う。俺から言わせればこれでも十分すぎる位だと思う。むしろ、藍がモデル顔負けの美貌とスタイルをしているので、唯が可哀そうである。でも、藍を遥かに上回るのが藤本先輩であり、どうやってその超がつく程の、まさにスーパーモデル顔負けの美貌とプロポーションを維持しているのか、俺が聞きたい位である。

 俺たちはパスタを食べた後もお店で1時間以上も喋っていた。そしてお店を出るという段階になって「支払いはたっくん持ちね。お願い!」と、両手を合わせて、俺にオネダリしてきた。

 こうなると俺は唯に「駄目だ」とは言えなくなる。そうなる事を唯も分かっているようで、二度目の「お願い」で俺が財布を取り出すと、今日一番の笑顔を俺に見せて立ち上がった。

 やれやれ、結局、俺の想像していた通りの結果になった。だが、唯と楽しい時間を過ごせたし、笑顔を俺に見せてくれたお礼だと思えば安いもんだ。

 この後、俺と唯が向かった場所は書店だった。

 俺はここでアニメ雑誌の立ち読み、唯は以前から買っている小説の続編を買った後はファッション系の雑誌を立ち読みをして、俺たちはわざと30分ほどの時間差で家に帰った。先に唯が帰り、家についた段階でメールを俺に入れ、それを確認した後に俺はここを出て家に帰った。あくまで表向きはお互い、勝手に出掛けて、勝手に帰ってきたというように見せ掛けるためだ。

 ただ、想像がつくと思うけど、唯が支払ったのは最初のマイスド、それも自分が食べた分だけだ。この書店で唯が買った小説も支払ったのは俺で、例の如く、唯の「お願い」の一言で俺が財布を取り出すハメになったのだ。俺は立ち読みしただけで、何も買わずに帰ったのだから、想定外の出費をゴールデンウィーク初日から強いられた訳だ。

 藍が帰ってきたのは夕方の7時過ぎだ。どうやら中学の時の同級生の家に集まった後、一緒にカラオケに行ったりゲームセンターに行ったりして久しぶりに羽根を伸ばしてきたらしい。今日の夕食は久しぶりに5人揃って食べたが、一番饒舌だったのは藍だった。

 俺は最近お決まりのパターンになってきた、夕食後すぐにシャワーをするため、部屋に戻って着替えを持って脱衣所へ行った。この家の風呂場を使う順番は、俺(シャワー)→母さん(風呂、たまにシャワー)→唯(風呂、たまにシャワー)→藍(風呂、たまにシャワー。ここで湯を抜く)→父さん(基本シャワーだが気が向いた時だけ長風呂)という順番にいつの間にか固定されてしまった。まあ、これでトラブルを回避できるのならお安いもんだ。

 ただ・・・俺がシャワーを終えて自分の部屋に戻ってきた時、俺は自分の目を疑った。が入った紙袋と置手紙がベッドの上に置いてあったからだ。

 その手紙にはこう書かれていた。

「今日、新しい物を買ったから、こっちをたっくんにあげるね。もちろん、今日、たっくんとお食事した時に使っていた物だよ。この前たっくんに渡した物はお気に入りだったから返してもらったよ。あ、でも、こっちも結構気に入ってる物だから大事に使ってね。追伸:もし1組で足りないなら唯に教えてね」

 おいおい『大事に使え』の意味を間違って使ってないかあ!?それに、一組で足りないとはどういう意味だ?

 それにしても・・・どうやって唯は隠し場所を探し当てたんだ?母さんにも気付かれてなかったのに・・・。

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