不安定

第32話 2日目は藍

 昨日は肌寒い一日だったが、今日は風も弱く、気温も上がり穏やかな一日になりそうだ。まさに外出するにはもってこいの日でもある。

 昨日は藍が朝食を食べた後に出掛けたが、今日は唯が昨日の藍と同じような時間に出掛けた。これは既に一昨日のうちに分かっていた事なので別に気にしてなかった。

 が、今日は母さんはWcDのパートがあるから、間もなく出勤する。ついでにいえば、父さんも間もなく出掛ける。会社の同僚とパークゴルフをやる為らしい。

 そうなると、今日の昼間に家に残っているのは、俺と藍だ・・・一番恐れていたパターンがとうとうやってきた。藍の事だから『俺と既成事実を作って、唯と俺を喧嘩分かれさせる』のを実行に移す事は見え見えだ。家の中で既成事実を作っても目撃者がいないから意味がない。だからと言って、義理の両親である俺の父さん、母さんの印象を悪くするようなヘマをする藍ではない。

 だから、絶対に俺を外に連れ出し、そこで何かを仕掛けるつもりでいる筈だ。まさに希代の策士とでもいうべき知略の持ち主だ。

 そういえば最近気になっているが、「俺が堀江さんと親しくしている」とか「俺が平野さんと仲良く歩いていた」などという事実と異なる話を唯が信じ込んで俺に食って掛かる事が続いているが、もしかしたら藍が裏で噂を流しているのではないかと疑いたくなるぞ。何しろ、唯が俺に対して当たり散らしている時、藍はいつもニコニコしている。俺が坂道を転がり落ちていくのを楽しんでいるようにしか思えないのだ。まあ、言い掛かりというか勘違いではあるが、次の授業で使うプリントを運ぶのを手伝ったとか、特別教室に行く途中、たまたま一緒に歩いて世間話をしていたとか、そんな程度ではある。藍は唯を止めようとしないし、俺のフォローもしてくれず、ニコニコしているだけだ。

 そんな時、俺はただひたすら唯に無実を訴え、最後には「俺は唯の事が好きです」と無理やり言わされて終わるパターンが続いている。舞の勘違いを含めれば、4月だけで4回だぞ。さすがに俺も疲れた。

 今日、俺は出来ればさっさと逃げ出したい。いや、それが出来れば苦労しない。今の俺は、いや、今でなくても、もう1年も前から、俺はお釈迦様の掌で踊らされる猿と同じ立場なのだ。俺は藍の言う事に逆らえない。

 さらに言えば、あの風紀委員室での出来事が俺の心を縛り付けている。あの罪悪感が残っている限り、唯と付き合っている今でも藍に頭が上がらない状態が続く。それは義理とはいえ姉弟になった今でも同じだ。まさに小悪魔(?)藍の『呪い』なのかもしれない。

 そんな藍だが、朝食を食べ終わったら自室に籠ってしまった。まもなく父さんも母さんも出掛けるから、それをただひたすら隠れて待っているという感じだ。

 やがて父さんが、そのわずか数分後には母さんが出ていき、とうとう我が家には俺と藍しか残っていない状況になった。

 俺は明らかに落ち着いていない。この時間までリビングでテレビを見ているなど、普段ではありえないのだが、いまだにそれをやっているという事がそれを証明している。

 その時、藍が階段を降りてきた。予想通りとはいえ、出掛ける気満々で服装が普段とは違うし、その右手には小さなリュックサックを持っている。しかも、階段から降りてきた藍を見て俺は目を奪われた。一瞬、俺はメイクしているのでは?と疑ったのだが、普段通りノーメイクである。だけど、普段の藍からは感じられないような誘惑オーラを醸し出している。

 早くも俺を誘惑しているというか挑発しているというか、唯から俺を取り戻す気満々だというのが伺える。もし、昨日と今日の出来事が逆だったら、俺はこれだけで藍に乗り換えたかもしない。それ位のインパクトが今の藍からは感じられる。

「拓真君、私、今日はお出掛けするけど、出来れば一緒に来てほしいなあ」

 わざとらしく藍は俺に話しかけてきた。どう話しても俺が藍の頼みを断らないのを知っているのに、それに反論できない自分が情けない。

「あー、いいよー。俺も暇だから構わんぞ。ちょっと着替えるから待っててくれないか?」

「いいわよ。早くしてね」

「ああ」

 そういうと俺はリビングのテレビをつけたまま2階の自分の部屋に行った。でも、藍とすれ違った際、心なしか藍に元気が無いと感じたのは俺だけだろうか・・・。

 藍と二人だけで出掛けるのは何か月ぶりだろうか・・・たしか、半年前に、あの風紀委員室での出来事の直前の日曜日に、かなりいい雰囲気になって以来・・・いや、やめておこう。あれで自分を失い、いや、あれで俺は勘違いして藍を押し倒す事になったのだから、まさに封印どころか抹消したい記憶なのだ。あの時以来だから、ほぼ半年ぶりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る