第29話 昨年の秋①~どうしてそう思ったんだ?

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 昨年の10月末、俺は学校から帰って一人で借りて来たマンガを読んでいたら、いきなり唯からメールが入った。

『今、新札幌にいるんだけど、暇なら来てほしいなあ。唯より』

 唯がなぜ夕方に俺を新札幌に呼び出すのかは分からなかったが、とりあえずOKの返信をした。

『新札幌の「光の広場」の場所は分かる?』

「分かるよ」

『じゃあ、そこで待っています』

俺は歩いて地下鉄の駅に行き、東西線を使って新札幌に向かった。

 唯は、メールに書いてあったとおりに「光の広場」で制服姿のまま俺を待っていたが、俺の方は家にいたから既に私服に着替えていた。

 10月末の夕方だから外はかなり寒い。もう札幌の市街地では紅葉は終わり既に先週末に札幌でも初霜を観測していた。季節は冬まっしぐらという状況だから秋というよりは初冬と表現しても良かったかもしれない。ただ、10月だから秋と表現すべきだろう。

「おーい、唯」

「あー、拓真君、待ってたわよ」

 この頃、唯は俺の事を『拓真君』と呼んでいた。入学当初は『拓真さん』と呼んでいたが、夏休みの少し前から『拓真君』と呼び方を変え、今に至っていた。

「いきなり呼び出されたからびっくりしたけど、寄り道でもしてたのか?」

「まあ、そんな所よ。これから帰るつもりだったけど、折角だからと思って連絡したのよねー」

「まあ、俺は別に暇だったからいけど・・・もしかして婆ちゃんがまた入院したのか?」

「うん、一昨日からね。1週間程度入院するってお父さんは言ってたけど、学校帰りにお婆ちゃんの所へ行ったんだよ」

「そうか・・・今日は6時間授業で時間的余裕があったから見舞いに行ったのか?」

「そういう事です」

「ここで話すのも何だから、どこかのお店で適当に何か食べながら話さないか?」

「じゃあ、マイスドでもいい?」

「ああ、構わないぞ」

 そう言うと、俺と唯は並んで歩いてマイスドに向かった。

 平日の夕方という事もありマイスドはテイクアトを求める人は多くいたが、イートインする人はそんなに多くなかった。俺も唯も夕食前だというので、ドーナツ1つとコーヒーだけであったが、俺はオールファッション、唯はショコラファッションだった。唯は「誘ったのは唯だから、ここの勘定はこっちで持つわ」と言ったが、俺が頑として拒否したので、自分の分は自分で負担するという事になった。俺たち2人は向かうあう形で席に座ったが、唯はなぜか奥の目立たない席を選んで座った。

「・・・婆ちゃんの具合はどうだった?」

「うーん、元気そうにしていたよ。ただ、心なしか以前より痩せたかなって印象は拭えないよ」

「そうか・・・でも、大丈夫だ、元気に退院すると思うぞ」

「そうね、唯もそう思ってるよ」

 そう言うと俺たちはお互いにコーヒーを飲み始めた。俺は家ではコーヒーに牛乳を入れるが、こういう場所ではミルクを2個使う事にしているが砂糖は入れない。唯は砂糖とミルクを1つずつ入れている。

「・・・ところで、拓真君、聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「ん?何だ?俺に答えられる範囲でなら答えるぞ」

「・・・月曜日から妙に落ち込んでるように見えるけど、どうなの?」

「!!!」

 しまった!俺は普段通りを装っていたのだが、やはり顔や態度に表れていたのか?

 だが、この事を唯に言ってもいいのだろうか・・・。

 俺は今月に入ってすぐ、風紀委員室で藍を押し倒すという暴挙(?)をやってしまった。俺に最後までやるだけの度胸がなかったから押し倒しただけで終わったし、藍も許してくれたから良かったけど、その事で藍とギクシャクしてしまい、とうとう先週の金曜日の放課後「しばらく、距離をおきましょう」と藍に言われてしまった。つまり、俺はこの時点で『準ミス・トキコー』つまり、校内ナンバー2美少女にフラれた訳だ。

 でも、月曜日以降も藍は普段通り俺に接しているし、別におかしな言動をしていたとも思ってない。まあ、俺と藍が彼氏彼女の関係だというのを知っているのは、多分校内を探しても誰もいない位の秘密事項だったし、それにデートする場所も札幌ではなく殆ど小樽だったから、俺と藍が付き合っているという事が噂になる事もなかった。だから藍も俺も、普段通りに振る舞い、周囲からは『仲良し五人組』の枠を崩さない程度で見られている筈だが、やはり俺の態度が不自然だったのか?

「・・・俺は別に落ち込むような事は無いぞ」

「ホント?」

「どうしてそう思った?」

「だってさあ、拓真君、藍を避けてるように見えたし、それに泰介君や歩美ちゃんとも話しをしたがらないでしょ?いつも賑やかな拓真君が大人しいから、絶対に何かあったと思ってたわよ」

「・・・・・」

「・・・沈黙しているって事は、認めたと解釈してもいいかしら?」

「はー・・・バレたら仕方無い、認めます・・・」

「やっぱり。それで、何があったの?」

「そ、それは・・・」

 俺はこの時、藍との事を全部唯に話すべきだったのだ。でも、またも俺のチキン野郎の性格が表に出て来て、本当の事を唯に話すのを躊躇ためらった。だから、俺は唯に嘘をついた。

「あー、実は・・・俺、好きな子が出来たんだけど、そいつ、既に他の奴と付き合っていた事が先週の土曜日に分かって・・・それで凹んでた」

「なーんだ、そんな事だったんだあ。拓真君の事だから、藍に突撃してフラれたと思っていたけど、違ったみたいね」

 おいおい、勘弁して欲しいぞ。たしかに俺は藍にフラれたけど、突撃した以上の事をしたのが原因だ。単にコクって断られた程度の問題じゃあないし、下手をしたら停学・退学も有り得たんだぞ。ただ、この唯の発言を聞く限り、俺と藍の関係に唯が気付いてなかったのは間違いないようだ。

「・・・唯、どうしてそう思ったんだ?」

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