第28話 初日は唯

 五連休初日はどんよりとした曇り空だった。そして風が冷たい。

 3日前、桜の開花宣言が出された札幌ではあったが、その札幌周辺の花見の名所を含め、道内各地の観光地は出鼻を挫かれた格好だ。

 藍は昨日の宣言通り、朝食を食べ終えたら普段と変わらない位の時間に一人で出掛けた。中学校の同級生4人が久しぶりに集まるとの事で、帰ってくるのは日が暮れる頃だと言っていた。

 母さんは昼を挟んでWcDのパートだ。父さんは休みだが特に用事を入れておらず、ノンビリ過ごすみたいだ。本当は洗車をしたかったみたいだが、この天候なのでやらないだろう。

 俺の勘では、藍がいないので唯は俺を連れ出すチャンスだと言わんばかりに声を掛けてきて・・・と思っていたが、藍が出掛けて1時間程したら唯も一人で出掛けてしまった。「あれ?」という感じで拍子抜けしてしまったのも事実だが、一人で家で過ごすのも久しぶりであり、机の奥に押し込んであった4DSを取り出して遊んでいた。

 間もなく正午になろうとしているから俺はそろそろ昼飯を食べたいと思った。今日は父さんと俺しかいないから、どうせカップ麺か朝の残り物になる筈だ。それなら何時いつ食べても結果は同じだから別にいつでもいいや、とか考えていたら、俺のスマホに1件のメールが入ってきた。

『どうせ暇なんでしょ?だったらお昼ご飯は一緒に食べよう!その気があるのかないのか教えて。メールでも電話でもいいよ。 唯より』

「・・・・・」

 とうとう来たか・・・返信しなかったら唯の事だから帰宅した途端に怒り出すだろうな。でも、一体どこにいるんだろう?メールだと時間が勿体ないから電話の方が早そうだ。

『・・・もしもし、たっくん?』

「ああ、そうだ。今、どこにいるんだ?」

『新札幌』

「歩いて行ったのか?」

『そうだよ。ちょっと買い物したかったから』

「お昼はまだか?」

『まだだよー』

「じゃあ、俺も行く。どこへ行けばいい?」

『そうねえ・・・光の広場』

「光の広場だな。じゃあ、歩いて行くから30分くらいかかるけどいいかあ?」

『OK、待ってるわよー』

 そう言って唯の方から電話が切れた。


 3月までだったら、俺が唯をデートに誘う事はあっても、唯が俺を誘う事はなかった。まあ、俺が誘えば唯はほぼ確実にOKしてくれたから、その時は適当なお店に入ってランチ、もしくは軽食を食べていたのは事実だ。

 唯の婆ちゃんが存命中の時はその治療費が結構な額だったという事もあって、唯自身は小遣いがかなり少ないと嘆いていた。「バイトをすれば?」と思うかもしれないけど、トキコーの校則では特待生(成績優秀特待生、スポーツ特待生)はバイトNGの為、唯はバイトを出来なかった。これが唯が『おーい、お茶だ』をマグボトルで持参するようになった理由の1つだ。しかも12月からは生徒会副会長になったから、立場上、こっそりバイトする訳にもいかない。だから『ほぼ』ランチ代やオヤツ代は俺が負担していた。まあ、俺の小遣いが今の倍額だったという事もあるし、やはり自分から誘っておいて唯に負担させるのは気が引けるという理由もあった。因みに今の俺、藍、唯の小遣いは同額だが、これで足りない場合は母さんと交渉して追加してもらう事になっていた。が、4月は極力出費を抑えたので黒字決算(?)ではあった。

 でも、それが俺と唯の間で暗黙の了解事になってしまい、俺が全額負担するという事がそのまま3月まで続いた。俺と唯の関係が義理とはいえ兄妹になってからは二人だけで外出する事はなかったので、2か月ぶりに唯と二人だけでランチを食べる事になる。俺の方が休日の度に泰介の家に入り浸っていたという事もあるし、藍の目もある。まあ、家で二人だけで食べた事は数回あるけど、外でという事に限定すれば、ほぼ2か月ぶりだ。

 俺の定期では東西線に乗って終点の『しんさっぽろ』駅に行く事は出来ない。かといって、一駅で着くのだから切符を買うのではなく歩いた方がいい。寒い日だから服装だけ気を付ければいいので俺は少し着込んで出掛けた。

 南郷通りは連休中という事もあってか、いつもよりも車の数が少ないようにも感じたが、その南郷通りを横断して30分かけて新札幌に行き、俺は唯との待ち合わせ場所である『光の広場』に行った。そうしたら、唯は足元に紙袋を置き、柱を背してスマホを操作していたので俺が来た事に気付いてなかった。

「おーい、唯」

「あー、たっくん!ゴメンゴメン、気付かなかった」

「別に構わないぞ。んで、どこへ行く?」

「あれ?このシチュエーションだったら想像できた筈だけど・・・分かんないかなあ」

「へ?」

「まあいいわ。行きましょう!」

「おいおい、どこへ行くんだ?」

「行けば思い出すわよ」

 俺は何のことかさっぱり分からないから、とりあえず唯の後について行く事にした。

 俺と唯はエスカレーターで1フロア降り、そのまま行った場所は・・・

「あれ?ここは・・・」

「あー、ようやく思い出してくれたんだあ」

「ああ。あの日、光の広場で待ち合わせをして、その後、ここで2時間以上も話し込んでいたんだよな」

「じゃあ、『あの日』がいつだったか覚えているの?」

「・・・間違ってたら怒るか?」

「当たり前でしょ!」

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