第27話 末っ子からのお誘い
昼休みになった。
当然だが俺は元気が無い。ただ、それを知られたくないので無理をして元気な姿を装っていて、弁当を食べ終わって食後の談笑を「仲良し五人組」でしていた所へ1件のメールが俺のスマホへ入った。マナーモードにしているから他の4人は気付いてないようで、何事かと思って画面を見たら、それは舞からだった。
『ゴールデンウィークにサッポロファクトリーでリアル脱出ゲームのイベントがありますが、5月4日の午前開催分のみチケットに空きがあります。六人一組で挑戦となるのですが、私一人で参加すると別のグループの人と参加になっちゃうので、気心が知れた人を探しています。もし参加してくれるならお願いします。PS村山先輩は既に別のグループ6人で参加すると言って断られました。舞より』
おいおい、舞のやつ、いきなり俺にメールを送り付けてきたかと思ったらリアル脱出ゲームに参加してくれっていうお願いメールじゃあないかよ。
でも個人的には面白そうだから、参加するのも悪くないなあ。
「おーい、話の途中だがちょっといいかあ?」
「おい、何だよ、いきなり話に割り込んできてさあ。緊急事態かあ?」
「いや、違う、後輩からリアル脱出ゲームに参加してみないか、っていう誘いが入ったんだよ」
そう言ってから俺はスマホの画面を見せた。
「あれ?それ、オレが参加するやつだぞ」
「はあ?泰介、お前、これに参加するのか?」
「ああ、正直に言うが、オレと歩美の二人だけで、4日の午前に参加するつもりで既にチケットは買ってあるんだ。当然二人だけだから、別の参加者と六人組になってゲームに参加する事になるけどな」
「わたしは泰介に無理矢理参加させられた感じね。折角札幌でリアル脱出ゲームがやれるっていうから、泰介がどうしても参加したいって駄々をこねて、結局わたしも一緒に参加する事にしたのよねえ」
おいおい、泰介も歩美ちゃんもリアル脱出ゲームに参加するからっていう理由で、4日はダメって言ってたのかよ。
だが、まさに『渡りに船』だ。泰介と歩美ちゃんは元々参加するつもりだったが、二人での参加だ。そこに舞が加われば三人、俺も興味があるし暇つぶしには持ってこいだから四人になる。
「あのさあ、俺個人は参加してもいいと思うけど、ついでだから一緒に参加しないか?泰介は構わないか?」
「別に拓真なら気心が知れてるからオレは構わんぞ。それに、そのメールの主は『佐藤三姉妹の末っ子』だろ?それならそいつも加われば四人になるからな」
「そうね、どうせなら藍ちゃんや唯ちゃんも一緒に行かない?そうすれば丁度六人になるから同じグループで参加出来るわよ」
「うーん、私どうしようかなあ・・・」
「あー、唯は参加してもいいわよ。何か面白そうだからねえ。それにー、たっくんが一緒ならササッと脱出できそうな気がするわ」
「あら?唯さんは参加するの?じゃあ、私も参加します。拓真君、舞さんに確認をとって、この五人でいいか聞いてもらえないかしら?」
「あー、いいよー」
そう言ってから俺は舞にメールを送った。
『佐藤三姉妹の末っ子』とは舞の事だ。舞は登校の際は俺と藍、唯と同じ時間の東西線に乗っているし、そのまま学校に行くまで一緒にいるので、いつの間にか校内では『佐藤きょうだい』は四人に増え、しかも藍と唯、舞は『佐藤三姉妹』と呼ばれるようなっている。これがつい先日までは「ぼっち」確定と思われていた舞から見れば、物凄い出世(?)である。
舞は藍や唯のような美少女ではないが、見た目が小学生で眼鏡を掛けたロリ顔ロリっ子なので、藍や唯の妹(?)にはピッタリの立ち位置であるのは間違いない。そんな訳で1年生のこの時期で『佐藤三姉妹の末っ子』として早くも有名人の仲間入りしている。
その舞からの返信はまもなくきた。
『五人で参加して頂けるんですかあ!助かりまーす。チケットは今スマホで4枚予約したので、放課後にLソンで受け取っておきますから安心して下さい。舞より』
「おーい、舞はOKらしいぞ。既にチケット4枚は確保できたって書いてあるぞ」
「おー、それは良かった。じゃあ『佐藤三姉妹』そろい踏みでリアル脱出ゲームに挑戦だあ!」
「泰介、『佐藤三姉妹』じゃあなくて『佐藤きょうだい』ね。それに、『佐藤三姉妹の末っ子』に乗り換えようとしたら、あとでどうなるか覚えておきなさいよ」
「あー、スマンスマン。俺は歩美一筋!絶対に『佐藤三姉妹の末っ子』に乗り換えないから安心しろ!!」
「うわっ!また超がつく程恥ずかしいセリフをよくこの状況で言えたわね。顔から火が出る位に恥ずかしいわよ」
「私もそう思うわよ。小野君、結構大胆ね」
「唯もそう思うよー。誰かさんとは大違いだね」
「悪かったな。俺は泰介や歩美ちゃんみたいに白昼堂々校内でリア充している奴が羨ましいぞ」
「あら?それなら拓真君も小野君や歩美さんのようにすれば?いきなりは無理だと思うから、私が練習台になってあげてもいいわよ」
「ちょ、ちょっとー、藍さんも冗談にしてはキツイわよねえ。たっくんがその気になったらどうするのー」
「うーん、その時は唯さんと協議してみまーす」
「じゃあ、その時は唯も藍さんと協議しまーす。もちろん、結論は言わなくても分かってるからここでは省略しまーす」
「そうね、結論は分かってるから私も省略しておきますね」
そう言って藍と唯はお互いの顔を見合わせてニコッとした。
俺はこの瞬間、背筋に冷たい物が走ったような気がした。こいつら、口では軽い事を言っているし、目も笑っているから、泰介や歩美ちゃんが見たら冗談を言い合っているようにしか聞こえてないだろうけど、少なくとも藍は半ば確信犯的発言だ。藍は練習台どころか、絶対に俺と藍の間に噂が立つように仕向ける筈。そうなれば唯が勝手に俺と喧嘩を始め、そのまま喧嘩別れさせるつもりだ。
藍と唯の信頼関係にヒビが入るかどうかは分からないが、1年生の頃から、お互いに母親と死別した家庭の事情もあり二人だけで何度も会って悩み事相談をしていた事も知っているから、もしかしたら藍と唯の間にはヒビが入らないかもしれない。唯の目は俺にだけ向けられているし、俺が浮気したと思い込んでいる時もその怒りは俺に対してだけに向けられて、相手の女の子に向けられた事が一度も無いのは間違いない(もちろん、俺には浮気する度胸はないから唯の勝手な思い込み)。藍もその事に絶対気付いているから、大胆に攻めてくる可能性も否定できない。
と、とにかく、4日は予定が埋まった。多分リアル脱出ゲームが終わった後はどこかで昼食を食べて適当にブラブラして帰る事になるし、藍や唯が常に一緒にいるのでお互いに牽制しあってくれて俺に何かを仕掛ける事はありえない。5日は泰介の家に朝から押し掛ければいいので、残るは明日からの3日間をどう過ごせばいいかを考えればいい。
だが、早くも俺の心配事は現実になった。夕飯を食べ終わって、俺がシャワーをすると宣言した直後に、思い出したように、藍と唯が言い出したのだ。
「あー、そう言えば言い忘れてたけど、唯は明後日は中学の時の友達と一緒に朝から出掛ける事になってるから夕方までいないのよねー」
「あ、私も明日は中学の同級生と一緒に遊びに行くから朝から夕方までいないわよ」
おいおい、二人とも何気なく言ってたけど、間違いなく目元が輝いてたぞ。という事は、明日は唯、明後日は藍が俺を連れ出す気満々だ。
俺の直感が警報を促している。明日は小遣いがぶっ飛ぶだろうし、明後日は藍が何か仕掛けてくる。どうやってそれらを回避すればいいのか・・・非常にヤバイぞ。
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