第26話 悲鳴を上げたい・・・

 世間はゴールデンウィークだ。当然、学校は休みとなる。昨日は祝日で、父さんや母さんが学生の頃は天皇誕生日と言ってたようだが、今は名前が変わっている。今日だけはポツンと登校するが、明日からはカレンダーの関係で5連休だ。

 だが、これはこれで大きな問題だ。今月の休日は、昨日を含めて俺は意識的に昼間は外出して藍と唯に顔を合わせないようにしている。色々なトラブルに巻き込まれるのは御免こうむる、という訳だ。

 さすがにお金を掛ける訳にはいかないので、俺は意識して泰介の家に行き、いや、正確には無理矢理押し掛けて行き、あいつの家でゲーム三昧、もしくは大量のマンガを読み漁っていた。だが、いくら何でも不自然だというのは自分でも分かっている

 その泰介と歩美ちゃんが揃って南北線の車両に乗っている所へ俺はバッタリと出くわした。俺の方は今朝は一人だ。藍は風紀委員、唯は日直だったので先に登校していたからだ。

「あら?珍しいわね、ここで一緒になるなんて」

「ああ、今朝の俺はいつもより2本ほど遅いやつに乗ったからな」

「へえ、何かあったの?」

「いんや、ただの気まぐれだ」

 本当は違う。もし一人で同じ時間の東西線に乗ったら、俺は舞と二人で乗る事になる。そうなると舞は俺の方に話し掛けてくるのは間違いないから、学校に行くまでの間、ずっと舞と一緒にいる事になる。その事で変な噂が立つと、後で唯が何を言いだすのか俺は想像がつかない。いつもと同じ時間の別の車両に乗っても良かったのだが、万が一、舞に見付かったらヤバイと思って、わざと2本も遅らせて絶対に舞とかち合わないように予防線を張ったのだ

「ところでさー、拓真。お前、まさかとは思うが明日からずっとオレの家に入り浸ってるって事はないよな?」

「え?マズいか?」

「だってさあ、お前が休みの度に押し掛けてくるから、オレは外出できないんだぜ。来るのは構わんけど、毎日は勘弁してくれ」

「あれー、お前、去年は暇だ暇だって言ってただろ?」

「今年は違う!しかも、お前のせいで歩美といる時間が減った」

 泰介は真面目な顔をして俺に言った。でも、隣にいた歩美ちゃんはさすがにびっくりした顔になった。

「うわっ、ちょっと直球すぎる発言、勘弁してよー、しかも車内でさあ」

「あー、スマンスマン、ちょっと無神経だった」

「ったく・・・まあ、わたしも半分位なら泰介を貸してあげてもいいけど、さすがに毎日だとなあ・・・」

「あー、それじゃあ、この日とこの日は駄目だってのを教えてくれー。俺はそれに合わせるから」

「うーん、じゃあ、放課後までにお前に教えるようにするぞー」

「ああ、頼んだぞ」

 と、あくまで平静を装っていたが、俺は悲鳴を上げたい気分だった。

 母さんはWcDのパートだからシフトの関係でほとんど出勤の日ばかりだ。父さんは恐らく家にいる事が多いだろうが、仕事の都合で呼び出されたりする可能性があるから遠くへ出かけるというのはまず無理だ。行っても近場だが、どこへ行っても人、人、人だから俺の方が遠慮したい。だが、家にいるという事は藍と唯と顔を合わせる事になるから、トラブルに巻き込まれる可能性が高い。藍は俺を連れ出して絶対に何かを仕掛けてくるだろうし、唯は唯で無頓着に出掛けようと言い出してくるだろうが、そうなると百パーセント俺の小遣いが吹っ飛ぶ。唯はクラスメイトとして振舞う時は優等生だが、彼氏彼女の立場でいる時は、甘々な上に自分で支払うという事はしない、まさに「兄貴のお金をせびり取る妹」そのもので、義理とはいえ本当の兄妹になったのだから確実に支払う事は有り得ない。

 それが分かっているから、俺は休日のたびに時間を潰せて、なおかつ楽しく(?)過ごせるし、昼飯もカップラーメン程度で済ませられて、まさに天国とも言える泰介の家に入り浸っていたのだ。それが出来ないという事は、俺にとって死活問題でもある。


 案の定、1時間目の休み時間に泰介から連休中の予定を聞かされて愕然となった。

 簡単に言えば5月5日だけはOKだが、それ以外は勘弁してくれとの事だ。おいおい、本当は俺は悲鳴を上げたいのだが、さすがに悲鳴を上げるとその理由を説明する必要が出てくるので言えなかった。

 となると、俺は泰介の家以外でノホホンと過ごせる場所を見付けないといけない。泰介以外となると・・・やはり篠原か長田しかいない。まずは篠原に聞いてみよう。あいつの家には数回行った事があるが、部屋を埋め尽くすクイズの蔵書は半月以上籠っていても全てを読み切れない程だから、暇つぶしには持ってこいだ。

 俺は2時間目の休み時間にB組に行った。丁度篠原が教室から出てくる所だったのでそれを捕まえて篠原に聞いてみた。

「おーい、篠原。お前、明日からの予定は?」

「俺か?暇と言えば暇だが、忙しいと言えば忙しい」

「なんだそりゃあ?」

「うちは父さんも母さんもカレンダーに関係なく仕事だから遠くへ出かける訳ではないし、だいたいどこへ行っても人、人、人だから出掛けない方が楽だ。俺は適当に寝て過ごしたいのだが、うちには『どこかへ連れていけ』ってうるさい奴が二人もいるからなあ」

「ああ、そういえば篠原のうちには小学生の双子がいたよなあ」

「双子じゃあない!たしかに学年は一緒だが誕生日の関係で同学年というだけだ」

「たいして変わらんだろ?」

「いいや、全然違うぞ。だいたい、考えもせずに子作りした方が悪い。せめて年子にして欲しかったぞ」

「まあいいや。要するにお前は暇だが、その二人が『両親が仕事だから代わりに兄貴がどこかへ連れていけ!』って言って、お前を振り回すって訳か?」

「ああ、そうだ。一人で小学生二人の面倒をやらされる身にもなってみろ!帰ったらフラフラだぞ」

「そう言いつつ、夏休みも冬休みも春休みも、言われたら全部素直に連れ出してやるのは篠原の優しさだ」

「俺は疲れるのがイヤなだけだ」

「そう言えば、お前の体力は下手をしたら学年最下位かもって位に酷かったよな。ホントに高校生かよ」

「悪かったな、俺はモヤシもんだよ」

「そんなモヤシもんだから彼女が出来ないんだぞ」

「お前に言われたくないぞ!」

 そう言うと篠原はため息をついた。

 たしかに俺は表向きは彼女がいない事になっているが、篠原には申し訳ないけど実際には唯と付き合っている。ゴメン!

 ただ、俺もモヤシもんとまではいかないが、高校生男子にしては線が細いから、あいつの事をとやかく言えた義理はない。

 とにかく篠原の家に押し掛けるのは無理だ・・・となると、残るは長田だが、あいつの家には図書館並みに色々な文庫本が揃っているし、ラブコメ小説や異世界ファンタジー小説も結構あるから、毎日行っても飽きない程だ。

 俺は3時間目の休み時間になった直後にC組に押し掛けた。丁度C組は国語の時間が終わった所で、山口先生と入れ替わるような形でC組に入っていった。

「おーい、ながたー、ちょっといいかあ?」

「おー、拓真かあ、何か用か?」

「お前、明日から何か予定があるか?」

「あー、スマンが俺は今日の授業が終わり次第、速攻で出掛けるぞ」

「へ?どこへ?」

「帯広の爺さんの家だ。だから帰ってくるのは5日の夕方だ」

「あー、そう言えば、お前の爺ちゃん、でっかい農場を経営してたな」

「丁度ジャガイモの種芋を植える時期だからな。俺も爺ちゃんや伯父さんと一緒にトラクターで手伝いするんだ。バイトを兼ねた旅行といった所だな」

「トラクター?運転していいのか?」

「私有地でなら極端な話、幼稚園児が運転してもOKだ。道路交通法は道路でしか適用されないからな。ただ、公道を走る時には免許が必要だし、俺の年齢では免許そのものを取れないから、畑や爺ちゃんの家でしか乗れない」

「そうか、じゃあ、お前の家に行くのは無理だな」

「なんだ、お前、俺の家に入り浸るつもりだったのか?」

「まあ、そのつもりだったが、篠原にも断られたからなあ。どこかで適当に時間を潰すさ」

「スマンなあ」

「いや、気にしてないぞ」

 とは言ったものの、ホントはドデカイため息をつきたかった。

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