第25話 地獄への前奏曲(プレリュード)⑤~孤高の女王


 この後は炭火を起こしてご飯を炊く担当と、野菜を切ってカレーの準備をした後に実際に調理する担当に分かれての作業となるが、俺と藍の担当は後者だった。

 俺と藍は並んでジャガイモ、正確には『メークイン』の皮を剥いていた。藍は包丁で器用に剥いていたが俺はピーラーだ。

 藍は切り始めから全然喋らなかった。俺は何か話し掛けようと思っていたが、何を、どのタイミングで話せばいいのか分からなかったで結局沈黙したままだ。

 端から見たら学年で、いや、校内でも有数の美少女と二人きりで作業しているのだから喜びそうな物であるが、ウォークラリーでの一件もあり、お互いに話し掛けるタイミングが見付からなかったとも言えた。

「・・・私、少し天狗になってたかもしれません・・・」

「・・・・・」

 いきなり藍は話し始めた。

 俺はどのような反応をすればいいのかが分からなかったので、ずっと黙っていた。しばらくはお互いに沈黙していたが、再び藍は話し始めた。

「・・・たしかに私は新入生代表挨拶をやりました。代表挨拶をやったという事は名誉ある主席入学者という称号を得たという事ですが、それはあくまで入試の時の結果であり、その事だけを基準に、自分と他人の物差しにしてはいけないという事がよく分かりました。こんな狭い学校という世界にも、私を上回る人が沢山いるんだなと今日になって実感しました。だから、さっきの失礼な態度は謝ります。ゴメンなさい」

「・・・・・」

「正直に言いますが、私、男の子とどうやって接したらいいのか分からないです。だから、そのー、うまく話せなくて・・・」

「あー、いや、俺の方こそ、女子とこういうシチュエーションで話した事がないから、うまく話しが出来なくてスマン・・・」

「・・・私、父子家庭なの・・・」

「父子家庭?という事はお母さんはいないの?」

「私のお母さんは私が中学に入ってすぐ、交通事故で亡くなったわ。それからずっと、お父さんと二人きりで住んでいるけど、お父さんはIT関連企業に勤めていて、時々帰ってこない事もあるし、元々仕事人間みたいだった所へ思春期の娘と二人きりの生活になってしまったから、どう接していいのか分からないみたくて、ギクシャクしているの・・・私は元々一人っ子で甘やかされて育てられたし、周りに男の子の友達がいなかったから、どうやって男の子と接していいのかわからず、ついつい、見下すような目で相手を見てしまって・・・でも、それが逆に中学の頃から『女王様みたい』とか言われてチヤホヤされて、結果的にそれがクセになってしまったみたいなのね。女の子は私に遠慮して敬語で話す子が殆どだし、男の子は私を怖がって距離を置くか、逆に変な意味で近寄ってくる子ばかりだったから、まともに話しが出来る子がいなかった。だから、本当はどうやって話したらいいのか誰かに聞きたかったのですが、どうしてもプライドが邪魔して素直になれなかった・・・まさに、私自身が『メークイン』、孤高の女王だったって訳・・・」

 それっきり、藍は黙ってしまった。

 そんな藍を横目に俺はずっとジャガイモを、それが終わったら玉葱を刻み始めたが、ふと、藍の方を見たら結構慣れた手つきでジャガイモを切っている事に気付いた。しかもご丁寧に面取りまでしている。へえ、藍って、こんな一面も持っていたんだ。普段は女王様のように振舞っているから、こういう家庭的な事は出来ないと思っていたけど実際には普通の女の子と変わらないんだなあ、って正直に思った。

 その時、藍がこっちを向いた。そして、思わず目線を合わせてしまい、俺の方がドキッとなってしまい視線を外した。「い、いかん、マジで超がつく程可愛い」と、この時に思った。


 今にして思えば、これがきっかけで、俺の藍を見る目が変わったのも事実だ。それまでは「可愛い子だな」程度だったけど「こいつと付き合ってみたいな」という感じに変わった。藍もこのウォークラリーがきっかけで、俺に対する評価を改めたのは間違いない。


 俺たちが受け取ったスペシャル食材とは、とうきび(作者注:『とうきび』とは北海道の方言で玉蜀黍とうもろこしのこと)、つまりコーンだ。季節的に缶詰ではあったが、俺たち3班のカレーだけはコーンが入ったカレーライスとなり、他の班からは羨ましがられた。それと全員にサラダが出たが、もう一つ俺たちにはプレゼントがあり、それが林檎りんごだった。これも他の班から羨ましがられた。林檎は2個もらえて、これをすり下ろしてカレーに入れる食材にしても良かったが、さすがに藍が遠慮して普通にデザートとして食べる事になった。

 この後、俺たちは定山渓じょうざんけい温泉に移動する事になるのだが、そのバスの中で俺と藍は隣の座席に座った。実は俺と藍が隣り合わせの席に座ったのはこれが最初だ。

 俺は元々姉貴とは9歳違いという事もあり、年下よりは年上女性に憧れていた。だから妹キャラとして人気のある唯はちょっと苦手にしていて、どちらかというと落ち着いた雰囲気がある、お姉さまタイプに近い藍の方が話しやすく、この頃からクラスの中では藍派に属していたのも事実だ。ただ、表立って藍派を名乗っていたのではなく、藍の方が話しやすくて気が楽だ、という程度であった。

 定山渓温泉に移動し、部屋に荷物を置いた後はプール、ではなく大浴場へ、となった。本当ならプールで楽しく、といきたい所なのだが、諸般の事情によりプールは禁止なので、一部男子はがっかりしていたのも事実だ。まあ、俺は別に気にしてなかったけど。

 夕食前に俺たち1年生は全員大広間に集まり、全クラスの班対抗でリアル脱出ゲームをやる事になるのだが、そのゲームの前にウォークラリーの成績発表があった。俺たち3班はA組のトップだったので、記念品の目録が贈られた。商品そのものは学校へ着いてからという事なので、この時は受け取れず目録のみだった。そして、個人賞の発表だが、俺は1部門、つまり花の名前を漢字で書くテストで1位だった。藍は野菜と果物を英語で書くテストでトップだったが、ジャガイモの品種はE組の篠原一樹が35品種で、さらに木の名前も55種類を書いた篠原が断トツの1位だった。まあ、あいつは漢字ではなく片仮名と平仮名で木の名前を書き込んでいたから早かったのも当たり前だ。

 リアル脱出ゲームでも俺たちA組3班は、E組6班、つまり篠原一樹のグループと共に脱出に成功した2グループのうちの1つになり、脱出賞の商品の目録をゲットした。このリアル脱出ゲームで一番活躍したのは間違いなく泰介で、ゲームを知り尽くした泰介の独壇場だった。だが、最後の鍵の番号を閃いたのは村田さんであり、泰介が見落としていたピースを見つけ出し、そこから見事に番号を導き出して泰介が村田さんに感謝しまくりだった。

 リアル脱出ゲームが終わった後は椅子とテーブルを一時的に隅に移動し、各クラスごとに一箇所に集まりトキコーの校歌を練習し、その後は発表会となった。練習の時はCDを使ったけど、発表の時は音楽教師で4月に函館時計台高校から赴任されたばかりの大野雄二郎先生がピアノ伴奏をしてくれた。ただ、練習の時は結構いい感じだったけど、本番はうまくいかず、俺たちA組は音程乱れまくりで、発表が終わった後で他のクラスから爆笑されたし、俺たち自身も笑って誤魔化すしかなかった。

 その後は夕食バイキングとなり、特に運動部が集まるF組、G組を中心に信じられない位に食べる奴が続出し、女子でも男子顔負けに食べる奴がいて、俺たちは閉口していた。A組は特進コースにあたるので、運動部に自分から所属する奴は数える程しかいなくて、文化系か帰宅部ばかりで体の線が細いから食べる量も比較的少ないが、それでも高校生なのだからそれなりに食べた。

 夕食後は就寝まで自由時間。再び風呂に入る奴もいたし、各々好きな部屋で好きなグループ、個人で集まってクラス関係なしにワイワイとやった奴も多かったのだが、俺たちA組の3班と2班だけは八人が1部屋に集まり、トランプ大会、それも八人で108枚のカードを使った貧民をやり、結構盛り上がった。なにしろ、平民がたった二人で、「超富豪、大富豪、富豪」に対し「貧民、大貧民、超貧民」として、さらに超富豪と超貧民は3枚も交換させられた挙句ルールをかなーり緩くして、ほとんどアリアリでやったので、革命や革命返しが簡単に起こせて超がつく程面白かった。この時、明日の予定を確認しあったところ殆ど似たような場所へ行く事がわかり、散策順が違うだけだったので、2班のルートで3班も一緒に行動する事にした。

 翌日、俺は早起きして朝風呂を堪能した後に朝食のバイキングを食べたら小樽駅前や運河周辺の観光へ出発した。俺たち八人は一緒に行動したのだが、正確には唯の周辺に泰介、それと2班の神谷、中村が集まり(つまり、この三人は唯派)、俺は藍と並んで歩き、村田さん、歩美ちゃんが並んで歩いていた。でも、俺たちは運河周辺の観光はそこそこで切り上げ、女子四人が夜中に計画修正したスイーツ巡りを昼食の寿司を挟んで延々とやっていて、最後には男子全員が「お前ら、甘い物は別腹かよ!?」と閉口していた。


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「・・・・・」

「拓真先輩、どうしたんですか?さっきからずっと黙り込んでいて、体調でも悪いんですかあ?」

「あ、ああ、スマン、ちょっと寝不足でな・・・」

「あー!ひょっとして拓真先輩は怪しい深夜番組とかネットの如何わしい情報を見ていたんじゃあないですよね?」

「おいおい、そんな事はないぞ」

「あらー、ホントにそうなのかしら?もしかしたら女子高生グッズを手に入れて興奮していたりしてね」

「あー、たっくんなら有り得るかもー」

 そう言って藍と唯はお互いに顔を見合わせてニコッとしていた。おい、ちょっと待て!お前ら、まさかとは思うが、お互いが俺に例の下着をプレゼントした事を知っている訳じゃあないだろうな!?いくら何でもそんな情報を共有する程、おおっぴらな性格だとは思えないし、だいたい、唯の嫉妬深さは最近ますます磨きが掛かっているから、藍の行動を許すとも思えないぞ。それに、あきらかに俺の言った事が嘘だというのを分かっていての発言だろ!?

「まあ、そこは拓真先輩も男子高校生だから、わたしとは無関係の事でうまく寝れなかったのかもしれませんね」

「そうね、私たちとは無関係の事だと思うわよ」

「唯もそう思うわ。たっくんなりに夜中に寝れない事があったというふうに解釈しておきましょう!」

「・・・・・」

 はー、ホントにお前ら三人、いつの間にか仲良くなって、俺を三人でいたぶるように揶揄うのがお得意のパターンになってきたな。


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 俺と藍が付き合い始めるのはゴールデンウィークが終わって1週間程たった後だ。授業が終わって帰ろうとしたら、いきなり藍から一緒に行って欲しい場所があると言われ、藍と俺が行った場所が、すすきのにある『カレーハウス ここ一番だ』であった。

 何をするのかと思っていたら、いきなり藍が俺と並んでカウンター席に座り、辛さが「普通」、つまり、一般のカレーで言えば中辛に相当するカレーを注文したのだ。俺は「2辛」を注文した。

 そのカレーを食べながら藍が言った。

「私、カレーは中辛に変えました」

「はあ?」

「やっぱり、高校生にもなって甘口では恥ずかしいと思い、あの後から家でも中辛を使うようにしました。別に中辛なら食べてもいいかなあって思ってね」

「あ、ああ。それはそれで別にいいと思うけど・・・」

「それと・・・私、あなたと付き合ってもいいわよ」

「へ?・・・い、今、たしか・・・聞き間違いじゃあないですよね・・・」

「同じ事を繰り返し言わせないで下さい!」

 そう言って藍は俺にクールな目を向けた。


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 俺が藍に頭が上がらなくなったのは、間違いなくこの時からだ。俺と藍の力関係はこの時に決まってしまったと言っても過言ではないはずだ。

 いや、藍に頭が上がらなくても俺は気にしなかった。元々姉貴に頭が上がらなかったのだから。ただ、こんな可愛い彼女が出来たというだけで十分だった。


 でも、義理とはいえ姉弟きょうだいになると分かっていれば、藍と別れるなどという選択をしなかったはず。あの出来事があったとしても・・・。


 唯と付き合う事が分かっていたら藍とは付き合わなかった・・・いや、藍と別れた事が原因で唯と付き合い始めたのも事実だ。


 俺の歯車が狂いだしたのは、宿泊研修からと言ってもいい。だから宿泊研修は、俺にとって、地獄への前奏曲プレリュード以外の何物でもないのだ。

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