第24話 地獄への前奏曲(プレリュード)④~漢字数学王の誕生

 その俺たちが次のポイントに差し掛かった。そこにいたのは1年E組の松岡先生だった。

「よおー、お前たち、俺とクイズ対決、って訳じゃあないけど、テストをやってもらうぞ。日本には現在、過去に品種登録されているジャガイモの種類は百種類以上あり、そのうち50種類以上は今実際に栽培されているから、その品種名を答えてくれ。これは家庭科の分野であり、同時に農業、理科の分野の雑学でもあるぞー。もし一人で15種類以上答えれた奴がいたら、そのグループには特別に1個追加してやるぞ。制限時間は3分、ではスタート!」

 はあ?俺はジャガイモは男爵とメークイーンしか知らないぞ。あ、そうだ、北あかりという品種ならスーパーで見た事があるぞ。50種類以上も栽培されてるって本当かよ?こんな問題、いったい誰が作ったんだ?完全に雑学の分野だろ!?

 当然、俺は最下位。泰介や村田さんでさえ、インカのめざめ、とうや、アンデスレッドなどを知っていたが、俺はこういう分野は無関心なので全く知らなかった。だが、藍はすさまじかった。なんと22種類も書き込み、松岡先生も唸った。

「おーほっほっほー、やっぱり拓真君は漢字以外は全然ダメね、おーほっほっほー」

と、再び訳の分からない笑い方で満面の笑みをたたえている。

「フン、さすが女王様ですね。五月の女王ならぬ四月の女王、さしずめエイプリルクイーンと言った所でしょうか」

 俺はもう半分不貞腐れていた。完全に藍の態度にブチ切れていたからだ。

 しかも藍はさらに俺を不機嫌にさせる発言をしやがった。

「あら?拓真君、あなた、それ全部間違ってるわ。やっぱりあなたは漢字以外は全然駄目ねー」

「はあ?俺が間違ってるってどういう意味なんだ?松岡先生、俺は自慢じゃあないけど、3つ正解ですよね」

「いや、たしかに厳密に判定すれば全部不正解だ。よくスーパーとかでも平気で間違って表示してあるから勘違いしてる奴も多いぞ。でも、正式名称を答えろとは言ってないからこれでいいし、元々このグループは佐藤藍のポイントがそのままグループのポイントになるから影響ないさ」

「松岡先生の言う通りよ。メークイーンではなく、『メークイン』が正式名称なの。まあ、昭和3年に品種登録されたから、今は使われなくなった片仮名のワ行の『ヰ』、つまり『メークヰン』と最初は表記されていたわ。ついでに言えば、たしかに『May Queen』を直訳すれば五月の女王だけど、本当は、中世の時代の春の村祭り(メーデー)の際、村の娘の中から選ばれる、祭りの女王なのよ。もう一つ教えてあげるけど、メークインの父親・母親にあたる品種は分かっていないし、男爵だんしゃくいもは子や孫、曾孫、それ以上にあたる品種が数多く出ているけど、メークインは自身から派生した品種もない、まさに『孤高の女王』ともいうべき品種ね」

「ああ、たしかに佐藤藍の言う通りだぞ。ついでに言えば男爵も正式な登録名は『男爵だんしゃくいも』だが、こちらは『男爵』でも通るから問題ないぞ。ただ、本当の名前はアメリカの「Irishアイリッシュ Cobblerコブラー」だ。このジャガイモを日本に紹介した時に、原品種名が不明だったため紹介した川田かわだ龍吉りょうきち男爵に因んで男爵薯と呼ばれるようになったと言われてるんだ。アイルランドの「Earlyアーリー Roseローズ」の変異種という説はDNAを調査した結果で否定されたけど、「Irishアイリッシュ Cobblerコブラー」の父親と母親にあたる品種は不明なんだ。北あかりは全部カタカナ表記の『キタアカリ』が正式名称で、母親が男爵薯になる。まあ、男爵薯の花には花粉は微量、つまりゼロではないが殆どないので父親にはなれないからなあ」

「松岡先生もご存知だったんですか?私以上に詳しいですね」

「ああ、こういう事は俺の得意分野だぞ。だが高校1年生の女子がここまで詳しいとは俺も想像してなかったなあ」

「お褒めに預かり光栄でございます・・・それにしても、漢字以外はまったく駄目な人がここにいたんですねえ」

 さすがに俺もカチンときたが、先生の前なのであえて何も言わなかった。

「松岡先生、藍さん以上に答えれる人がいるとは思えないですよねえ。」

 と、村田さんが松岡先生に尋ねた。当然だが

「そうですよね、この私以上に知っている人がいるとは思えません!」

 そう言って藍はますます上機嫌になっていた。俺は藍の顔を見たくもなかった。

「あー、それがだなあ・・・今の所、佐藤藍さんは第2位だ」

「「「「えー!!」」」」

「松岡先生!私を上回る生徒が他にいたんですか?」

「ああ、うちのクラスの篠原一樹っていう男子生徒が35個書いたぞ。しかも『一人で30個以上答えたから2個増やしてくれ』って言われたから、仕方ないので2個増やしてやったさ。まだ半分ちょっとしか来てないけど、篠原の記録を上回る奴がいるとは思えんぞ」

 俺たち4人は思わず顔を見合わせた。松岡先生のクラスのE組は普通科クラスだ。その普通科にジャガイモに詳しい奴がいたとは想像していなかったからだ。

 だから、この松岡先生の発言で藍が黙り込んでしまった。自分を上回る者などいないと思っていた所へ、思わぬ伏兵が存在していた事に気付かされた為だ。藍はため息をつくと、ヨロヨロといった感じで次のポイント、つまりゴールに向かって勝手に歩き始めてしまった。慌てて俺が松岡先生からジャガイモを受け取り、泰介・村田さんと一緒に藍を追いかけて行った。

「はー・・・」

 そのまま藍はずっと黙っていた。俺たちは何か腫物を触るような感じになって藍に話しかけ難い雰囲気になったが、やがてゴール地点が見えてきた。榎本先生はそこにいたが、まだどの班も来てないようだ。やった、俺たちがトップだ!これでスペシャル食材ゲットだぜ!

 だが、その時、向こうから別のグループが歩いてきた事に気付いた。

「おい、あれは唯さんたちの2班じゃあないか?」

「ヤバイ、先にゴールされるとマズい!みんな走るぞ!!」

 俺と泰介が真っ先に駆けだした。藍も村田さんも走り出し、それに、あっちも俺たちの存在に気付いて一斉に走り出した。そして、ほぼ同時に榎本先生の前に走り込んだ。

「先生!俺たち3班の方が早かったですよね?」

「いいえ、唯たち2班の方が早かったですよね?」

「3班だ!」

「2班よ!」

「3班!」

「2班!」

 とうとう泰介と唯が口論を始めた。どっちの班もスペシャル食材が欲しいから、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。当然、俺たち他の6人も睨み合いになっている。

「おーい、君たち、誰がゴールしたんだ?まだ最終問題が終わってないから、どっちもゴールしてないぞ」

「「「「「「「「はあ?」」」」」」」」

 俺たち8人は一斉に声を上げた。まさかゴール地点にもテストがあるとは思ってなかったからだ。

「それで榎本先生、最終問題とは?」

「ああ、そこに掲示してあるから、それを読んでくれたまえ。解いたグループから先生の所へ持って来てくれ。先に見事に正解した班がスペシャル食材に有りつける事になるから頑張ってくれよ」

 そう榎本先生は言うと、壁の張り紙を指さした。

 俺たち8人は張り紙の所へ走って行ったが、そこにはこう書かれていた。


大きなクーラーボックスには豚肉の小間切れが入っています。

小さなクーラーボックスにはバターが入っています。

豚肉を0.773lbポンド、バターを7.74もんめ計量しなさい。

(答えの小数点以下は四捨五入)

なお、1lbポンド=453g、1もんめ=3.75gとし、計量誤差±1%以内なら

正解とみなします。

お皿の重さは、大きい方が180グラム、小さい方が75グラムです。

  (注意:ここには電卓も紙も鉛筆もありません。暗算でやってね)


「おい、これを暗算でやるのかあ?」

「えー、ちょっと待ってよ、バターの方はだいたい30g前後だって事は想像つくけど・・・藍さん、暗算得意?」

「声を掛けないで、集中が乱れます」

 2班の方は四人で協議を始めた。何を話しているかは分からないがみんなで計算し合っているようだ。

 それに対し3班の方は泰介と村田さんは藍頼みで、藍も必死になって暗算しているが、焦りからか上手く計算できないようで額に汗をかいていた。

 時間は刻一刻と過ぎていき、焦りの色が濃くなっている・・・筈であるが、それは7人だけだ。

「よーし、3班、合格だ!よってスペシャル食材は3班に決定!!」

 そう榎本先生が言ったので、全員、榎本先生の所へ視線を向けた。

 そこには・・・榎本先生の隣で、豚肉を右手の、バターを左手の皿の上に乗せた俺が得意げな顔をして7人を見ていたのだった。

「ちょ、ちょっと待って下さい!拓真さん、3班にスペシャル食材が決まったってどういう意味ですか?」

 たまらずといった感じで唯が大声を上げた。それに他の6人も唯と同じような顔をして俺と榎本先生を見ている。

 俺はニコニコしながら榎本先生の方を見て話した

「ああ、俺はこの問題文を見た瞬間、答えが分かった。だけど誰も計量しないから、俺が一人で勝手に計量して榎本先生の所へ持って行ったという訳だ」

「そういう事らしいぞ。先生も問題文を見た直後に拓真君がクラーボックスの所へ向かった時にはフライングかと思ったけど、まさか答えを一瞬で導き出していたとは思ってなかったからびっくりしたよ。いやー、さすがの主席入学の藍さんも拓真君の暗算には敵わなかったようだね」

「おいおい、お前、漢字王じゃあなくて、漢字数学王かよ!?」

 泰介がツッコミを入れた。さすがにこの3桁同士の掛け算を暗算で、しかも小数点が入っている計算を瞬時にやれば、そうなるのかもしれないなあ。

「先生、答えを言ってもいいかなあ」

「いや、それは駄目だ。2班は自分で答えを導き出す必要があるからね」

「えー、まだこれをやるんですかあ!?」

 唯たちは仕方なくあーだこーだ言って計算をやり始め、それを尻目に俺たち四人はハイタッチした。


 あ、そうそう、さっきの答えだけど・・・


 豚肉の方は350.169となり、小数点以下四捨五入だから350グラムだ。

 バターの方は29.0250となり、29グラムとなる。


 ±1%だから、豚肉は±3.50グラムの誤差、バターは±0.29グラムの誤差ならOKとなる。それに皿の重さを加えるから、合格範囲は・・・


 豚肉は大きいお皿を使って526.50グラムから533.50グラム。

 バターは小さいお皿を使って103.71グラムから104.29グラム。


 みんなは暗算で出来たか?

 一人で出来そうにない時は、3桁×3桁ではなく、3桁×1桁を三人でやって、小数点の位置に気を付けて残りの一人が足し算すれば、丁度四人で出来る勘定だ。2班はそうやって解いたぞ。

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